SHORT | ナノ



Directed camera and feeling



今の時代、写真家っつったら指名手配書か新聞記事の為に写真を撮る輩が多いが彼女は違った。

「好きなものを、好きな時に撮りたいだけ。その瞬間をこのカメラに収めたいの。」

俺らと出会った時、そう言っていた。
そして俺らの仲間になってからもそれは変わらない。



その日も名無しちゃんは後方甲板でデカいカメラを構えて芝生甲板で遊ぶ野郎共をそれに収めていた。
その顔は楽しそうで嬉しそうで、幸せそうで。そんな顔を向けられながら写真を撮られるアイツらが憎らしく感じる。



「んナミさすわ〜ん!ロビンちゅわ〜ん!俺特製チーズケーキをお持ち致しましたっ!」

前方甲板で寛ぐ美女2人に午後のティータイムにデザートを持っていきながらも俺は後方に居る彼女が気になってしまう。

「ありがとう、サンジ君。」
「ありがとう。」
「どういたしまして〜!」

その事を気付かれないようにナミさんとロビンちゃんにとびっきりの笑顔とハートでもてなす。

「あ、名無しこっち撮ってない?」
「あら、本当ね。」
「不意打ちで撮られるの嫌いだけど、あの子の撮る写真ってすごく綺麗に写るのよねえ。被写体が良いってのもあるけど!」
「ふふ、そうね。でも確かに名無しの撮る写真はどれも皆良い表情をしてるわ。」

2人の会話を耳にしながら、俺の中で少し疑問が生まれた。

「へえ...そんなに俺らの写真撮ってるのか名無しちゃん。」
「あれ?でも、サンジ君の写真って少ないかも。」
「え?」
「あっ、いやっ、ほら!サンジ君て殆どキッチンに居るじゃない?だからあまり撮る機会が無いのかも!ね!?ロビン!?」
「ええ、きっとそうね。」

俺の写真は少ない...それを聞いた俺の顔がいかに落ちてしまっていたのか、ナミさんがここまで俺を慰めてくれている事がそれを物語っている。

「ありがとうなナミさん。まあでも俺はあまり写真好きじゃねえから。手配書の件もあるしよ。」

嘘だ。内心すげえ落ち込んでいる。
そう?と安心したような表情に戻ったナミさんに笑顔を向けながらダイニングへ戻る為に後方へ向かった。


ダイニングの上の甲板で写真を撮っていた彼女の姿はもうそこには無くやはり俺の事は撮らねえのか、と更に落ち込んだ。
確かによくよく考えてみれば彼女のカメラのレンズが俺個人に向けられた事などあっただろうか。いや、無い気がする。

ナミさんとロビンちゃんに持って行った、同様のチーズケーキを名無しちゃんにも持っていくべくお盆の上に紅茶を注いだカップとケーキ皿を乗せると彼女が居るであろう場所へ向かった。



名無しちゃんが仲間に加わった時にフランキーが簡単に作った彼女専用の現像室。たいてい姿が見えない時、彼女はそこに居る。

小さな部屋の扉をノックすると中からはーい、という可愛らしい声が聞こえてくる。

「あ、サンジ。」
「名無しちゃん、デザートはいかがですか?」
「いつもありがとうー!わざわざ持ってきてくれて!」
「どういたしまして。お盆ごと持ってくか?」
「うん!後で返しに行くね。」
「...俺が取りに来ても良いんだが?」
「いいのいいの!ありがとう!じゃ!」

ばたん、と締められた扉の前で俺ってもしかして嫌われてる?という思考が脳内で始まってしまった。



夕飯の支度をしている間も俺の中では名無しちゃんに嫌われているかもしれない説がグルグルと巡っていた。
ただ単に俺だけ写真を撮られてないだけで、何故料理中にもこんなに考え込んでしまうのか。俺らしくねえ。

集中集中、と手を動かすと同時に違和感を感じた。いつもだったらそろそろ名無しちゃんが空いた食器を返しに来てくれる時間なのだが。作業に集中してるのか?

