LONG "To the freedom." | ナノ



7



「暫く頭を冷やしていなさい。」

そう言ってご主人様は私を地下の部屋へと連れて、数日は出さないと告げて出ていった。どうしてこうなってしまったのだろう。

あの時、お坊ちゃまと花を買いに街へ出た時、5輪位足りなくてもと諦めて一緒に帰るべきだったのだろうか。最初からストンに事実を告げて馬車を出してもらうべきだったのだろうか。そうすれば…様々な後悔の念が頭を駆け巡る。

私はもう永遠にこの部屋から出れない気がしていた。
お父さん、お母さん、もうどのくらい元気になった?一目でも会えたらまた頑張れる。
ご主人様にも、奥様にも、ストンにも、そしてお坊ちゃまにも胸を張ってまた1から頑張りますって言える。

ふと、おでこの右側にチクリと痛みが走る。指で触ると血が滲んでいた。先程床に叩きつけられた時に切ったのだろう。

ストンがあんなに怒るのも当たり前だ。この屋敷にずっと昔から仕えていて誰よりもこの屋敷を、マラク一族を心から誇りに思っている人だ。そのご主人様の言いつけに反した私を許してはくれないだろう。

ここに、私の居場所はもう無いのだろうか。

「お父さん、お母さん、会いたい...」

その言葉と共に、涙が頬を伝っていく。







ロビンは図書室に篭っていた。この船に忍び込み、自分の大切にしている花を欲しいと願ってきたあの女の子の事を考えながら。
マグカップから花が咲いた瞬間はいつだったのか。記憶を呼び起こし、よく思い返してみる。
彼女がこの船のクルーに向かって頭を下げ、謝罪し、そして...


「(分からない...)」

悪魔の実の図鑑を隅から隅まで読んだが、当てはまる能力は無かった。
花を咲かせる能力など...自分自身が口にしたハナハナの実なんて、いかにもそんな能力がありそうなのに。
後に考えられるのは悪魔の実以外の能力。超能力や錬金術、そして魔力。手当り次第に関連する書物を本棚から引っ張り出し読み漁っていった。




一方、ダイニングではこの船のコックである男が夕食の片付けをしながらぼんやりと煙草をふかしていた。あの子の言葉が頭を駆け巡る。

「ありがとうございました。この御恩、一生忘れません。」

自分は何をした訳でもない。ただ冷えた体を温めてあげるため、紅茶を淹れただけ。だが彼女は紛れもなく自分に向かってその言葉を口にしていた。
名前も知らない、自分のしてあげたほんの些細な事を一生忘れずにいるという女の子。今まで感じたことの無い胸にモヤモヤしたもの。
サンジは今夜はあまり眠れそうにないな、とダイニングを後にした。







なんて情けない。いつも私の力になってくれた、お坊ちゃまの計画はもう完全に崩れてしまっただろう。
ごめんなさい...と、自分を責めることしか出来なかった。もうかれこれ何時間こうしているだろう。

数日間ここから出してもらえない。屋敷の掃除は、朝食の準備は、洗濯は、誰がやるのだろう。
執事のストンが?いや、元々やる事が多い彼が自分の仕事まで引き受けたら身体が持たない。
じゃあ新しいメイドを?もしも新しいメイドが雇われたら私は本当にこの屋敷にとって必要無い存在になってしまう。そしたら私は追い出され、両親までも。

追い出される前にどこかで雇ってもらう?働きながらだったら両親の治療をするのは可能だろうか。
でもどうやって雇い主を探せばいい?そもそも、あとどのくらい治療が必要なのだろうか。

この島にはこの屋敷よりも大きな家は無い。メイドを雇ってくれる家なんてあるのだろうか。6歳の頃から殆どの時間をこの屋敷で過ごしてきた私は外で生き抜く術を知らなかった。



───コンコン

はっとノックされた扉へ顔を上げると入りますよ、という声と共にガチャリという鍵の音も聞こえた。扉が開かれるとそこにはお盆を持ったストンの姿があった。


「少しは反省しましたか?」
「...」
「昨日の夜から何も食べていないでしょう。」

思わず目を伏せた視線の先に置かれたそれは、シェフが作ってくれた食事だった。


「この部屋にはシャワーもあります。着替えを持ってきたから着替えなさい。」

昨日から着ていた服はいつも以上に汚れていた。身だしなみに気をつけろ、これもご主人様の教えだった。
食事の乗ったお盆の横に自分自身が洗濯した物であろう自分の服が綺麗に畳まれて置かれた。


「あの、私の仕事は、誰が...」
「代わりのメイドが来ておられます。」
「!?」

私の、代わり...?
気になって問いかけた質問に先程予想していた事実が見事にそのまま返ってきた。


「早く反省の色を見せなさい。そうすれば前と同じようにご主人様方に仕えることが出来ます。」

そう、なんだ。臨時のメイドって事か。
少しだけ安堵した途端、ストンは続けた。


「この屋敷は来週には空き家になります。マラク一族の御三方は違う島へと引越しをなされます。」
「え…」
「貴女に仕える意思があれば連れて行って貰えるでしょう。」

コツコツと、いつもの様に革靴の音を立てながらストンは部屋を後にした。おまけにガチャリ、という鍵をかける音を響かせて。

この島を出る...?そしたら私の両親はどうなるの。一緒に連れて行ってもらえる?いや、可能性は低い。両親を見捨てろって事なのか。何故そんな事、今まで教えてくださらなかったのか。

...もう、このままではダメだ。ストンから告げられた言葉が私の何かを駆り立てた。


「よし...」

その衝動に駆られるようにシェフが作ってくれた食事をいつものように早々と口に運ぶと、急いでシャワー室へと向かう。蛇口をひねろうと手を伸ばした矢先、頭の上から温かいお湯が降り注いだ。


「えっ、」

訳が分からず頭上に視線を移すとシャワーヘッドからお湯がでている。思わずなんで、と口にした時なぜか昨日のあの海賊船での出来事が一瞬頭に浮かんだ。

念の為蛇口をひねるとお湯は当然のように止まった。考え込んでいても仕方ない、ともう一度蛇口をひねりシャワーを浴びた。

シャワー室を後にし、まっさらな服に着替えてドライヤーを適当に当てた半乾きの髪を櫛で整える。そして部屋の出口の扉へ向かった。
扉には鍵がかかっており、出ることは不可能だ。何か策は無いか...とドアノブに手を掛けながら考えていると、

ガチャリと鍵が開いた音がし、目を見開きながらそこを見つめる。そんなこと、ありえるのか。
恐る恐るドアノブを回すといとも簡単に扉は開いた。なぜ、何なのか。得体の知れない何かに私は体を震わせた。

息を呑んで顔だけを扉から覗かせ、誰も居ない事を確認すると静かに部屋を出た。ひんやりとした空気と薄暗く灯る電気が長い廊下を照らしていた。昨晩この部屋へ連れてこられた時に下った階段がある方向とは逆の方へと歩き出す。

暫く歩いていくとまた扉が見えた。
ドアノブに手を掛け回してみるが、やはり鍵がかけられていた。もしかして…とドアノブを握りしめると再びガチャリ、と鍵が開く音が聞こえた。

この摩訶不思議な現象は何なのか頭の中はそれで一杯だったが足を止めている状況では無かった。長年この屋敷に仕えている身だ、この扉がどこへ繋がってるのか分かり切っていた。

扉を開くと、眩しい光が差し込んだ。





前へ / 次へ

[しおり/もどる]



×