10万hit記念フリーリクエスト企画 | ナノ



Happy ending from negative




彼は世界中の女性に優しく、いつ何時も女性の事となれば死ねる程の勢いで生きていて。そんな彼の性格を私はよく知っているからこそ、この毎日の現状を受け入れられずに居る自分が居た。




「これからは俺がお名前ちゃんの腕になる。」

チョッパーに手当てして貰っている私にサンジが放った言葉。
深刻そうに真面目なトーンで言う彼に私はポカンと口を開け、向かいに座るチョッパーは良かったなお名前!と、サンジが言う意味が良く分からずに居る私に笑顔で言った。


事の発端はつい先程のこと。
甲板の上で叫ぶルフィの声に私は元居た女部屋を飛び出した。そこにはこれでもかと言う程反り返る釣竿を持ったルフィが顔を真っ赤にして踏ん張っており、腕は伸びきりルフィと釣竿は船の端と端にまで離れ離れになってしまっていた。

そんなルフィの姿にウソップやチョッパー、フランキーも釣竿を掴み、ロビンも大量の手を咲かせて援護を始める。
何事だ、とキッチンから出てきたサンジはその光景を目にすると獲物の大きさからかルフィ絶対離すんじゃねえぞ!と声を上げた。

呆気に取られていた私も何か手伝わなければ、と足を踏み出した刹那船が大きく揺れ、大きな波が立ったと同時にこれまた大きな魚が宙を舞った。そんな光景にまた呆気に取られその巨大な魚の行方をスローモーションのように感じながら目で追う。
クルー達の歓喜の声が聞こえると私も嬉しさから笑みが零れたが巨大魚の尾ビレの行先が目に入り私は無我夢中で叫んだ。


「サンジ!!!!」

大きな尾ビレがサンジの方へ大きくうねるのを見た私は彼の名前を叫びながら走り出し両腕を伸ばし、その体を突っぱねた。私って結構反射神経良いんだな、とかサンジを危機から救えた喜びから油断した事に後悔した。
尾ビレが往復して此方に戻ってきた事に気が付かず、私はその大きな尾ビレによって身体ごと見事にマストへ打ち付けられた。

ゾロが目に見えない速度で巨大魚をバラバラにする様子が甲板に横たわりながらも視界に入り、そしてその次に私の視界を埋めたのは黒いスーツとネクタイだった。
お名前ちゃん!と私の名前を何度も呼ぶ彼に、こんなにも身体が痛い筈なのに愛しさを感じずに居られない私ってやっぱり結構馬鹿なんだな、と自覚する。

その後他のクルーも駆け寄って来てくれ、心配そうな表情の皆の顔に優しいなあ、と思った瞬間私の身体は宙に浮いた。そしておまけに先程よりも近い、いや近すぎるサンジの顔。

「え、サンジ、大丈夫だよ。自分で歩けるからさ。」
「チョッパー。」
「ああ、医務室まで頼むよ…!」

私の言葉が聞こえなかったかのようにチョッパーに指示を仰ぐサンジにそれ以上言葉を出すことが出来なかった。




チョッパーの診断によるとちらほら打撲はしてるものの大したものじゃない、しかし1番打ち付けが大きかった右腕は骨にヒビが入っているとの事らしい。どうりで全然力が入らない訳だ。

「曲がったりはしてないから固定するだけで大丈夫だけど、完治するまでは2ヶ月くらいかな。」
「そっか、良かった。」

何が良かったのか、チョッパーの口調に安心してしまいそう口に出してしまった。しかし2ヶ月右腕が動かせないのは不便さもあるだろうが左腕もあるし何とかなるだろう、と考えないとやってられないと思った。
それよりも、そんな私の事を医務室の扉に寄り掛かりずっと見つめてくる彼の視線の方が余程私の心臓に悪いと思いながら視線を恐る恐る移すと誰が見ても深刻そうな表情のサンジ。


「あ…サンジもありがとうね、ここまで運んでくれて。重かっただろうに。あははは、」

なんと滑稽だろうか、サンジに抱えられている間絶対に重いと思われている、等と気が気では無かった。笑い事にでもしないと、と笑う私に対しサンジの表情は変わらないままだった。
本当に重かったのか?と滅茶苦茶心配になった末、彼が口にした言葉が冒頭のものだった。

とは言ったものの本人が本気で言っていたのか私は未だに信じ難かった。現にあの台詞を言い残して彼は足早に医務室を後にしてしまった。
仮に私の彼に対する感情が"仲間"としてのものだったらこんなに悩まずに済んだろう、しかし厄介な事に私は確実に彼に惹かれている。仲間としてでは無く、1人の男性として。





動かしちゃいけないのは右腕だけだけど、なるべく大人しくしてるんだぞ、という船医の令により私は何時もならルフィ達と甲板で遊んだりしているのだが今はそうも行かない。この際読書でもして少し落ち着こう。
本を読んでいるだけならサンジの手を借りる事も無いだろうし。


