SHORT | ナノ



Sudden invitation



「お姉さん、今1人?誰か待ってるの?」

これは、いわゆるナンパってやつか。たいして色気も無い私には無縁のものだと思ってた。



───遡ること2時間前

「名無しちゃん、一緒に街に出ねえか?」
「......え、何?」
「何って、デートのお誘い。」

この島に着いて2日目の朝、食後のお茶を持ってきてくれた意中の相手であるサンジに、まさかのお誘いをされ何が起こったのか分からなかった。
からかってんのか?と怪訝な顔でサンジを見つめた。

「...ナミとロビンには振られちゃったの?」
「え?2人は誘ってねえよ?俺は名無しちゃんを誘ってるんだが...」

ダメかな?と聞いてくる彼にダメ、だなんて言えるはずも無く、いいよと答えた。

「じゃあお茶飲み終わってからで良いから、支度出来たらダイニングに来てくれるかい?」
「分かった。」

バクバクうるさい心臓を抑え、冷静を装って返事した。お茶を飲み終えるとサンジに、じゃあまた後で、と言ってダイニングを出た。
ダイニングを出た瞬間、私はダッシュで女部屋に飛び込んだ。



「何着てけばいいのよ!?」

デートだと、しかも好きな相手との。
何を着ていけば、いつもより化粧をちゃんとしなければ、髪型は、など頭の中がパニックになった。
あまり待たせると気合い入れてると思われるかも、と急いで支度を済ませた。



「っ、サンジお待たせ...」
「...あ、全然待ってないよ。じゃ、行こうか。」

勢いよく扉を開けすぎたせいか、サンジは少し目を見開いて、はっとしたようにしていた。まずい、もう少し落ち着かなければ。



島にある街はとても賑やかで、沢山の店が建ち並んでいた。サンジからのデートのお誘いなんて、ナミもロビンも経験済みだろうな、とだからあまり舞い上がらないようにしよう、と自分に言い聞かせる。

「(もう誘われること無いかもしれないしね...)」

私の半歩先を歩く彼の背中を見つめると、一見細身なくせに意外と広いそれに抱きつきたい衝動に駆られる。

「名無しちゃん。」

名前を呼ばれ、はっとして背中から振り向かれたサンジの顔に視線を移す。

「なに?」
「せっかくだしアクセサリーか何かプレゼントさせてくれねえかな。」
「え、そんな、いいよ...」

遠慮な言葉を言いつつも、心の中はもう1人の私が嬉しすぎて舞い踊っていた。

「買い物付き合ってもらってるし、こんな店が多い島久しぶりだしよ。」

な?と前から人がすれ違う瞬間に私の肩を抱いてぶつからない様に守ってくれる。触れてる肩が熱くなる。

「あ、ありがとう...」
「じゃあ先に名無しちゃんへのプレゼント選びからだな。あの店とかどうだい?」

肩を庇ってくれた事への感謝を述べたつもりが、彼にはプレゼントに対してお礼を言ったと受け止められてしまった。
サンジの指さす先には高級そうな宝石店があり、私は慌てて首を振った。

「いや、あんな高そうなお店じゃなくていいよ!もっと、カジュアルなお店で!」
「...金のことなら心配しなくていいんだぜ?」
「(そうゆう問題だけど、そうゆう問題じゃない...!)」

あんな所に入ったら結婚指輪お探しですか?とか言われそう、と思い必死で他にお店は無いかと辺りを見回す。運良く少しファンシーな小物屋が目に入り、あそこがいい!と指をさした。

サンジの腕を引き、店に入ると可愛らしい小物が少し無造作に並べられていた。
ふと目に入ったのは、トップの部分にパワーストーンが施されているネックレス。
パワーストーンの形が独特で素直に可愛いと思った。

「...へー、パワーストーンか。名無しちゃん、こうゆうの好きなんだな。」
「え、あ、うん!可愛くない?どれがいいかなー...」

ふと目に入ったのはピンクのような赤のような色をしたパワーストーンだった。

「これ、どうゆう意味だろう。」
「ここに書いてある。恋愛成就に効果あり...だとよ。」
「そうなんだ...」

見た目に惹かれて手に取ったが、そんな意味があるとは。多分私の恋愛は成就する事は無いだろうけど、一目惚れしたそれに決めた。

「これにする。」
「え、他は見なくていいのか?」
「うん、これがいいな。」

少し呆けたような顔をしたサンジは、これな、と私の手からネックレスを受け取るとお会計をしに向かった。
その後ろ姿に本当のカップルみたいだな、と少しニヤけた。

「ありがとう、サンジ。嬉しい。今着けても良い?」
「どういたしまして、喜んでもらえて良かった。」

着けてやるから、と小さな紙袋からネックレスを取り出し私の後ろへ回ると、大きな手が後ろから伸びてきて器用にそれを着けてくれた。ありがとう、とお礼を言い振り返ると、クソ似合ってるぜ、と言われる。

「じゃあサンジの買い物、行こう。」
「ああ、あそこなんだが…結構混んでるみてえだな。」

すぐ近くの魚屋さんを指さすサンジに、じゃあ外で待ってるよ、と伝えると、1分で戻る、と足早に店内へ入って行った。

1分って...買うもの決まってんのかな、と思いつつプレゼントされたネックレスを指で弄る。サンジは女性皆にこうやってプレゼントしてるのかも分からないが、それよりも嬉しさが勝っていた。

