Two people who want to be adults 誰も居ない深夜のキッチン。 電気も付けずに月明かりのみで互いの存在を確認し、2つの唇が重なり合う音と角度を変える度に漏れる吐息がやけに耳に響く。 薄く瞼を開けると1つしか露になっていない彼の儚い瞳と目が合う。それが色気をこれでもかと醸し出していて彼の肩に置いていた手に力が入る。 もっと私を欲してほしいと思ってしまう。 「っ…サンジ、今日はもう、」 「…終いか?」 「もう十分じゃない…?だめ?」 もう少し、の言葉を待っている自分が居るのは痛すぎる程自覚しているのにもう満足でしょう?とでも言うような口振りに我ながら無様だと感じる。 「…分かった。おやすみ、お名前ちゃん。」 「おやすみ、サンジ。」 口角を上げて彼の名を呼ぶと今までの事が無かったかのように"仲間"の関係に戻る。こんな関係を続けてもう3日、彼にとって私は何なのだろうと模索する日々。 それでも最初にけしかけたのは私の方なのに。 ──3日前 「サンジって色んな女の人にアプローチしてるけど、今まで何人と付き合ってきたの?」 ほんの興味本位で聞いてしまったこと。いや、"ほんの"というのは嘘だ。傷つくと分かっているのにこんな事を聞いてしまう自分は馬鹿としか言いようが無い。 そんな私の質問に当の本人は目を丸くしていた。 「…あー、何人だったか、な。」 「そんな覚えてない位なんだねえ。」 「えっ!?いやその…まあ、な。」 やはり恋愛において積極性は大事なんだな、と教えられた私は変に納得してしまった。 それと同時にチクリと心に感じた痛みは気づかないフリをした。 私より年下の筈の彼はやはり見た目も性格も実年齢より大人なんだと改めて思い知らされる。 「お名前ちゃんこそ、その美しさで何人の男を虜にしてきたんだ?」 相も変わらず煙草を咥えながらお皿を拭き、その綺麗になったお皿を食器棚へ仕舞う私に振り返って問いかけるサンジはやっぱり格好良いな、と改めて感じる。 もしその手で触れられたら、もしその腕で抱きしめられたら、もしその唇で口付けされたら、そんな事を考えてしまう私はサンジに負けず劣らず変態だ。 「えーと、何人だっけなあ。」 何人だっけなあ、だなんて考える程の人数と関係を持ったことなんて無い。それでもこんなにも余裕ぶっているのは貴方に大人の女性だと思われたいというちっぽけな見栄。 「羨ましいな、君みたいな魅力的な大人の女性と関係を持てる野郎共は。」 彼が息を吐くように口にする甘い言葉は私だけに向けられた言葉じゃない。その言葉に胸を高鳴らせてはいけない。 「じゃあ、サンジもその1人になってみる?」 ほんの冗談だった。そして今回の"ほんの"は本当。いつもの様に目をハートにして、なんて挑発的なんだ〜!とか返してくれると思ったのに。 そんな他愛の無いやり取りだけで十分だったのに。 「冗談で言ったつもりなら先に謝っておくなお名前ちゃん。悪いが、もう手遅れだ。」 なんちゃって、と言いかけた私は近づいてくる気配に気付くと、いつの間にかの目の前に立っているサンジに驚きながら彼の言っている意味を理解する前に顎を持ち上げられ、あっという間に私の唇は彼のものによって塞がれていた。 抵抗なんてする筈も無く、寧ろ私はもっと彼が欲しいと言わんばかりに手にしていた食器を置くとその背中に自らの腕を回した。 あの日からサンジと私のそこはかとなく微妙な関係が始まったんだ。 「(彼女、ではないんだよね。)」 この3日間、月明かりに照らされた甲板に出る度に反射的に思ってしまうこと。互いの気持ちをはっきりと明確にして恋人になろう、と言い合った関係では無い。ただお互いの温もりを感じ合うように十数分程度抱き合って唇を重ねる、それだけ。それ以上でもそれ以下でも無い。 きっとこの関係を終わらせたい、と口にした瞬間彼の中で私の存在は一生仲間になる。サンジは年下だけれど彼の性格上、そして今までの経験で割り切る事を知っているだろう。 私はそんな彼に大人の女性ぶって変な見栄を張ったせいで自分の気持ちを素直に口に出せない只の臆病者なんだ。 翌日の朝食後海図に目を凝らして見ないと分からない程小さな島があり、そこにもうすぐ着く旨をナミからクルーへ告げられた。 「ログポースが示さないほどのかなーり小さな島だからまあ無人島でしょうね。どうする?上陸する?」 「当たり前だ!!どんな島だろうと探検するにきまってるだろ!」 