New love is right there 「好きな子が出来たんだ。」 もしかしたら両想いなのかもしれないと思っていた男友達から突然のカミングアウト。 食事に誘われ、それも2人きりでと言われたらそう勘違いしてしまう私は浅はかだろうか。 そうなんだ、どんな子?と無理矢理笑顔を作りながら締め付けられる胸をぎゅっ、と抑えた。 「まさかのいきなり失恋…」 気持ちも伝えられないまま突然の失恋、そして私は好きだと思っていた彼の事を何も知らなかった事に気付かされた。 会う度にこっそり会話に混じえて聞いた彼の好みのタイプ。清楚系で髪の毛はロングが良いなって言葉を耳にしてから私はずっと髪を伸ばし続けていた。高いトリートメントも、面倒くさい手入れも、あの人の為にと怠らず頑張って来たのも無駄だった。 失恋した時ってすぐ泣いたりするもんだと思っていたけれど意外と涙腺は強いんだな、とどうでもいい事を考えてしまう。もしかしたら、私は彼の事をそこまで好きじゃなかったのかもしれない。そう言い聞かせているだけかもしれないが。 いつもより遅い足取りですっかり暗くなった帰路を歩くとガラス張りの店の前で足を止めた。ガラスに映った自分の姿が目に入ると結構自慢となっていた腰まで伸びた髪が、なんだか今は鬱陶しくて仕方ない。 失恋した時は髪を切るだなんてベタ中のベタだが、この際もう切ってしまおうと思った途端目に入ったのはガラスに貼られた1枚の紙。 "New Open!"と書かれたそれには明日の日付けが記されており、ガラスの中へピントを合わせると2席しか無いこじんまりとした美容室だった。よく見ると立派な花輪が数個並んでいる。 もしかしてこれも何かの縁かも、とご自由にどうぞ、と書かれた店名と電話番号、メニューが乗ったチラシを手に取ると個人経営なのかネットでの予約は出来ないらしく電話のみの予約という事で明日電話してみるか、と再び家へと歩き出した。 翌日の仕事の休憩中、癖で髪を弄っていると昨日の美容室の事を思い出し慌てて携帯を取り出し人気の無い場所で昨晩登録した電話番号を表示させる。 電話をするのはあまり得意じゃないのだがこの鬱陶しい髪をスッキリさせる為だ、とドキドキしながら通話ボタンを押して耳元へ宛てがう。プルルル、という呼出音が何度か繰り返された後その音が途切れ声が聞こえてきた。 「お電話ありがとうございます。ローズバールです。」 「あ、すみません、予約をしたいのですが、」 「はい、ありがとうございます。ご予約の日時はどうなさいますか。」 落ち着いた男性の声に違い緊張しながら、えっと、とちゃんとした日にちを考えて居なかった自分の阿呆さに呆れながら言葉を詰まらせていると男性の声が再び鼓膜を揺らす。 「今のとこ予約入ってないんでいつでも大丈夫ですよ。何なら今日でも。」 「え、本当ですか。」 「ええ。」 「じゃ、じゃあ今日伺います…えっと、18時とかでも大丈夫ですか?」 「大丈夫ですよ。18時ですね、かしこまりました。お名前とお電話番号お願い出来ますか?」 名前と電話番号を伝えるとではお待ちしております、という声を最後に通話は無事終了した。まさかの当日予約出来るとは、と驚きつつもうすぐ休憩が終わる事に気付いて慌てて持ち場へ戻った。 夕方にも関わらずまだ明るい空が夏に近づいている事を知らせる。仕事を終え美容室へ向かう道中歩いていると少し汗ばんでしまい、下ろしていた髪を持ち上げて項をタオルで拭った。 目的地に着きガラス張りの店内を覗き込むと入口付近のカウンターで何やら作業している金色の髪の毛が印象的な男性が目に入った。 あまりにも綺麗な顔に少し見惚れてしまったが気を取り直して入口の扉に手をかけ開けると男性は顔を上げていらっしゃいませ、と笑顔で言った。 