SHORT | ナノ



If you are a marriage partner



「サンジ、ちょっとこの後時間ある?」

昼食後、空いた食器を持って俺の所に来た名無しちゃんから尋ねられた。

「ああ、勿論。どうしたんだい?」
「それはちょっと、皆が居なくなってからで...」

少し恥ずかしそうに言う彼女に俺はもしかして...と淡い期待の様なものを抱いてしまった。
しかしそれはダイニングから他のクルーが居なくなってから彼女の口から発せられた言葉と共に崩れ落ちた。


「料理をね、教えて欲しくて。」
「...俺の作った物じゃ物足り無えか?」
「違う違う!!そんな訳無いじゃん!」
「じゃあ、どうしてまた...」

俺の作った食事じゃ名無しちゃんの口に合わなかったかという疑問を全力で否定する彼女ににホッとしつつ、では何故今更俺に料理なんて教わりたいのか、とまた新たな疑問が生まれた。

「あの、ね、...笑わない?」
「笑わねえから安心してくれ。」

尚も恥ずかしそうに訳を言うのを躊躇う名無しちゃんを内心可愛いなあ、と思いながらここは真剣にきかなければ、と耳を傾ける。


「もし将来結婚した時、全然料理出来なかったら...嫌だなって...」
「.........は?」
「えっ!聞こえなかった?」
「いや、そうじゃなくてよ...」

結婚...?誰と?
聞きたいことがまた増えてしまい頭を混乱させつつも落ち着いてもう一度名無しちゃんに疑問をぶつけた。

「名無しちゃん、結婚してえ野郎でも居るのか?」
「違うよっ...!"もし"って言ってるでしょ。」
「ああ、"もし"、な...」
「簡単なものでいいの。お願いします!...駄目?」

駄目な訳が無え、と返すも俺の頭は名無しちゃんと結婚出来る野郎はとんでもなく幸せ者じゃねえか、と少し胸が締め付けられる様な感覚に陥る。

「じゃあ、簡単なものから、な。」
「ありがとう!サンジ!」

満面の笑みでお礼を言う名無しちゃんに、"もし"将来結婚する相手が憎らしくなった。
俺のエプロンを渡すとそれを着ける名無しちゃんの姿を見ながら、ニヤけそうになる口元を引き締めた。

「名無しちゃん、包丁は使えそうか?」
「多分そのくらいは出来ると思う。」
「よし、じゃあ玉ねぎのスライスを頼んでも良いか?」
「分かった!」

張り切って玉ねぎと包丁を手に取る名無しちゃんの様子を洗った皿を拭きながら横で見守る。万が一怪我でもさせてしまったらと思うと目が離せなかった。
真剣な眼差しで作業をする名無しちゃんの手つきは正直見てて安心出来るものでは無かった。

「...っ、あ!」
「名無しちゃん!大丈夫か!?」
「うん、大丈夫大丈夫!」
「いや、ちょっと指見せてくれ。」

大丈夫だから、と手を引っ込めようとする名無しちゃんの手を半ば強引に掴み顔の前まで持ってくると滲む程度ではあるが赤い血が出ていた。

「ちょっと待っててな。」
「サンジ、」

名無しちゃんの呼ぶ声に足を止めそうになりつつも俺は急いで医務室へ向かった。

「チョッパー、ちと借りるぜ。」

部屋に不在の船医に向けての言葉を独り言のように呟くと消毒液と絆創膏を手にし、また急いでキッチンへと向かった。


キッチンに戻ると切ってしまった指を悲しそうな顔で眺める名無しちゃんの名前を呼ぶと、彼女はハッとしたように顔を上げた。

「サンジ...ごめん。」
「名無しちゃんが謝ることじゃ無えよ。それより指、もう一度見せてくれるか?」

先程とは違い素直に指を差し出す名無しちゃん。小さい傷には違いねえが、怪我させてしまったことに俺自身を恨んだ。
大人しく手当を受ける名無しちゃんは小さな声でごめん、とまた謝ってきた。

「名無しちゃんが謝る事じゃ無えって言ったろ?」
「私、ダメだね。料理も出来ないなんて、こんなんじゃお嫁に行けないね。」
「...どうしていきなりそんな事考え出したんだ?」

手当てとは言ったものの、名無しちゃんと俺の指が触れ合ってる事に胸が高鳴る。
全身に響く心臓の音を耳にしながら気になっていた事を我慢できず思わず聞いてしまった。

「昨日ね、ロビンから借りた小説を読んだの。その物語に出てくる夫婦の奥さんがすごく料理が上手で、旦那さんはその料理を食べる度に"幸せ"って奥さんに伝えるの。それが何でかな、すごく羨ましいなって思ったの。」

変でしょ?と話す名無しちゃんがいつもより数倍、いや何百倍にも可愛いく思えた。

戦闘要員として船に乗っている彼女はクソマリモ程では無いが毎日鍛えている為、可愛らしい顔をしているのに女の子としての部分を周りに見せなかった。
だから今日、名無しちゃんの口から結婚の言葉が出てきた事に余計に驚いた。


「いや...変じゃ無えよ。むしろ羨ましいな。」
「え、何が?」
「"もし"名無しちゃんと結婚する野郎が。」

名無しちゃんは俺の言葉に少し驚いたように目を見開くと、今まで見たこと無いような照れた表情へと変わった。
その顔がとんでもなく可愛いと思っちまった。

「ど、どこが?料理1つ出来ないのに...」
「料理なんて男でも出来る。」
「そりゃ、サンジぐらい美味しい料理が出来る旦那さんだったら奥さんは幸せだろうね。」

クソ、可愛いすぎだろ。
無意識に言ってるならある意味タチが悪いな。

「玉ねぎ、無駄にしちゃったね。」
「...立候補しても良いか?」
「え、?」
「名無しちゃんの"もし"結婚する時の相手に。」

俺の顔を見てフリーズする名無しちゃんに少し調子に乗りすぎたか、と思っていると見る見るうちに名無しちゃんの顔が真っ赤になっていく。


「サンジ、っ、わ、私、まだ、料理出来なくても、良いかなって、」
「俺と結婚したらずっとしなくても良いんだぜ?」
「け、結婚も、本当に、まだ、考えてないし...!」
「だから将来"もし"結婚する時のその"もし"、の時相手の立候補だ。」

反論する言葉無くしてしまった名無しちゃんは慌てて俺が医務室から持ってきた消毒液の瓶を手に取った。

「これっ、チョッパーの所に返しておくね!...っ、今日は本当にありがとう!」

顔を尚も真っ赤にしてキッチンを飛び出す彼女の姿が見えなくなると俺はその場にしゃがみ込んだ。

「何だあれは...可愛すぎだろ、クソ...」





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