そう言うと思った、と船長の返事を聞くと上陸の準備を指示するナミを他所にワクワクを抑えきれず騒ぎ出すルフィ達にキッチンで静かに話を聞いていたサンジが声を張り上げた。 「おいてめえら!!ナミさんが話してるだろうが!!黙らねえと飢え死にさせるぞ!!」 青筋を立てながら怒鳴るサンジにすみませんでしたー!!とルフィ、ウソップ、チョッパー、ブルックが綺麗に横並びに土下座する。 面白い人達だなあ、と思いながらこんな時でさえクルーを叱る彼を格好良いと感じてしまう。 「ありがとう、サンジくん。」 「いえいえ〜!当然のことをしたまでですよナミさん!」 ハートが目になっているサンジを見て本当に昨晩の彼と同一人物なのかと疑ってしまう。そんな疑惑の視線を向けていると、不意に目が合ってしまい思わず勢い良く逸らしてしまった。 「(意識しすぎだ私…)」 自分に喝を入れながら頬に手をやると全身の熱が顔に集まってくるようで収まれ収まれ、と念じるとナミの合図で島への上陸準備するべく甲板へと向かうクルーの後へと続いた。 船のメンテナンスも兼ねてと、船番をフランキーに任せ9人で島へ足を踏み入れた。木々が密に生えており森の中にいる感覚に陥る。 この様な雰囲気の場所へ来ると自然と深呼吸したくなり空気が美味しいな、とか言いたくなるのは人間の性だろうか。 そんな私とは裏腹にルフィは食いもん無えかなー!!と雄叫びを上げて走り出した。他のクルーもそれぞれ自分の感性の赴くまま島を歩き出し、私もそれに続こうと足を踏み出した。 「足元気をつけてな、お名前ちゃん。」 「えっ、あ、うん。…ありがとう。」 突然掛けられた声に振り向くと朝は逸らしてしまった瞳と目が合う。私に気をかけてくれた事が嬉しすぎて舞い上がりそうになってしまうが、そんな感情は表に出すまいと平静を装いお礼を言葉にする。 気が付けば周りには他のクルーの姿は既に無く置いてかれたか、と思ったと同時にサンジと2人きりというシチュエーションにどうしても胸の鼓動を抑えることが出来なくなってしまう。 堪らず行こっか、と歩き出した私の手が大きな手によって掴まれる。振り返ると当たり前だがサンジが私を見下ろしていた。 どうしたの、と声を出したいのに喉がつっかえて上手く声が出せない。夜とは違い木漏れ日が私達2人を照らしはっきりと見える彼の顔が、瞳が、唇から目が離せない。 「なあ、お名前ちゃん。」 「…な、に?」 絞しだした声で返すとサンジの手が私の髪をかきあげる。触れられた場所が熱い。 なかなか次の言葉を切り出さないサンジにもどかしさが積もりその反面不安が襲う。 1つしか見えないその瞳があまりにも切なそうだったから。 「サンジ、」 すると耐えきれず彼の名を口にするとその視線は私の背後へと向けられ、今までの真剣な表情から一変どんどん青ざめていくサンジ。 具合でも悪くなってしまったのだろうか、と思い大丈夫?と声をかけるとお名前ちゃん後ろ…と固まる彼の視線を追うと私の後ろにあった木に大きな蛾が止まっていた。 うわ大きい蛾、と漏らす私の手を引いて走り出すサンジにえ?え?と頭の中が混乱したまま足を動かすしか無かった。 「何、急に…どうしたのっ、?」 少し走った所で止まったサンジの顔を改めて見ると汗をびっしょりかいており本当に大丈夫だろうか?と心配する。そして掴まれたままの手が先程より強く握られている事に気が付いた。 「サンジ、大丈夫?」 「す、すまねえ…っ、」 「具合悪い?」 「いや、違うんだ…その、虫が、」 「虫?」 「…ああ。」 虫がどうしたの、と聞くと少し間を置いて口を動かすサンジの小さな声に耳を傾けると苦手なんだ、という言葉を耳にした瞬間事の流れを納得した。 そしてそんな彼の1面を見れたことに嬉しさと安堵が込み上げる。 「ふふっ、」 「お名前ちゃん、?」 「ごめん、サンジにも苦手な物とかあるんだなって。」 「……、」 「サンジって普段大人っぽいから、びっくりして。何か…可愛いなって。」 一通り喋り終えた後、何も言わなくなってしまったサンジの顔を覗き込む。何か気を悪くさせてしまっただろうか、と思った矢先3日前の様に私の唇は突然塞がれた。 そしてこの3日間毎夜交わしたキスのように角度を変え、時には私の唇を彼の舌が撫ぜる。 それでも何故か少し違うと思うのは私の気の所為なのか少し荒いキスに違和感を覚える。 「っ…、サン、ジ…?」 「これで終いだ。」 「え?」 「俺達のこれまでの関係は、もう終いにしようお名前ちゃん。」 「…何を…言って、」 何を言ってるかだなんて、はっきり聞こえた。