その喜びに浸っている時だった。



「お姉さん、今1人?誰か待ってるの?」

これは俗に言うナンパ...?見ず知らずの男性に、何故私なんか、と思いながらもちろん片思いの相手を待っている私の答えは決まっていた。

「そうです。」
「誰待ってんの?彼氏?」
「彼氏じゃないですけど...」

じゃあ俺と遊ばない?と言う男性に、いや人待ってるって言ってんだろ彼氏じゃないけどさ、と思い無視を決め込もうとした時だった。
言葉では無理と判断したのか、男の手が伸びてきて私の腕を掴んだ。

「ちょっ...」
「いいじゃん、少しだけ。」

少しだけ、じゃねえよと男を殴ろうとした時だった。

「俺の連れに何か用か?」

その声に、これってよく恋愛小説とかであるシチュエーションじゃ、と思った瞬間その男は顔を青くし出した。

「あー、彼氏来たみたいだよ。じゃあね!」

情けない...と思いながら去っていく男を見送ると、助けてくれた声の主へと視線を移した。



「ありがとう、フランキー。」
「何やってんだお前は...1人か?」

ナンパ男から私を助けてくれたのは、まさかのフランキーだった。
そりゃパンツ一丁でヤバそうな男が現れたら逃げるわ、とフランキーにお礼をしようとした時だった。

魚屋の店内から慌てて出てきたサンジは私にちょっと待っててくれ、と言うと私達の前を通り過ぎそれを見送ると、ナンパ男に蹴りを食らわせ何かを耳打ちしている様だった。死にそうな男は何度も土下座をしていた。

男の元から一瞬で戻ってくると、サンジは私の両肩に手を置きながら声を上げた。

「名無しちゃん、すまねえ!レディを危険な目に合わすとは...本当に、俺は何してやがんだ...!」
「大丈夫だよサンジ、フランキーが助けてくれたし...」

ありがとう、とフランキーに改めてお礼を言うと、良いってことよ、じゃあまた後でな!と気まずそうにどこかへ行ってしまった。
船に帰ったらもう一度お礼を言わなければ。

しょんぼりしたサンジに向き直ると頭を掻きむしって、ちくしょう...本当にすまねえ...!と項垂れていた。

「お願いサンジ、顔上げて...」
「俺は今日、なんの為に...」
「...楽しかったよ、すごく。プレゼントもしてくれたじゃん。」
「そうゆう問題じゃねえんだよ!」

その怒鳴り声に思わずびくっ、としてしまい、それと同時にサンジはしまった、という表情で顔を上げた。

「っ、すまねえ、つい。...俺が名無しちゃんを守らなきゃ意味がねえんだ。」
「...その気持ちだけで十分だよ。それに、私なら自分の身ぐらい自分で守れるし。」

どこまで女性の事を思いやるのかこの男は。
そんなに完璧じゃなくても良いのに。

「(そんな所も、好きなんだけどね。)」

いつも優しいあなたが、大好きなんだよ。

「...好きだ。」
「うん、私も好き.........って、えっっっ?」

驚いて声を上げる私に、更に驚いた顔をするサンジ。
おかしいな幻聴かな、と思っているとサンジは頭に手を当てながら、えーっと、と考え込んでいるようだった。

「好きって、俺の事...か?」

幻聴ではなかった。確かにサンジの好き、という言葉に釣られて好き、と言ってしまった。

「あの、えっと、ごめんなさい。」
「...それはどうゆう意味だ?」
「......っ、」

そのまんまだよ、と言いたいがその前にサンジが口にした言葉の意味の方が気になって仕方がなかった。視線を伏せて思い切って問いかけた。

「そっちこそ、どうゆう意味...?からかってる?私の事...」
「...ここまでして気付いて貰えねえのは、結構キツイな。」
「何が...!」

意味が分からなくて顔を上げると、真剣な眼差しをしたサンジが私を見下ろしていた。

「...そのまんまの意味だ。俺は名無しちゃんが好きって言ったんだよ。」

素直にもう一度、私も好き、と言いたいのに声が出てこない。いや、怖いんだ、自分の心が傷つくのが。だから今までも1歩が踏み出せずにいた。

「信じられねえか...俺の事。」
「...だってサンジは、女の人皆が、」
「何回も言わせる気か?俺が好きなのは、」

サンジの手が私の顎を掬い耳元に顔を埋めると、名無しちゃんだけだ、と囁く。
そのいつもより低い声に耳元が熱くなるのを感じる。そこでやっと、自分の気持ちに素直になれた。

「私も、サンジが、好き...」





船への帰路を、手を繋いで歩く。
夢心地で歩く私にサンジは怪訝そうに聞いてきた。

「...やっぱりフランキーに惚れたとか無しな?」
「え?ああ、大丈夫だよ。確かにさっきは格好良かったけど。」
「クソおおおおお...!」

あんな奴に渡すかあああ!と叫ぶサンジに、思わず笑みが零れ、サンジはもっと格好良いよ、と言うと珍しく顔を赤くしていた。

「そういえば、あの男に蹴り入れた後何か耳打ちしてなかった?」
「あ?あー、何にも言ってねえよ?」
「...ふーん。」

誤魔化されたような気がしたが、船に着くまでの間にこの握られた手を解かなければならない前に、この感触を覚えておこうと私は必死になっていた。




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