SHORT | ナノ



It started from anticipation



何で、私このタイミングでここに来ちゃったの?
何で、このタイミングでそんな事話してるの?

「ナミさん、勘弁してくれねえかな?」
「あらサンジ君、素直になりなさい。私に隠し通せると思ってるの?」
「分かった、白状する。ああ、好きだ...」



ダイニングの扉のドアノブを握りしめながら、私はそこから動けなかった。

喉が乾いたなあ、そのついでに彼とお話でも出来たらいいなあ、とここへ来たのが間違いだった。

ああ、やっぱり。ナミかロビンか、どちらかとは分かっていた。ナミの方だったのか。
短い片思いだったな。とは言っても私は彼に何のアプローチも出来ない臆病者だ。



───ガチャ

「...っ、」
「びっくりした...名無しあんた、ボーッとしてどうしたのよ。中入ったら?」
「あ、...うん。」

ナミはダイニングから出てくると立ち尽くす私に驚き、私はナミに中へ入るよう促されると入れ違いに中へと足を踏み入れた。

ダイニングへ入るとこちらに背を向けてキッチンで食器を拭いていたサンジは私の存在に気づくと、少し驚いた様だった。

「あれ、名無しちゃん...どうかしたか?何か飲むかい?」
「...うん。喉乾いちゃって。」
「ジュースでいいか?名無しちゃんだけの特製の作るから、少しだけ待っててくれ。」
「うん、ありがとう。」

名無しちゃんだけの特製だなんて、そんな何気ない貴方の言葉が私の胸を締め付ける。

カウンターに腰掛け、サンジが冷蔵庫からフルーツを取り出し、素早く皮を剥いて、ジューサーにかけるのを私はただただ見つめていた。見つめることしか、私はしちゃいけないんだ。


「お待たせしました...名無しちゃん、何かあったか?」
「え?」
「いつも元気な名無しちゃんが暗い顔をしてるからよ、良かったら話してくれねえかな?」

シンクに手をつきながら私の顔を覗き込み、サンジは問いかけた。
さっきの話聞いてたって言ったら、貴方はどんな顔をする?照れて惚気話でもしてくるのかな。

「サンジって、好きな人いる?」
「...えっ!?そ、そりゃまた急だなあ...どうしてだ?」
「無類の女好きのサンジの特別な存在の人ってどんな人かなあって。」

ジッと顔を見つめる私の目から視線を外すと、困ったように頭に手をあて考え込むサンジに私はもどかしさを感じた。

他のクルーには内緒で付き合うのかな。
でも、もう私は知ってるよ。どんな人かって。



「...レディってのはどうも皆鋭いな。確かに俺は世界中の女性に恋してるんだと自分でも思ってた。一人一人違う魅力があって...でも、いつからかある女性の事で頭が一杯になっちまって、他の野郎と話してるのを見るだけで胸が締め付けられるような感覚になっちまう。厄介なもんだな、本当の恋ってのは。」

儚げな瞳で話すサンジに、私は何も言えなくなってしまった。こんなに想われているナミが堪らなく羨ましくて、堪らなく妬ましい。

ナミになりたい。ナミになってサンジに好きって言われるのって、どれだけ幸せなのか知りたいよ。

「名無しちゃん...?」
「...っ、そっかー!サンジにも居るんだね、特別な、ひと...」

サンジの作ってくれた特別ジュースをグッと喉へ流し込む。私が初めて飲んだ時、美味しすぎて感動して以来サンジはこのジュースを何かと私に作ってくれた。これを飲めるのも、今日で最後かな。

いきなり椅子から降り空になったグラスを持ち、カウンターを回ってシンクまで歩き出した私を不思議そうに見てくるサンジの真横で足を止めると、私は顔を上げて彼の顔を見つめた。


「サンジ、おめでとう。」
「え、」
「ごめん。さっきナミと話してるの聞いちゃった。サンジはやっぱりナミが好きだったんだね。...もう、付き合う事になったの?もし皆には内緒なら絶対言わないから。だから...」

もう私に優しくしたりしないで。

堪えろ、今は泣いちゃダメだ。
涙は後で幾らでも流せばいい。

そう自分に言い聞かせても顔を俯くと視界がぼやけていく。瞬きひとつでもしたら、間違いなく瞳に溜まった雫は落ちてしまうだろう。なんて惨めなんだろうか、私は。



「...とんだ勘違いをしてるみてえだな。」
「...え、」
「聞かれちまったんなら仕方ねえ...ナミさんに俺の"特別な存在の人"をズバリ当てられちまってよ。」

その言葉にサンジを見上げると、溢れていた涙が頬を伝った。それを見たサンジは少し目を見開いて私を見下ろしていた。

「分かんないよ...じゃあ、サンジが好きなのは、サンジの特別な人って、誰なの...?」
「...名無しちゃん、どうして泣いてるんだ?」
「っそんなの、言えない...」
「名無しちゃん、俺の目を見てくれ。」
「...好きだから...サンジが、サンジの全部が...好き...」


サンジは手の甲で涙を拭う私の腕を掴むと片方の手で私の頬を包み親指で流れた涙を優しく拭うと、そのまま両腕を私の背中に回し抱きしめた。
突然の事で軽くフリーズした私の耳にかかる髪を少し掻き上げ、サンジは耳元で低い声で言った。

「名無しちゃん、やめてくれ...そんな事言われたら、ますます好きになっちまう。」







「ナミ、何してんだ?」
「あ、ウソップ。しばらくここ立ち入り禁止だから。」
「ああ?なんでだよ?」
「何でもよ。あーアツイわねー。」

ダイニングの扉に「立ち入り禁止」の貼り紙を見ながらウソップは今日は別に暑くねえだろ...と去っていくナミに心の中で突っ込んだ。





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