11 「名無しちゃん。」 横を通り過ぎる私の腕をサンジが優しく掴んだ。 やめて、また泣いてしまいそう。 今日は泣かないようにしてたのに。 「何?」 鼻を抑えながらサンジの顔を見ずに尚も素っ気なく返事をする。顔を見たら、確実に泣いてしまう。 サンジの言葉を待ちながら腕に伝わる彼の手の温もりと感触が伝わってきて、こんな時でも胸がうるさくなってしまう自分に呆れる。 「はい!名無しとサンジ君ちょっと落ち着いて、お茶でもしなさい!あんた達ー!ダイニングに入っちゃダメよ!」 「え、ちょ、ナミっ...」 「いい加減ちゃんと向き合いなさい。...昨日、頑張るって言ってなかった?」 私とサンジの横を通り過ぎ他のクルーの元へ向かうナミの後ろ姿を見ながら、付き合った事をナミに報告した時、船の雰囲気だけは壊さないよう喧嘩でもした時にはすぐに話し合う事を義務付けられたのを思い出した。 この旅を続けるに置いて恋人同士の痴話喧嘩なんかでクルーに迷惑を掛ける事など許さない、そう言われた。 私の腕を掴んだままのサンジを見上げると気まずそうに視線を床へ向けていた。 「サンジ、」 「...中入ろうか。」 いざテーブルを挟んで向かい合うように座ると、言いたかった言葉が抜けてしまった。 何から話そうとしたんだっけ。 サンジの記憶が無くなってしまったこと? 私のサンジへの気持ち...? 「ちょっとごめん。」 椅子から立ち上がりサンジに背を向けると鼻に押さえつけたティッシュをそっと離し、鼻血が完全に止まった事を確認するとそれをゴミ箱へ捨てる。 振り向くのが、怖い。 「名無しちゃん。」 「え!?なに?」 「大丈夫か?」 私を呼ぶ声に驚き思わず振り返るとサンジが椅子から少し身を乗り出していた。 大丈夫大丈夫、と目線を合わせず椅子に座り直すと恐る恐る顔を上げる。 一見冷めて見える片方しか出ていない瞳はとてつもなく優しさが溢れていた。 「あのよ、」 「うん、」 「話をぶり返すんだが、昨日何で泣いてたんだ...?」 サンジから口を開いてくれたと思ったら聞いて欲しくない事を、と思いつつえーと...となんて返そうか考える。 「...サンジ。私ね、好きな人が居るんだ。」 「へ?」 「その人の事で悩んでて、ゾロはその...アドバイスをくれたというか。」 見事に真剣な表情から間抜けな表情になったサンジに、まずいこと言っちゃったかな、と顔が強ばる。 「そ、そうだったのか、名無しちゃん好きな野郎が居るのか...」 「...うん。」 「誰...か聞くのは野暮だよな。」 貴方だよ。 言いたいのに言えない。 言ったらどうなるのか、すごく怖い。 「何か飲み物入れてくる。」 「あ、ありがとう。」 黙る私にそう言うと、サンジは立ち上がりキッチンへ向かう。 その背中が、愛おしくて。 抱きつきたい。 でもまた拒まれるのは目に見えてる。 次拒否されたら、私はもう立ち直れないだろう。 「はい。」 テーブルに置かれたのはいつものアイスレモンティー。 「ありがとう。...私ね、これ大好き。」 「ああ、知ってるよ。」 サンジのその言葉に私は目を見開いた。 2ヶ月前の、あの時と同じ。 ( ねえ、本当に忘れてしまった? ) 前へ / 次へ [しおり/もどる] ×
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