そんなにもアイツらの(ナミさんとロビンちゃんを除いて)写真を現像してえのか?と少しモヤモヤしたものを抱きながらエプロンを脱ぎさると俺はダイニングを後にした。



───コンコン

いつもならノックをすればすぐに返ってくる彼女の声が聞こえてこない。
作業部屋とは言ってもレディの部屋には変わりない。しかし、もしかしたら倒れてるかもなんて可能性も無くは無い。


「名無しちゃん?」

少しずつ開けた扉からは薄暗い部屋の中に灯された小さなロウソクの光だけが見えた。
そして小さな机に突っ伏す名無しちゃんの姿。その肩が上下する様子から寝ていることが分かった。

彼女の腕の横には空になったカップと皿が乗ったお盆。貰ってくか、と部屋の中に入り机に近づくとその上にはいくつかの写真が広げられていた。
そこには楽しそうな表情のクルーの姿が映された写真。やはり、そこには俺の姿は見当たらなかった。


「(仕方ねえよな...)」

名無しちゃんは好きな時に、好きな物や人を撮るんだ。それは彼女の自由だ。
こんなことで落ち込んでも仕方ない。

お盆を手に取ると、バサッと何か本のような物が机から落ちてしまった。
やべっ、と思いながら拾い上げた本の中を目にした瞬間俺は思考が停止した。


「んー...」
「っ!」
「っ、え!?サンジ!?どうして此処に...」
「あ、いや、すまねえ名無しちゃん、俺はただお盆を...」
「?...っ!あーーー!!!」

俺の姿を目にした名無しちゃんは眠気眼から一転目を見開いて慌て始め、そして俺の手の中にある物を目にして更に慌ただしさを増した。


「ちょっ!それ...!!」
「ほ、本当にすまねえ、見るつもりは無かったんだが、」
「か、返して...っ!!」

俺の手の中の物を光の速さで抜き去ると名無しちゃんは顔を真っ赤にし、それを隠すように両手で包み込んだ。

「あ、あのよ、名無しちゃん...」
「......気持ち悪いでしょ。」
「え?」
「ごめん、こんな隠し撮りみたいな、ていうか隠し撮りなんだけど...こんな事して、私、気持ち悪いでしょ?」
「あ、いや、」

顔を赤くしてうっすら涙目になった彼女に、俺の心臓が大きく高鳴った。
気持ち悪いだと?むしろ、

「良かった...」
「え、...え?」

気持ち悪いでしょ?に対する答えが良かった、ということに戸惑いを隠せていない名無しちゃん。それがまた可愛いくて。

「サンジ...それは、どういう意味の、」
「...名無しちゃんに嫌われてるんじゃねえかと、思っててよ。」


俺が目にしてしまい、名無しちゃんが慌てて隠した物の正体。それは、俺が料理している姿や甲板でお盆を持つ後ろ姿等が写された何枚もの写真が入ったアルバムだった。


「嫌いな訳無いじゃんっ...!むしろ、っ!」
「むしろ?」
「あ、あの、えっと、違くて...!」
「え、やっぱり嫌い?」
「そうじゃなくて、!」

尚も顔を真っ赤にしてたじろぐ名無しちゃん。

「...言ってくれれば幾らでも撮らせてあげるのによ。」
「だって、邪魔になりたくなくて...それに、」
「それに?」
「ふとした瞬間のサンジ、...カッコイイから...」

何だその理由は。
何だそのクソ可愛い顔は。
さっきまで俺がモヤモヤしていたのが馬鹿らしいじゃねえか。
そんな事言われたら、俺はもう容赦しねえぞ。

下唇を噛み締め視線を床へ落としながらも、大事そうに俺の写真を抱きかかえる名無しちゃんの顔をこちらへ向ける為小さな顎をクイ、と持ち上げた。

「さ、サンジ、どうし...」
「名無しちゃん、俺の事これから幾らでも隠し撮りしても良いからよ。その代わりと言っちゃ何だが...」
「え、?」
「俺のものになってくれねえか?」

その言葉を聞いた瞬間、名無しちゃんは再び目を見開いた。
そんな彼女にこんなスマートに気取っているが、俺の心臓は今にも爆発しそうだ。

「ダメか?」
「あ、さ、サンジ...それって、あの、」

抑えることの出来ないこの感情に俺は彼女の顎を持ち上げている手を柔らかい髪へと移動させ、咥えた煙草をもう片方の手で抜き去ると真っ赤な耳に口元を近づけて囁いた。


「今度は俺が、名無しちゃんのどんな瞬間も君の傍で、この目に収めておきてえんだ。」


構えられたカメラのレンズの向こう側の君の表情を。





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