「あの、18時に予約させて頂いた、」 「お名前さん?」 「え!?あ、は、はい。」 「お待ちしておりました〜!いやー、お綺麗な方だなぁ。」 いきなりの下の名前呼びと両手を広げての歓迎、お世辞なのか分からない言葉にどうすれば良いのか分からず固まってしまう。 「荷物お預かりします。」 「あ、はい、ありがとうございます。」 荷物を受け取るとまたニコ、と笑うとカウンターの奥に持っていく姿を見ながらスカイブルーのワイシャツと黒のスラックスをこんなにも格好良く着こなす男性に会ったことがあるだろうか、と思わざるを得なかった。 こちらのお席へどうぞ、と紳士な姿にまた目を奪われそうになりながら椅子に座った。 「今日はどの様に致しますか?」 「髪のカットをお願いします。」 「どの位にします?揃える程度かな?」 「あ、いや…バッサリ切ってもらいたくて、」 さっきまであんなに1秒でも早くスッキリしたいと思っていたのに口に出した途端本当に切ってしまうんだ、と少し寂しさの様な感情が顔を出す。 あの人の為とはいえ大事に伸ばしてきた髪だからだろうか。 「肩ぐらいまで切っちまって良いのかな?」 「…はい、お願いします。」 「かしこまりました。じゃあ一気に切っちまって、そこからまた調整していく形にしようか。」 てっきり何でそんな短くするのか?とか聞かれるかと思って身構えていた私は胸を撫で下ろした。暑くなっきたから、とかイメチェンしようかと思って、とか理由を考えていた自分が居たのに。もしかしたら何も聞くな、と言いたいような顔を気付かずにしていたのかもしれない。 失礼します、と広げられたクロスに覆われると丁寧な手つきで髪を梳かれる感覚が心地よい。 「何でウチで切ろうと思ってくれたんですか?」 「えっ?」 「いや、俺ネットとか疎くて。ホームページとか作らなきゃお客さん来ねえのは分かってたんだが…夕方からの予約はお姉さんだけなモンでよ。」 「昨日、丁度こちらの前を通りかかって…何かの縁なのかなって勝手に思ったりしまして。」 「何かの縁かあ〜!!そりゃ嬉しいなあ〜。」 先程からこの人の偶に出るこのデレ、とした表情は何なのだろうか。少し可笑しくて吹き出してしまい鏡越しに合った目を咄嗟に逸らしてすみません、と謝ると何故かニッ、と優しく笑う美容師さん。 「笑顔が見れて良かった。」 「え、」 「ここ来てからずっと暗い顔してたからよ。思った以上にクソ可愛い笑顔だ。」 「…っ、」 私は今までそんな暗い顔をしていたのか、と思うと同時に美容師さんて軽いイメージという偏見があったが、この人の言葉は確かに軽いのだがそれよりももっと別の心を見透かされているような、そんな感じがした。 「あの、お兄さんのお名前お聞きしても良いですか?」 「あっ、しまった俺としたことが…申し遅れました。サンジと申します。」 「サンジ、さん。」 きっとモテるんだろうなあ、と美容師という職業の上に抜群のスタイルにそう思わざるを得なかった。そしてこの何でも受け入れてくれそうな安心感に、私はつい口走ってしまった。 「私、実は昨日失恋したんです。」 「そうだったのか…」 「すみません、いきなりこんな話。」 「いや気にしないでくれ。お名前さんの気が晴れるなら幾らでもお話お聞きしますから。」 「ありがとう、ございます。」 私は自分でも信じられない位髪をここまで伸ばしてきた理由から手入れの面倒くささ、想いを伝えられないまま恋心が砕け散った経緯まで止まらず話始めてしまった。 サンジさんは何も言わずただただ手を動かしながら相槌だけを打ってくれ、その声があまりに優しくて、あっという間に床には大量の切られた髪が広がっていた。 「長さ、どうかな?」 