10万hit記念フリーリクエスト企画 | ナノ



Wrap the whole lie and wound



このお話はPRESENTにございます、嘘つきな女の子のその後のお話です。




私の最近の朝の日課は鏡の前で笑顔の練習をする事。何故かと言うと、前までは上手に作れていた笑顔が今は頬に出来た大きな傷のせいで口角が上手く上がってくれないから。
上手に笑顔を作りたい理由は、それが感情を表に出したくない私の武器だから。

怪我を負ってから2週間、チョッパーが丁寧に縫ってくれた傷口の抜糸はとうに終わりその傷口もすっかり塞がった。

明らかに傷だと分かるくらいに大きく刻まれたそれが私は憎くて仕方なかった。
この傷さえ無ければ、この2週間ずっと思い続けていた。


"サンジなんて、大嫌い"

そんな酷い言葉を放った私にその後も彼は何事も無かった様に今まで通りに接してくれた。そんな彼に私も何事も無かったように飄々と接する。感情を隠すのは私の特技だ。

それでも未だに彼に謝罪の言葉を告げれていない事だけが心残りだった。




「ちょうど2週間ぐらいだよな。痛みはどうだ?まだあるか?」
「ううん、痛みはもう無いよ。ちょっと違和感あるだけ。」
「そっか。まあそのうちもっと傷口も薄くなると思うし違和感もマシになると思うからさ。」
「何度言っても感謝しきれないくらいだけど、本当にありがとうねチョッパー。」
「そ、そんなにお礼言われたって嬉しくねえよっ!コノヤロがっ!!」

そう言って目尻を下げるチョッパーに思わず笑みが零れる。こんな時ぐらいしか自然に笑えない自分は何て冷めた人間なのだろうかと幾度と無く思う。

何かあったらすぐ言うんだぞ、と言う船医を残し医務室を後にすると甲板へと足を運んだ。





ウソップが私の武器用にと作ってくれた訓練用の的目掛けて思い切り弓を引く。放たれた矢は見事に真ん中を射抜いたがそれに目もくれず即座に次の矢を用意すると同じように弓を引く。

あの時もっと私がしっかりと周囲を把握して咄嗟に防御もしくは攻撃さえ出来ていれば、と何度思い出し悔やんだ事か。そして思い知る、私がこの傷にこんなに囚われてしまっているということに。


「お名前。」
「ナミ、」
「ここん所ほんの少しでも時間があれば此処にいるわね。」
「…もっと、強くなりたくて。」
「そう…それは感心だけど、アンタは何でも1人で頑張り過ぎるから。」

さすがの私でも心配になるわ、と優しく言うナミの手が私の頬を優しく撫ぜた。
心配になる?違う、私は皆に心配かけないように頑張っているのに。そう頭の中で呟いた私に彼女の言葉を理解するのが難しかった。


「大丈夫だよ、もう心配かけないように強くなるから。」
「あのねえ、私はそう言う事言いたいんじゃなくて…」

そんなナミの言葉を遮るように飯だぞー、というあの人の声が鼓膜を揺らした。
タイミング悪いわね…と眉間にしわを寄せて言うナミに片付けて行くから先に行ってて、と告げると溜め息をこぼしながら分かったわ、とダイニングへ向かう彼女の背中を見送った。

きっとこの傷があるからナミもチョッパーも、こんなにも心配してるんだ。だからもっと強くならなきゃ。そして彼との事もいつか笑い話に出来るようにならなきゃ。
あの時の私は精神が不安定で要らぬ事を口走って、だから強くなれば、弱い自分をもっと上手く隠せれば何事も無かったかのように以前のように戻れる。

それなのにどうしてなのか。
彼のご飯の合図のあの一言を聞いた途端に鼓動が速くなって今でもこんなに五月蝿いのは。





「ウソップ、ちょっと相談があるんだけど。」
「ん?どうした?」
「私の今使ってる、この矢をもう少し軽量化出来ないかなって。次の攻撃に備えるのがどうしても遅くなっちゃうの。」
「矢の軽量化かあ。」

昼食後、ダイニングのテーブルで寛ぐウソップに相談を持掛けると顎に手を当て考えてくれている様子の彼に有難さを感じる。訓練用の的も実践に応用出来るよう工夫が施されており、ウソップの技術には驚かされる。そんな彼を期待の眼差しで見ているとよし、と立ち上がった。


「いっちょ試作してやるか。」
「本当?」
「おう、俺様に任せろ!出来たら持って行ってやるからよ。」
「ありがとう、ウソップ…!」
「でもあんま無理すんな?弓ってのは関節を痛めやすいからよ。」
「大丈夫だよ。」

そうですかい、と私の手にしていた矢を1本手に取るとダイニングを後にするウソップに心の中で改めて感謝し、再び訓練に戻ろうと立ち上がり一瞬だけキッチンで食器を仕舞う彼に視線を向ける。

