PRESENT | ナノ



Sweet and bitter reward



このお話はこちらのその後のお話です




誰にだって好き嫌いはある。
嫌いなものは嫌いなのだから仕方ない。
私は小さい頃からピーマンが嫌いで、大人になってもそれは変わらなかった。

そして、私は昨日その嫌いだったピーマンを克服することに成功した。
成功したのだがその方法が問題だった。

我らのコックであるサンジの作る料理は本当に本当に美味しい。しかし麦わら海賊団に仲間入りし、そんな美味しい料理を目の前にしてもピーマンが入っていると分かると私はルフィやゾロの皿にポイポイと仲間の目を盗んでは移していた。


そして昨晩の夕食時、メインディッシュの付け合せの野菜の中に緑色をしたヤツが目に入った。
隣に座っていたウソップの皿にいつも通り移そうと、それをフォークで掬おうとした瞬間だった。


「何してるのかな?名無しちゃん。」


今まさに手をかけようとしたものを作った張本人が、私の耳元で他の仲間に聞こえないように囁いた。
驚いて振り返るといつものように優しく微笑んでいるが目が澄んでいるサンジが立っていた。


「サ、サンジ、な、何?私何も...」
「俺が気づいて無えと思ってたか?」
「......っ!!え、えっと...」
「今日は絶対食ってもらうからな。」

尚も微笑みを浮かべて言い、キッチンへと戻って行くサンジが少し怖くなった。

「(今まで見られてたんだ...)」

サンジに見られてた。
卑怯な事をしていた所を。
その事が恥ずかしくて後悔の気持ちでいっぱいになると同時に、あの人の目に私が映っていた事に嬉しさ感じてしまった。


他の仲間が食事を終えても私のお皿の上には未だにピーマンが乗っていて。
ナミに早く食べなさいよ、と言われながら私はジッとそれと睨めっこしていた。

気づけばダイニングにはサンジが食器を洗う音が響き、私と彼2人きりになっていた。

食べ物の有難みをサンジが1番身をもって知っているのは分かっている。こうして美味しく食事が出来ることがどれだけ幸せなのかを。

それでも私は意を決し、そのお皿を持って立ち上がるとカウンターへ向かいシンクに目線を落としているサンジに言い放った。

「嫌いなものは嫌いなの!」





私の今までの卑怯な行為も昨日でおしまい。
そして、私の恋もおしまいになった。


「なんであんな事言っちゃったんだろ...」

"プリンセスは何がお望みで?"
"サンジから愛のハグ"

ピーマンを食べる事と引き換えに最初は冗談混じりで言ってしまった言葉。

"お、俺の事、好きなの?"
"気づくの遅い"

そして流れから自分でも信じられないくらいサラッと言い放った今まで心の中に閉じ込めていた気持ち。思い出すだけで顔から火を吹き出そうになる。
サンジが私のことを呼び止めていたが、恥ずかしすぎて振り返ることも出来ず逃げるように女部屋に飛び込んだ。

あの時のサンジの表情、顔を真っ赤にしてかなり驚いていたが例えば私がナミやロビンだったとしても同じ反応をしていただろう。いや、もっと過剰に反応するかも。

後悔の念に襲われながらベッドの上で明日どんな顔をしてサンジに会えば良いのか、と考えながらそのまま眠りに落ちた。



「ねむ...」

昨日早く寝たはずなのに眠い。
寝坊助で好き嫌いがあるこんなだらしない女、サンジの恋愛対象になるはずが無い。

「(朝っぱらからサンジの事考えてる...)」

これでも恋する乙女であって好きな人の事を考えるのは当たり前だけれど、今は状況がいつもと違う。
サンジは昨日の今日で私に対してどう接してくるだろうか。考えれば考える程腰が重くなりベッドから降りる事が出来ない。


「名無しー、朝ごはん!」
「え、」
「今のサンジ君の声聞こえなかったの?」
「ごめん、ぼーっとしてた。」

髪ボサボサじゃない、と私の頭を撫ぜるナミを見上げるとその美しさを分けて欲しいと心の中で強請った。

「そういえばあんた、ピーマン嫌いだったの?お子ちゃまねえ。」
「...もう食べれるようになったよ。」
「そうなの?でも嫌いならサンジ君に言えば良いじゃない。前に私も...アレ何て言ったかしら。少し香りが強い野菜、食べれそうにないって言ったら無理して食べなくて良いって言われたわよ。他の野郎共に食わせるからって。」
「え...、」

ナミのその言葉に私は眠気が吹っ飛び、ただただ愕然とした。そして、落胆した。
私にはそんな事一言も言わなかった。
好き嫌いは許さない、とでもいう態度だったのに。やはり相手が美人だったら対応が違うのか。