「わ、すごい…ありがとうございます。この位で大丈夫です。」 鏡に映る自分を改めて見ると少し驚く。こんなに短くしたのは何年ぶりだろうか。ミディアムヘアな長さになった自分はまるで別人のようだった。 本当に切ってしまったんだ、と改めて実感すると同時に今の私を見たら彼はどう思うだろうか、と少し考えてしまう自分が居た。 「すんげえ可愛くなったな。」 「えっ、」 「あ、いや、すみまねえ。思わず。」 「…ありがとうございます、サンジさん。」 「まだ終わりじゃねえよ?」 一旦流します、とシャンプー台へ案内され腰を掛けるとゆっくり背もたれが倒され顔にガーゼがふわりとかけられた。 熱い?というサンジさんの声に何故か少しドキ、としながら丁度いいです、と返す。 シャンプーのいい匂いに包まれ、美容師さん特有の心地良い力加減でサンジさんの大きな手が私の頭皮全体を巡った。 シャンプーを終えドライヤーをかけるサンジさんの手を何故か目で追ってしまう。そっと鏡越しにその顔を盗み見ると伏し目がちな表情に鼓動が速くなる。 「(相手は美容師さんだっての…)」 こんな格好良い美容師さんが居たらこれからファンが沢山出来るだろうな、と思うと少し胸がキュ、となった。目が合う前に視線を逸らすと同時にドライヤーの音が鳴り止み繊細な動きで髪が梳かれる。 「少し整えますね。」 「あ、はい、」 「こんなに、」 「え?」 「…こんなに可愛くなったお名前さんを見たら、気が変わるかもな。」 「え、」 「そんな単純な野郎に流されちまっちゃ、ダメだぞ?」 冗談めいた口調で微笑みながら言うサンジさんの言葉に思わず息を呑む。そんな彼に見惚れてしまっている自分が確かに居た。 単純なのは、誰だろうか。 「よし、美女が絶世の美女になった。」 「いやいや、言い過ぎですよ…ははは。でも、本当にありがとうございます。とても気に入りました、この髪型。」 俗にナチュラルボブというのか、ワックスでエアリーに仕上げられた髪に自分でちゃんとセット出来るだろうか、と少し不安になるがそれ以上に新しい自分になれた気がして心が軽くなる。 これから新しい私で、新しい出会いをして… 「新しい恋、できるかな…」 不意に声に出してしまった途端はっ、として口に手を宛てると鏡越しに目に入った少し驚いたようなサンジさんの顔。 「すみません、私、何言って…」 「出来るに決まってる。君の魅力に気付いてくれる野郎が必ず現れる。」 「そう、ですかね、」 そう呟いた瞬間これ取っちまうな、と掛けられたクロスをバサリと取り払うとサンジさんは私の髪をひと撫でしてその顔を私の耳元へ近づけてこう囁いた。 「もう近くに居るかもしれねえよ?」 この言葉の真意を知りたいならこらからも来て欲しいなあ、と笑うサンジさんに本気か冗談か、それを確かめるにはまた此処に来なければならないと思った私が自分の新しく芽生えた恋心に気づくのはもう少し後のお話。 「あれはリップサービス…!本気にしちゃダメだ…!」 「あー、畜生やっちまった…もう来てくれねえかも。俺のクソ野郎…」 ──── 雨音様へ 大変大変長らくお待たせ致しました…!!! リクエスト内容、美容師のサンジくんが読んでみたいということでしたが現パロながら現実にこんな美容師居ないだろ!とツッコみたくなるような感じですね…!笑 でも居てくれたら嬉しいなあ、という気持ちで書かせて頂きました、自己満ですみません…! 満足頂ける物になっているかは分かりませんが、このお話を雨音様に捧げます! 改めましてこの度はリクエストありがとうございました!! 前へ / 次へ [しおり/もどる] ×
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