Sleepless night and your existence ※サンジくんバラティエ時代の話になります 2週間前まで、私は平凡な村で家族でカフェを営みながら平和に暮らしていた。来るのは村に住む常連さんばかりだったがそれが楽しくて、だから私は油断していたんだ。 ある日突然村を襲ってきた海賊達に何も抵抗出来なかった。何も出来ない私に両親はお前だけでも逃げろ、と港にある小さな小舟に乗って1人海に逃げてきた。両親は店を守る為に一緒に逃げよう、と言う私の言葉に何度もお前だけ、と聞いてくれなかった。 そんな両親を残して逃げてきた私は自分の弱さを、臆病さをこんな形で思い知るだなんて思わなかった。 食料も飲料も何一つ積まれていない小舟をひたすら漕いで漕いで、何度村に戻ろうと思っただろうか。それでも私の舟は漕ぐ手は止まってくれなくて、村から離れる一方だった。 コンパスも持ってない為に何処へ進んでいるのかも分からない。何日経ったのかも分からず私の舟を漕ぐ力も尽いてしまい空腹感も限界で潮の流れに身を任せるだけだった。 もうこのまま死んでしまえたら両親を置いてきた後悔も少しは報われるだろうか、とかそんな事を考えていた私の目に入ってきたのが海上レストランバラティエだった。 いい匂いに釣られた私の脳には少しでも何かを食べたいという思考しか無かった。少しで良い、飲み物だけでも良いから何か口に入れる物を欲する私はいよいよそこに忍び込んでしまった。舟が着いたのが丁度裏口らしき場所だったのが更に私の欲望を駆り立てた。 これならバレずに行けるかも、と足を進め食料庫に辿り着いた時には私もやれば出来るんだ、と思ったのも束の間だった。 「どこから湧いてでやがった!この泥棒鼠!」 そう大きな声で私に言う男は見るからにコックだと分かる格好をしていて、それを目にした瞬間もう終わりだ、と感じると共に私はそこで意識を手放した。 「気がついたか。」 目を開けると厳つい顔とは裏腹にこれでもかと伸ばされた髭を三つ編みにして長い長いコック帽を被った男の人が私が寝かされているベッドの横の椅子に腰掛けて見下ろしていた。こんな時驚いて起き上がったりするんだろうが今の私にはそんな体力も気力も無いが故眼球だけを動かして部屋の中を見回す。 そうすると同時に鼻を掠めるいい匂い。 「…おなか、すいた。」 自然と口から出た言葉に男は待ってろ、と言って部屋を出て行った。盗人をベッドに寝かしてくれるなんて、もしかして天国なのだろうかと思った矢先部屋の外で聞こえてきた怒鳴り声。 「お前はすっこんでろって言ってんだろうがこのチビナスが!!客の料理さっさと作れ!!」 「うるせえなクソジジイ!!俺が持っていくっつってんだろうが!どけ!」 大きな声と共に開かれた扉の方へ目をやると煙草を咥えた金髪でスーツの姿男性。 その手には美味しそうな匂いを漂わせているオムライスが盛られたお皿が乗っていた。 スーツ姿という事はコックではないのかな、そもそもコックが煙草吸いながら料理しないよね、とか色々な疑問が浮かぶもそんな事問いかける間も無く男性はベッドの側へ来ると膝まづいた。 「初めましてお嬢さん。お食事をお持ち致しました。食べれそうかな?」 そう言って格好つける男性に此処の人達は盗人に対して何故こんなにも優しいのか、もしかして何か見返りを求められるのでは。 上体をゆっくり起こして疑心暗鬼になり顔を顰める私に男性は遠慮しなくていいんだぜ?と尚も膝まづいて言う。 「あ、あの、私…お金持ってないです。だから、」 「ああ、そんな事か。心配いらねえよ。それにこんな腹空かしてるレディから金なんて取れねえ。」 ニッ、と笑う男性からお皿を受け取ると少しずつそのオムライスを口に含むと優しい味がして何だかお父さんが作るオムライスに似てるな、と感じると共に視界がぼやけていく。 「美味しい、です…」 「良かった〜!って、え!?どうしたんだ!?何で泣いて…ブヘッッ!!!何すんだこのクソジジイ!!」 「うるせえ!早く厨房に戻れこのチビナス!!」 それが私とこの2人の出会いだった。 それから私はどうしてもこの恩を返したいという気持ちと何処へも行く所が無い事を理由に此処のレストランで雇って欲しいと料理長でありオーナーのゼフに懇願した。 最初は女は雇う気は無え、と何度も断られたが何でもしますから!と粘り続ける私に首を縦に振ってくれた。 こんな優しい人達に囲まれて働けるならどんな事でも全力でやろうと、誓った筈だった。 「おいお名前!!6番テーブルの料理さっさと運びやがれ!!チンタラしてんじゃねえ!!」 「は、はい!!」 働き始めて分かったがここの人達は気性が荒い。