本を読みたいとロビンに承諾を得ると勿論どうぞ、と言うお言葉を貰った私は図書室へ入るとびっしり並んだ本棚の中から目に止まった可愛らしい表紙の本を見上げた。タイトルからもして恋愛ものだろうな、と左腕を伸ばしてみたが少し腕の長さが足りないらしく届かない。
ロビンとナミはどうやってあの高い場所にある本を取っているのだろうか、ロビンは能力を使えば楽勝だがナミは梯子でも使わなきゃ取れなくないだろうか、とそんな事を考えながら意地でも取ってやろうと無意味な意地で伸ばした手をそのままに背伸びをした瞬間。


「転んだらどうするんだ、お名前ちゃん。」
「サンジ、」

後ろから聞こえた声と共に伸びてきた長い腕で私が欲してた本を軽々と手に取るとコレか?と渡してくれた。サンジがこの部屋に入ってきた事に気づかなかった上に間抜けな姿を見られてしまった恥ずかしさと、彼の温もりがすぐ側にある事に胸の鼓動が耳に嫌という程響く。

恥ずかしさから口早にありがとう、とお礼を言うもすぐに訪れた沈黙に耐えきれず私は自分でも本当にどうかしていると思う位の言葉を口走ってしまった。


「な、何かさ、こうゆうのって恋愛小説にあるシチュエーションみたいだね。運命の恋人との出会い、みたいな…」

沈黙を破る為に発した言葉に時間を巻き戻したい、いっそ消えてしまいたい、と冷や汗をかきながら願った。
そんな私とは違い尚も先程の医務室での真面目な表情で此方を見下ろすサンジ。いつもだったら例え相手が私だとしてもこんな近距離で居たらメロリンしてくれる筈なのに、明らかに様子がおかしい彼に息を呑む。


「じゃあ、」
「…何、」
「本当の恋人同士になるってのは…どうだ?」

時が止まったよう、恋愛小説ならこんな表現をするのだろうか。それとも私は今夢をみているのだろうか、かな。口をポカン、と開ける私に困ったような顔になるサンジ。

「あ、いや、すまねえ。その、」
「冗談で、言ったの…?」
「…本気で言ったとしたら、どうする?」

そんなの、決まっている。
好意を抱いている相手からそんな事言われ、しかもそれが本気だなんて言われたら答えなんて1つしか無い。


「私、サンジと恋人同士になりたい。」




それから私達は"恋人同士"となった訳だが、サンジは宣言通り私の"腕"にもなってくれた。食事の時は勿論、起きて顔を洗う時、歯を磨く時、着替えやお風呂は流石にロビンとナミに任せて居たが髪を乾かしてくれるのも、私の腕が完治するまで付きっきりで居てくれた。
そんな至れり尽くせりの身であるのにも関わらず、彼は私に甘い言葉も欠かさずくれた。

お名前ちゃんの本を読む横顔は最高に綺麗だな、俺の頭はそんなお名前ちゃんで一杯なんだ、とかそれはそれは歯の浮くような言葉を沢山くれた。

それなのに1ヶ月ほどたった頃だろうか、そんな彼とは裏腹に後ろ向きな考えばかりしてしまう私が少しずつ不信感を持ち始めてしまったのは。




「(サンジは、本当に私の事を好きで付き合ってくれてるのかな。)」

この1ヶ月、私は図書室で本を読むのが日課になっており今日も昨日読んでいた本の続きのページをパラパラと捲りながらそんな事を考えてしまう。

もし私が恋愛小説のヒロインだったら、おとぎ話のお姫様だったら、こんなこと考える事無かっただろうに。私は彼にとってただの仲間だった筈。それがあの日をきっかけにいきなり恋人に昇進した、怪我をして腕を動かせなくなったあの日から。
サンジの口から毎日甘い言葉と共に謝罪の言葉ももれなく付いてくる。その謝罪の言葉を聞く度に、不信感が募っていくのだ。



「お名前ちゃん。」

名前を呼ばれた声にはっ、として顔を上げると優しい表情のサンジ入口に立っていた。
この人を信じたいのに信じられなくなっている自分が居る。
自分のせいで怪我を負ったから無理して私と付き合っているんじゃないか、その方が私の"腕"になるのにも都合が良いから、と。


「ど、どうした?もしかして、腕痛むのか?」
「え、」
「大丈夫か…!?」

此方へ歩いて来ながらそう問う彼に大丈夫腕は何ともないよ、痛むのは、違う場所。そう言葉にしたらサンジはどんな顔をするだろうか、どんな言葉を返してくるだろうか。こんな事を考えてしまう自分はなんて惨めなのだろうか。


「あ…大丈夫だよ。ごめん、ぼーっとしてた。」
「それなら良いんだが。何かあったらすぐ言ってくれな?」
「うん、」
「俺はお名前ちゃんの恋人なんだからよ。」

そう言って隣に腰掛け私の髪を撫ぜ、そのままその手で頭を自分の方へ寄せると髪の毛越しに口付けを落とすサンジ。鼻を掠める煙草の匂いが私の鼓動を更に加速させる。
例え怪我のせいで私と無理して付き合ってくれているとしてもそれで良いじゃないか、ともう1人の私が囁いていた。