今は幸か不幸か私とサンジの2人きり。
謝らなきゃ、今がベストタイミングかもしれない。大嫌いなんて言ってごめんなさい、私はむしろ貴方の事が、と頭の中で巡る思考に待ったをかける。今するべき事は謝罪の言葉を告げるだけ、その後何を言おうと考えた?と自分自信に問いかける。


「お名前ちゃん。」
「っ、え、何…?」
「どうした?」

どうした、と彼が問いかけるのも無理も無い。椅子から立ち上がりその場で立ち尽くす私はどう見てもどうかしている。
あ、いや、何でもない、とぎこち無く答えそうか、という彼の声を耳にすると先程まで意気込んでいた謝罪するという事がなかなか切り出せない。尚も心配そうに此方を見つめてくるサンジにまた鼓動が速くなるのが嫌という程に分かる。
そんな見ないで、こんな大きな傷を付けた顔を貴方にそんな見られたくない、と無意識に傷に手を宛てながら俯いて逃げるように扉の方へ足を進める。

ドアノブに手をかけた瞬間、お名前ちゃん、と名前を呼ばれ強ばる体にその声の方へ振り返る事が出来ない。それでも返事だけでもしなくては、と何?と口にしようとした刹那大きく揺れる船。そして外から聞こえてくる船長の声。

手にかけていたドアノブを思い切り捻り扉を開けると数人の男達が甲板でルフィと対峙している様子とサニー号の隣に在る海賊船が目に入りそれが今の揺れの原因だと分かった。そしてその海賊船の帆に描かれていたのは見覚えのある髑髏マーク。

何だってんだ一体、と後から出てきたサンジの顔を見上げると彼も覚えていたのだろうか、相手の船を目にして一瞬目を見開いていた。



「おー、おー、そこのお嬢ちゃん。この間は俺の船の奴らが世話になったなあ。」

一層目立つ明らかにガタイも良く強そうな雰囲気を纏った男が私に向かって口を開いた。
向こうの船長だろうか、しかしあの時はあんな目立つ男は居なかった。
おい!お前の相手は俺だろ!と叫ぶルフィを無視してその男が何かを合図した瞬間私の目の前に数人の男達が襲いかかってきた。

咄嗟に手にしていた矢を投げつけその隙に先程訓練していた所まで走り抜け弓を手に取るとすぐに矢を引き構えた途端肩口に感じる熱い感覚。しまった、と思った瞬間ルフィを筆頭に船の上に居た男達を相手船長含め全員我がクルー達によってサニー号の上から投げ出された。

鋭いナイフで切り付けられたのであろう肩を押さえる私の元へチョッパーとナミが私の名前を呼びながら駆け寄ってくる。


「お名前!」
「ナミ、これで止血しておいてくれ!救急箱持ってくる!」
「分かった!」

2人の会話を耳にしながらドクドクと脈打つ肩の痛みが段々と増してくる。押さえていた手の平は真っ赤に染まっていた。

ああ、また私は皆に心配かけてしまった。私がもっと強ければ。
そんな事を思いながら私の肩を布で縛るナミにありがとうナミ、でも大丈夫だよ、そんな痛み無いし、とぎこちない笑顔で呟くと彼女の表情が段々と険しい物になった。


「いい加減にしなさいよ!!」
「ナミ、」
「いつまでそんな強がってる訳!?私達はアンタの何なの!?仲間でしょうが!!」
「…、だって、」

だって、私は強くなりたいの。だからこの船の仲間になって旅をしていく中で皆に認めて欲しくて、嘘をついてでも強がっていないと崩れ落ちてしまいそうになるの。


「アンタは、自分で思ってるよりずっと強い子よお名前。でも弱い部分があるのは私達も分かってる。それを無理して隠してるのも。」
「ナミ、私は、」
「もっと私達を頼りなさい。時には素直になる強さも大切な事だって事をわかって欲しいの。」

ごめんなさい、と謝ると救急箱を持ってきたチョッパーが駆けてくる。そしてナミは彼の手伝いをしながら私に耳打ちしてきた。

「アンタが本当に謝りたい相手、他にいるんじゃないの?」





とりあえず医務室へとチョッパーに連れられベッドへ腰掛けると丁寧に包帯を巻かれる。ちゃんと休むんだぞ、船医命令だからな、と強ばった顔で言われるも優しさが込められた言葉に分かりました、と素直に横になった。

やっと頬の傷が癒えてきたというのに新しい傷を増やした私は自分に呆れ返った。


"弱い部分があるのは私達も分かってる。それを無理して隠してるのも"

ナミの言葉に気付かされた。初めからバレていたのだと、嘘をついて隠せていたと思っていた感情を仲間は気づいてた事を。
強くなりたいという意思が、強がりに変わってしまっていたということも。


「はあ…」

"女好きのサンジは顔に傷一つ無い女の子の方がいいに決まってるよね"