とにかく荒くて言葉遣いもチンピラのようだった。 それに海の上だというのに来客数が多い。一応実家のカフェで培ってきたウェイトレスとしての経験を活かせると思っていたが甘かった。何より店の大きさに対して働いている人数が少ない為コックがウェイターを兼任している。 私がここで働くようになってから約1週間、このチンピラの様なコック達と忙しさから何人もの人達が此処で働きたいとやって来ては何人ものコックやウェイターが去っていった。 「そこのウェイトレスさん、ちょっといいかな?」 「はい、何かご用でしょうか?」 料理を運ぶ為厨房とホールを行き来している私を1人の男性客が呼び止めた。優しそうな表情にスーツ姿の男性に気性の荒いコックさん達に怒鳴られ続けていた私は少し安堵しながら近づく。 「このステーキ…髪の毛のようなものが入っているようだが。」 「申し訳ありません!すぐに新しいものを、」 穏やかな口調で言う男性にすぐに謝り新しい料理に取り替えようとテーブルの上の料理に手を伸ばした瞬間だった。男性が私の腕を掴んで自分の方へ引き寄せると耳元で囁く。 「俺はここらへんじゃ有名な政治家だよ。騒ぎを大きくしたらこのレストランもどうなるか分からない。事を大きくしたく無かったら…分かるね?」 そう言って腕を掴んでいた手を私の背中に回すとその手はだんだんと下へ降りていく感覚に私はゾク、と血の気が引くのを感じながら固まる体を動かすことが出来なかった。 こんな時普通どうしたら良いのか、誰にどう助けを求めれば良いのか、もし助けをもとめたらこの人はこのレストランを潰してしまう程の権力を振り回すのか、頭の中ばかりがフル回転して体は相変わらず固まる一方だった。 あんな平和な村で育ったのが幸か不幸か、こんな時の対処法も何も知らない私はまた自分の無力さを噛み締めざるを得ない。 「お客様、どうかなさいましたか。」 「なんだ?君は。」 「ここのコックです。」 「すまないがコックに用は無いんだ。今このウェイトレスさんとお話してるものでね。」 その業務的な言葉の声に顔だけ振り返るとサンジさんが立っていて私にはそれがまるで救世主のように見えて、でも助けて下さいの言葉は出なくて。視線を男性へと戻すと何も言うなよ、とでも言うような目を私へと向けていた。 「お客様、ご注文でしたらこちらで承ります。」 「何でも無い。話をしてるだけだ。」 「では…」 サンジさんが私に助け舟を出しに来てくれたと安堵したのも束の間、男性によってそれは遮られ肩を落とした瞬間だった。席に座っていた男性は私の前から消えていて同時に大きな音と共に近くの壁にうずくまっていた。 「え…え!?サンジさんっ!」 「すまねえ、お名前ちゃん。あんな遠回しにじゃなく早くこうしてれば良かった。怖かったろ?」 「っ…え、」 サンジさんが男性を蹴り飛ばす瞬間まるで時が止まったかのように私は尚も固まり、そしてハッとしてサンジさんに駆け寄る。 なんて事を…!と言うべきだったのだがサンジさんが男性を蹴り飛ばした理由に私はそんな台詞言える筈無かった。 「お、お前…!!俺は有名な政治家だぞ!こんな事してタダで済むと思ってるのか!?」 「食事代でしたらタダにさせて頂きますよ。」 「な…!そんな事で許される訳無いだろうが!!!」 「お前がうちのウェイトレスにした事も許される事じゃねえだろ。」 「俺はまだ何も…!」 「"まだ"だと…?」 その言葉を聞くと額に青筋を立てながらサンジさんは男性にゆっくり近づくとその胸ぐらを掴み立ち上がらせると低い声で言い放った。 「てめえがお名前ちゃんにした事は俺にとっちゃ許せる事じゃ無えって言ってんだろうが。…命が惜しいなら今すぐ店から出てけ。てめえに食わすメシはもう此処には無え。」 本当に殺されるのでは、と私でさえ感じてしまうサンジさんの威圧感に男性は顔を青ざめるとそのまま逃げるように店を後にした。初めて会った時の印象と違いすぎて別人のように見えるサンジさんは、男性の姿が見えなくなると私の視線に気づき駆け寄ってきた。 「大丈夫か?お名前ちゃん。」 「はい…あ、ありがとう、ございます。」 騒ぎに駆けつけたオーナーゼフにサンジさんはたんまり怒鳴られ、私も自分の身ぐらい自分で守れるようになれ、と怒られてしまった。 私のせいですみません、と謝る私にサンジさんはそれでも優しく笑って気にしないでくれ、と優しい笑顔で言ってくれた。 その夜私はなかなか寝付けずにベッドにただただ横になっていた。 ここは海の上、どんなお客さんが来るか予測不能なこのレストランで私はこれからも働いていけるのだろうか。故郷の村はどうなっているだろうか。