翌日も本を読む為昼食後、図書室へ向かう道中目に入ったのは甲板でナミと話す彼の姿。その顔はもう彼女にメロメロと痛い程分かる位にデレデレしていて。その光景から目を離せずにいると不意にサンジと目が合ってしまった。

すぐに逸らして急いで図書室へ駆け込むと閉じこもるように扉を閉め、深呼吸をするが上手く息が出来ない。
仕方ない、あの人は私の事を好きで付き合ってくれてるんじゃないんだから。この腕が治ったら君に怪我を負わせた後ろめたさがあったから仕方なく付き合ってた、と言われ振られるに決まってる。

そうだ、素敵な恋愛小説を読もう。そしてその間だけでも現実から目を背けて本当に愛し合う2人を思い浮かべよう。
そうして手に取ろうとしたのは怪我をしたあの日に手を伸ばしても届かなかった、結末がハッピーエンドだともう承知済みの可愛らしい表紙の本。


「あと少し…っ、」

あの時と同じように背伸びを加えてみても届かない。今度は1人で取ってみせる、彼の助けなんて要らない。義理の愛なんて、要らない。
本に手が触れると後は引き出すだけ、とより力を入れると私の身体後ろへとふらついてしまい床へ倒れてしまった。


「いった…」

固定された右腕を庇ったせいで上手く受身を取れず打ち付けられた背中の鈍い痛みからすぐに立ち上がれない。そして視界に広がる天井がどんどんぼやけていく。

貴方と両想いになれた喜びを1ヶ月だけでも感じられた、それだけで十分な筈なのに。
こんなにも涙が溢れるのはどうしてなのか。


「あー、もー…私の事好きになってよ、サンジ…、」

そう声を上げた途端バン!と開かれる扉の音と、ぼやけていた視界に入ってきたサンジの驚いた顔。


「どうしたんだお名前ちゃん!!!何で倒れてんだ!?」
「サンジ、」
「どうして俺を呼ばねえんだ!?」
「…呼んだよ。」
「え?」
「呼んだ…私の事好きになってって、呼んだよ。」

目を見開いて眉間に皺を寄せたサンジは状況を理解出来ていないようで、取り敢えず起きれそうか?と私の肩と床の間に手を入れると軽々と上半身を起こしてくれた。


「痛むところは?無えか?」
「…無い」
「そうか、良かった。あー、その、今言ってた事だが…どういう意味だ?」
「そのまんま、だよ。」
「悪いが、お名前ちゃんの言いてえ事がさっぱり分からねえ。」

それにどうして泣いてるんだ?と私の頬を親指で拭いながら問いかけるサンジの顔をじっ、と見つめて口を開く。


「サンジ、仕方なく私と恋人同士になってくれたんでしょ?」
「……ああ!?」
「や、やっぱり、」
「あ!いやっ、本当すまねえ…!いきなり何言い出すのかと思ってよ…どうしてそんな事言うんだ?」
「私がサンジを庇って怪我したから、だからそのせいで私の為に、」

怖い顔になったかと思うと焦った顔になり、仕舞いには私の言葉を聞いたサンジは深刻な表情になった。
やはり図星なのかな、と思った矢先長い腕が伸びてくると私の後頭部を大きな手が包み彼らしくない強引なキスをされ思わず目を見開く。暫くの間重なった唇がゆっくり離されると、先程よりも深く眉間に皺を寄せた表情のサンジが視界に入る。


「…本気で言ってんのか?」
「だって、」
「お名前ちゃん、少し黙っててくれねえか。」

これまで聞いた事の無いような少し乱暴な口調のサンジに再び強引なキスをされる。それが何故かこの1ヶ月の中で1番鼓動が激しくなった瞬間だった。
再び離れた彼の唇が今度は私の額に落とされる。


「本気で好きな子相手じゃなきゃ、こんな事する訳無えだろ。」
「サン、」
「撤回してくれ、頼む。俺はそんなつもりで君と付き合ってたんじゃ無え。」
「撤回、する、ごめんなさい、」
「謝るのは不安にさせた俺の方だ。すまねえ…傷つけてばかりだな。」

はあ、と額に手を当てるサンジに私の不信感から罪悪感へと変わっていく。そして爆発しそうなくらい、愛しさが溢れる。


「大丈夫だよサンジ、もう傷は癒えたから。」

そしてこの腕も治ったら、両手で貴方を抱きしめて離さないから。





「そういやどうして倒れてたんだ?」
「本を取ろうとして…」
「どの本だ?」
「ううん、もう良いの。ハッピーエンドになったから。」



───
なつこ様へ
大変大変お待たせ致しました…!!!
今回のリクエスト内容、自分のことを本当は好きじゃなくて、責任で付き合ってくれてると思い込んでる女の子とのすれ違いのお話ということで、なんて胸熱な設定…!!とそのまま庇って怪我を負ってしまったというものにさせて頂きました!書いていてすごく楽しかったです笑
満足頂ける物になっているかは分かりませんが、このお話をなつこ様に捧げます!
改めましてこの度はリクエストありがとうございました!!


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