嘘だと言って欲しくて聞き返してしまったのだ。心臓が握り潰されそうなくらい苦しい。これはきっと本当の気持ちを伝えたいのに言葉にして言えないのは私の余計な見栄のせいにして、この曖昧な関係で良いからと自分に言い聞かせてきた見返りだ。 コソコソと夜な夜な口付けだけを交わすような関係では無く、貴方の恋人になりたいのに。 「そうだね、貴方にはもっと他の…女性が似合うよ。」 「…俺がガキだからか?」 「違う!ガ、じゃなくて、むしろ年下って事忘れるくらい素敵な男性だと思ってる。どうしてそんな事言うの?」 この関係を終わりにしようと言ったのは、そっちの癖に。どうしてそんな顔をしているの。 どうして、手を離してくれないの。 それでも彼が私との関係を終えたいという事を口にしたのは変えようの無い事実で、それを受け止めなければ駄目だと自分に言い聞かせる。 繋がれた手を離そうとした刹那、そのまま手を引かれ私はサンジの胸の中に収められた。突然の事にやっと解放された手で押し返そうとしたがそれに反してサンジの腕の力は強くなる一方だった。 「サンジ…っ、離して?」 「…どうしてだ。」 「どうしてって、それは私の台詞、」 「どうして、どうしたら俺を"ちゃんと"男として見てくれるんだ?」 「え…?」 さっき言われた言葉と今言われた言葉の矛盾に頭の中が混乱する。さっき蛾を目にした時とは違った、余裕の無い声が鼓膜を揺らす。 サンジの腕の力が抜けたと思った矢先、両肩を掴まれ顔を上げると切ない瞳に射抜かれる。 「俺はお名前ちゃんより年下だ。君からしたらただのガキに過ぎねえと思う。けど、この数日間で確信した。」 「何、を?」 「俺は君に、お名前ちゃんに本気で惚れちまってるって。君の本命になりてえって事をだ。」 驚き過ぎて声が出せない。足が地に着いてないような、ふわふわとした感覚に陥る。夢なら覚めないで、なんてベタな事を思ってしまう。 「だ、だってさっき、関係を終えたいって…」 「…そりゃあ、お名前ちゃんとキス出来るだけで十分だと思ってた。むしろ贅沢すぎるってな。だがそれだけじゃ物足りねえ。コソコソと逢い引きするだけの関係じゃなく、お名前ちゃんの"恋人"になりてえんだ俺は。」 ダメか?と問いかけるサンジにその言葉をそのまま返してあげたいと思いながらも胸が一杯で心臓が破裂しそうな私は今度は自ら彼の胸の中へ飛び込んだ。嬉しすぎて泣くことって本当にあるんだなって初めて知った。 そんな私の頭を何も言わずに撫ぜるサンジはやっぱり年下には思えなくて。 「…すき。」 「聞こえねえよ?お名前ちゃん。」 「私も、全く同じ事思ってた。サンジの恋人になりたい。」 「はー…幸せ過ぎて死んじまいそうだ。」 何言ってんの、と笑うと私の頬を大きな手が包み込みそのまま顔を上へ向かせられ優しい瞳のサンジと目が合い自然と瞼を閉じると何度目か分からない口付けを交わした。 今までと違うのは確実に私達が正式に恋人同士として初めてのものだという事。 「実は、お名前ちゃんに嘘ついちまってたんだ。」 「嘘って、何のこと?」 「…今まで付き合ってきた女性。本当は1人も居ねえ。」 「…え!?」 木の幹に寄りかかりながら肩を寄せ合い再び繋がれた手を見つめていると切り出されたサンジのカミングアウトに驚く。疑う余地も無いし、信じきっていた所為もあって大きな声を出してしまった。 カッコ悪いな俺、と苦笑するサンジに実は私も経験人数全然多くないんだ、と今更ながら口にする。お互い見栄を張り合っていたのか、と確認し合うと2人で気が抜けたように笑い合う。 不器用な私達の関係はこれからも永遠に終わらない事を願いながら。 「こんな事言うの何だけど経験無いにしてはサンジ、キス上手いよね。」 「そりゃあ妄想して練習しまくったからなあ〜。」 「…そこは見栄張っていいよ。」 ──── ピノコ様へ お待たせ致しました…!! 今回のリクエスト内容、ヒロインは自分が年上なので余裕があるようにサンジに見せたいけど、サンジはサンジで大人ぶりたい…ということで年上ヒロインを意識しましたがあまり年の差を感じられない感じになってしまいました、本当にすみません泣 今度是非リベンジさせてください!! 満足頂ける物になっているかは分かりませんが、このお話をピノコ 様に捧げます! 改めましてこの度はリクエストありがとうございました!! 前へ / 次へ [しおり/もどる] ×
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