溜息を吐いたと同時に何故今この瞬間にあの時吐いた言葉がリピートされたのか分からなかった。それでも確かなのは、あれが私が初めて感情を表に出した瞬間だったという事。

私はまだ彼に謝れてない。人生で1番大きいと言っても過言では無い、あの時の嘘をいつまでも切り出せない私はやっぱり弱い。


───コンコン

扉をノックする音にびく、としつつはい、と声を出すと入っても良いかな、と言う今まさに頭に浮かんでいた人物の声が返ってきた。


「え、あ…どうぞ。」

私の返答を聞くとゆっくり開けられる扉に上半身を起こすともしかして起こしちまったか?と少し焦った表情のサンジに首だけ横に振り否定の意を示す。起きてたよ、と一言口にすれば良いものの上手く声が出せない。


「夕飯、食えそうか?食いたいモンとかかあれば言ってくれたら作るからよ。」

そう言うサンジに私は心臓が張り裂けそうになる。何故あんな酷い言葉を浴びせ、謝罪の言葉も無い相手にこんなにも優しく出来るのか分からない。


「…なんで、」
「ん?」
「私、サンジに、酷い事たくさん言ったのに、なんで?なんでそんなに優しくするの…?」

いっその事突き放してくれたら、サンジも私に罵声を浴びせてくれたら、お互い様で済むのに。"大嫌い"という嘘の感情を本物にすることが出来たかもしれないのに。

こんなにも、貴方に惹かれていく弱さを消してしまえるのに。


「優しくねえよ俺は。」
「…何言ってんの。」
「そのままだ、俺は別に優しくねえ。ただコックとして君に好きなモンを食わせたい、それだけだ。」

そうだ、彼はこの船のコックであってその役目を全うしているだけ。私の為に料理をしてくれるのかなんて何を自惚れていたのか。こんな傷だらけの可愛げの無い、嘘つきな女にサンジが優しくするのはコックとして仕方の無い事なんだ。


「そう、だよね。えっと、今はあまり食欲無いんだ。だから…わざわざ来てくれたのに、ごめん。」

そう言う自分の声が震えるのが分かる。
そしてまだ駄目だ、と彼がこの部屋を出ていくまで眼球に張り付く涙を零さないよう瞬きを我慢する。
さっきまで突き放してくれたら、罵声を浴びせてくれたら、なんて思っていたのにどうしてこんなにも胸が痛いのか、そんなのとっくに分かってる。

サンジが、この人が好きだからだ。


「…また嘘をつくのか?」
「っ、え…?」

思わず見上げた瞬間溜まっていた涙が頬の傷を伝っていく感覚。そして今までにないサンジの読めない表情に戸惑う。
伸びてくるサンジの手に反射的に目を閉じた後頬に感じる感触に、恐る恐る瞼を開けると私を見下ろす彼の目に射抜かれる。


「いや、嘘であって欲しいっていう俺の願望だな…あの時のお名前ちゃんの言葉も、今の言葉も。」

なあ、と私の頬からから手を離すと床に膝をつきベッドの端に肘をついて今度はサンジが私を見上げながら問いかけてくる。


「嘘だって言ってくれねえか?」
「…っ、な、にを、」
「俺の事、本当に"大嫌い"になっちまったのか?」

体が固まる、なんてこんな時に使うのだろうか。射抜かれた視線から目が離せない。
うそ、その2文字を言えばいいのに喉が詰まる。何も言わない私にサンジは追い討ちをかけるように言い放った。


「俺の前だけでも良いから、"本当"のお名前ちゃんを見せてくれねえか?」
「…私、は、」
「……」
「私は…本当は弱くて意地張って強がって皆に心配かけたくなくて、本当はこの傷だって消えて無くなって欲しい…っ、サンジにまた綺麗な肌だって、褒めて欲しいの。」
「それで…?」
「サンジが優しくしてくれるのも、本当は嬉しくて仕方なくて、本当は…サンジの事がこんなにも、大好きなの…っ、」

とめどなく溢れる涙をそのままにぐしゃぐしゃになった顔でどうにでもなってしまえ、と感情を吐き出す私の最後の言葉を聞くとサンジはハンカチで私の顔を拭うと、また優しく頬を撫ぜた。


「俺はそんな君が堪らなく、愛おしい。」

この傷さえもな、と笑うサンジに私も作り笑いではない"本当"の笑顔を零すしかなかった。

あの時願った私の嘘をサンジが見抜いてくれたら、という奇跡を感じながら。





「はあ〜、それよりお名前ちゃんにまた新しい傷を作っちまった…」
「ははは、サンジが作った訳じゃないじゃん。」
「いや、あの時俺が君を守れてたら傷を負わずに済んだ。俺が作ったも同然だ!だからその、肩の傷の治療は俺がこれからじっくりと…!」
「あ、チョッパーが居るので間に合ってます。」


───
かづき様へ
大変大変お待たせ致しました…!!!
まさかまさかのリクエスト頂いたお話の続きをリクエストしてくださるなんて…!その連鎖に感激致しました!泣
管理人自体縫う程の怪我をしたことが無い故に知識不足な箇所があったかと思います、申し訳ありません…
満足頂ける物になっているかは分かりませんが、このお話をかづき様に捧げます!
改めましてこの度はリクエストありがとうございました!!


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