「名無し?」
「え、ああ、ごめん。ご飯食べに行こ。」

でもナミのお陰できっぱりと諦めがついた。
昨日のことは無かった事にしてもらおう。

重かった腰を上げ髪を梳かして着替えるとナミとロビンと共にダイニングへ向かった。



ダイニングに入ると男クルーは既に席についており、ルフィに至ってはまだ眠そうな顔をしているのに両手にフォークとナイフを握りしめている。


「おはよう〜!レディ達〜!」
「おはよう、サンジくん。」
「おはよう。」

やはりいつもと全く変わらないサンジに少し苛つく。サンジに挨拶を返すナミとロビンに対し、私は聞こえなかったかのようにそれを無視した。そしてテーブルの上のお皿に目をやると私は更に苛立ちを増した。


「(なんでまたピーマン入ってんの...!?)」

鮮やかな緑色が確かに彩りを綺麗にしているが、私にとっては嫌がらせかと思うくらい昨日より少し大きめなヤツがスープに浮かんでいた。

いただきまーす!という仲間達の声を耳にしながら私はこちらに背を向けているサンジへ怒りの視線を送った。そしてそのスープに手をつけることは一切しなかった。



「ごちそうさまでした。」
「......名無しちゃん。」
「何?」
「スープが少しも減ってねえように見えるのは俺だけかな?」

食事を済ませて空になったお皿をサンジの元へ持っていくと、それを受け取ろうとした彼は手を止めて私に問いかけた。

「だから、なに?」
「あ、あのよ。名無しちゃん、昨日の、」
「そうだアレ全部忘れて。というか、無かった事にして。」
「え、...えっ!?」

可愛くない自分に苛つく。
いや違う、彼の特別な存在になれない事が悲しいんだ。自分から切り出した事なのに。

受け取ってくれない食器をシンクの脇のスペースに置くとそのまま踵を返した。


「待ってくれ。」

サンジの私を引き止める言葉に思わず足が止まる。
やめて、期待させないで。私はサンジにとって好き嫌いがある食べ物を粗末にする女で良いから、放っておいて。

「無かった事にしてくれだなんて、昨日はどういうつもりでああ言ったんだ?」
「......もういいじゃん。」
「悪いが、俺は無かった事になんて出来ねえ。」

昨日は私の気持ちを知った途端あんなにテンパっていたのに、妙に落ち着いた態度のサンジに訳が分からなくなる。
振り返り真面目な表情のサンジに向かって思いの丈をぶちまける。

「何で、何で私だけ...好き嫌いしちゃダメなの?」
「え、...」
「美人だったら許されるの?」
「何の事を...」
「ナミから聞いたよ。苦手なものは無理して食べなくて良いって言われたって。何で私だけ...?」

昨晩同様、他のクルーが居ない2人きりのダイニングに私の声が響く。
それを聞いたサンジはバツが悪そうな表情に変わった。やっぱり、図星なんだ。

「サンジの料理は美味しいよ、本当に。昨日食べたピーマンだって美味しくてびっくりした。でも、でも、私は確かにナミみたいに美人じゃないけど...本当はサンジに特別扱いされたい。だって、」

やっぱりこんなに好きなんだもん。


「ちょ、ちょっと待ってくれ名無しちゃん...!!そりゃ俺はレディに対しては特別丁重な態度で接しているが、ナミさんやロビンちゃんより俺は、名無しちゃんの事をどんなレディよりも特別に想ってる...!」
「.........え?」

昨日と同じように顔を真っ赤にして言うサンジに、頭が真っ白になりそうになる。そしてその言葉を理解するのに少し時間がかかった。

「ちょ、え、じゃあ何で、私てっきり...あ!私の気持ち知ってそんな事言ってるんでしょ!」
「そりゃひでえな名無しちゃん...好き嫌いを克服してほしかったのはなんて言うか、俺の作ったモンを他の野郎に食わせて欲しくなかったというかだな、名無しちゃんに全部食って貰いたかったんだよ...!」

初めて知ったサンジの気持ちに胸が張り裂けそうになる。鼓動が激しすぎて、苦しい。
でも嫌な苦しさでは無く。

私は何も言わず残したスープのカップを手に取るとそれをグイッと緑のそれごと飲み干した。

「名無しちゃん...?」
「...このピーマン食べれたから、ご褒美が欲しい。」
「え、」

「私を、サンジの恋人にしてください。」

はい...と煙草が口元から落ちそうなくらい唖然とした表情のサンジが可笑しくて、笑いながら口の中に広がったピーマンの味を噛み締めると少し苦いがやっぱり美味しかった。




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まい様へ
この度はリクエストして頂き誠にありがとうございます!
拍手お礼文の続きということで私にとっても初の試みでして、上手く書けたか不安です...
まい様、何度も拙い拍手文を読んでくださってありがとうございます!
貴女様にこのお話を捧げます!
ありがとうございました!





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