両親は生きているのだろうか。 家族皆で笑いあっていたあの日に戻りたい、と此処へ来て何度思ったことだろうか。 寝付けない私は何となく廊下へ出ると窓から見える月に気づきそれを見上げた。 本音を言えば此処での仕事は辛い。 コックさんには怒鳴られ、厨房とホールを駆け回り、お客さんには謂れもないクレームをつけられ、終業時には心も体もヘトヘトになっている。 今まで生きるのがこんなに辛いだなんて思った事など無かった。明日が来るのが、こんなにも怖いだなんて考えた事無かった。 「…怖い。」 「何が怖いんだ?お名前ちゃん。」 独り言で呟いた一言に帰ってくる言葉が耳に入った瞬間私は勢い良く振り返ると声の主であるサンジさんが立っていた。 何でこの人このタイミングで此処に居るんだ?そんな疑問を抱く私を他所に煙草をふかしながらいつものビシッと決めたスーツ姿ではなくワイシャツを第2ボタンまで開けてネクタイを緩めているオフモードな彼はゆっくり近づいてくる。 「いや、あの、」 「誰かに何かされたのか?」 「いえいえ!そんな事、は、」 「…今日の事か?」 「え、」 「すまねえ、もう少し早く俺が気づいてやれば…」 「そんな!サンジさんのお陰で助かったんです!!本当に、ありがとうございます…!」 そう言って貰えると有難てえ、と優しく笑うサンジさんの顔が月の光に照らされて金色の髪がキラキラと輝くその姿がすごく綺麗で見とれてしまう。 「じゃあ、何が怖いんだ?」 「え…あ、あの、」 「まあ、あんなクソみたいに馬鹿でかい声の野郎共と働いてたら怖くもなるよな。」 「…私がもっと仕事を早く出来るようになれば、いいんです。」 そう、私がもっとキビキビ動けてもっと周りを見れるようになって自分の身も自分で守れる位強くなれば…そう考えれば考える程自分が無力で情けなくなる。 「俺から見たらお名前ちゃんは十分仕事早く見えるけどな。しかもよくあんな野蛮な野郎共に反抗せずによ。」 「そんな事無いです…それにそれは私が臆病者なだけで、」 「臆病者ならとっくに此処を辞めてるだろ?」 「…辞めてしまったら、生きていけないからです。1人では生きていける自信が無いから、誰かに助けて貰わないと生きていけないから、だから、」 言葉に出すと余計に実感が増して辛くなる。泣きそう、と思った矢先頭の上に大きな手がポン、と乗せられる。 「ごめんな、俺がもっと君の力になれれば、」 「サンジさんにはいつも助けて貰ってます!此処へ来た時も、仕事を教えて下さった時も、今日だって…!今だって、こうして話を聞いてくれてるじゃないですか。」 この人は女性に優しい。でもその優しさに甘えしまったら、ダメなんだ。この人は、私だけの救世主じゃないんだから。 「放っておけねえんだ。お名前ちゃんのこと。」 「…っ、」 「君からしたら恩人のクソジジイの為にと思ってやってくれてるんだろうが。泣き言1つ言わずに頑張ってくれてるお名前ちゃんが、俺は放っておけない。」 そう言って私の頭にポン、と大きな手が乗せられる。見上げると優しい眼差しで私を見下ろすサンジさんに思わず見惚れてしまう。 彼の言葉にそんな事私にだけ言ってる事じゃないと分かっているのに死ぬ程嬉しくて、死ぬ程安心する。 「お名前ちゃん、俺からジジイに言っておくから明日は休んで、」 「サンジさん、ありがとうございます。」 「お名前ちゃん?」 「大丈夫です。私…サンジさんが居てくれたら頑張れます。」 「え、」 「何だか良く寝れそうです。ありがとうございました。おやすみなさい!」 ああ、おやすみ…というサンジさんの声に胸は高鳴る一方だったがそれと比例して明日もあの人と働ける喜びを感じた。 貴方が居れば私は明日も、これからも生きていける気がするから。 「どうしよう、何かドキドキして寝れない…何これ…」 「あーー…クソ、あんな事言われたら…今日はあまり寝れそうに無えな…」 ──── 春風様へ お待たせ致しました…!! リクエスト内容、辛いことを思い出して明日が来て欲しくないと夜眠れない主人公を寝かしつけるサンジさんのお話ということで現パロにしようか仲間にしようか等色々悩んだ結果バラティエ時代のサンジくんになりました笑 寝かしつけるというより話を聞いてもらってる、みたいな感じになってしまい申し訳ないです… 満足頂ける物になっているかは分かりませんが、このお話を春風様に捧げます! 改めましてこの度はリクエストありがとうございました!! 前へ / 次へ [しおり/もどる] ×
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