6 接触禁止、確かにご主人様はこう言われた。 勢い良く振り返ると主夫婦は苦い顔で目を伏せていた。 「接触...禁止...?」 「ああ、あの子にはそろそろ我が一族の後継者としての自覚を持たせないと。いつまでも子供気分で居られては困る。」 そんな、だが今の私には下唇を噛み締め、かしこまりました、と答えることしか出来なかった。 ───パタン 広間を出て自室へと向かう。なぜ、お2人の事を想ってしたことなのに。私が時間通りに戻っていたら、ちゃんと仕事をしていたら、こんなことにならなかった。 自責の念が胸いっぱいに広がり少し息苦しさに襲われた。 この屋敷に雇われた頃、もう1人メイドが居た。高齢の女性でお坊ちゃまはまるで自分の祖母の様によく懐いていた。 そして私がやっと1人前のメイドになる頃にはそのメイドは他界してしまった。私にメイドのノウハウと必要最低限の勉強を教えてくれた。とても厳しく嫌味も散々言われていた。泣き出しそうになった、そんな時に声を掛けてくれたのはお坊ちゃまだった。 「嫌なことばっかり言ってるけど、本当はいい人なんだよ」 「名無しの事を思って言ってるんだよ」 「頑張ってればいつか認めてくれるよ」 そんな優しく心強い言葉があったからこそ、私は泣かずにここまで来れた。 そしてそのメイドは私が一通りの仕事をこなせる様になると、よく出来ました、と頭を撫でてくれた。お坊ちゃまの言った事は本当だったんだと痛感した。 あの村で私を見つけてくれたのも、この屋敷で仕える術を教えてくれたのも、最初は全てお坊ちゃまだった。なにをしても恩返ししきれないくらいに感謝している。 しかし接触禁止令が出された今、恩返ししたい彼の計画の手伝いが出来なくなってしまった。 ならば、と思いついた私は夜中になるのを待ち、ある部屋へと足を向かわせた。 鍵のかかっていないその部屋の扉をそっと開くと、中から寝息が聞こえてくる。部屋の主が寝ているのを確認すると懐中電灯で床を照らし部屋の隅に纏まったキキョウの花と「 20th Wedding Anniversary」と書かれた画用紙や飾り付けの材料を見つける。この100輪の花を広間のテーブルに運ぶだけでもさせて欲しかった。そして時間の許す限り飾り付けも。 出来るだけ沢山の花を腕に抱え部屋を後にしようとしたその時。 「...名無し?」 しまった、と思ったのは時既に遅し。部屋の主を起こしてしまった。 「お坊ちゃま、起こしてしまい申し訳ございません。」 「それ、どうするの。」 私の腕に抱えられたそれに視線を向けながら問いかけられる。 「...お坊ちゃま、どうか、どうか見逃して頂けませんか。私からの、最初で最後のワガママです。お願い致します。」 小さな声で、ベッドの傍で膝まつきながら訴える。 「僕と一緒にやってくれないのか?」 「...いえ、とんでもない。そんな訳ないに決まってるじゃいですか。ただ...」 「...ただ?」 言葉につまる。接触禁止令が出ているだなんて言ったら、この子はどうするだろうか。禁止令が出た理由に納得してくれるだろうか、もしくはご主人様に何か言いに行くかもしれない。私が黙っていると、ベッドから降りてくる音がした。 「一緒にやってくれよ。名無しとやりたいんだ、頼む。」 「でもっ...」 「お父様に何か言われたのか?」 なんて鋭い眼差しなのだろうか。余計何も言えなくなってしまう。 「お父様には僕から言う。だから、」 そんな事態になってからでは遅いだろうと心の中で思ったがご主人様達が起きてしまわぬ内になら、と私はお坊ちゃまは顔を合わせた。 2人で広間と部屋を2往復すれば全ての飾り付けの材料を持ってくることが出来た。 準備が整うと私は大きな花瓶にキキョウをさしていき、お坊ちゃまは広間の正面の暖炉の上に器用に飾り付けをしていく。 出来るだけ音を立てず月の光だけで作業をする中、半分程終わった頃だった。広間の扉が開く音がした。 「誰だ。」 声の主はこの屋敷の執事のストンだった。 驚きすぎて全身の鳥肌が立ったのが分かる。 「僕だよ。」 答えたのはお坊ちゃまだった。冷静に、ストンが来るのが分かっていたかのように。私は咄嗟にテーブルの下に隠れる。 「ヨーデ様、何時だと思って...」 そう言いかけたストンは広間を見回すと彼がここで何をしてたのか把握すると言葉を飲み込んだ。 「まったく...あなたという方は...」 親思いの彼の気持ちを悟ったのか、ストンは明日も学校なんですからね、と言うと今回は見逃しますと広間を後にした。 「...ふぅ、びっくりしたね。」 「えぇ、そうですね...」 びっくりした?本当だろうか。言葉で言うだけで明らかにそんな様子を見せない彼に大した14歳だな、と感心しつつ作業を再開しようとしたその時だった。 「そうですヨーデ様、ご主人様から言伝が...」 何か思い出したように戻ってきたストンは今度こそはっきりと私を目で捉えた。その表情はどんどん曇ってゆき、なぜ...と続けた。 「...なぜお前がヨーデ様と居るんだ名無し!昨夜ご主人様から接触禁止令が出たばかりだろう!」 ストンは怒りの表情を浮かべながら先程は全く聞こえなかった革靴の音をカツカツ、と立てながら此方の方へ向かってくると私の腕を掴み廊下まで引きずり出した。 「...申し訳ございません!どうか、どうか今回だけは...」 「今回だけだと?昨日屋敷の仕事を疎かにし、ご主人様からの忠告を受けたばかりだろう!なのに、今回だけだと!?ご主人様への忠誠心は無いのか!!」 「やめろストン!」 お坊ちゃまの制止の声と同時にストンの怒鳴り声を聞いて屋敷の警備をしていた護衛が数人集まり、騒ぎを聞いて起きてきた主夫婦も広間の廊下まで駆けてきた。 「なんだ、なんの騒ぎだ!」 「ご主人様、私の名無しへの教育が行き届いておりませんでした...!ヨーデ様と接触させてしまったこと、誠に申し訳ございません...!」 「...なんだと?」 ストンの手により私はご主人様の前に土下座をさせられ、髪を捕まれ床に頭を叩きつけられる。おでこに熱い感覚と、同時に痛みが走る。 「やめろ!」 私の元へ駆けてきたお坊ちゃまがストンの手を取ろうとした時だった。ご主人様の怒号に包まれた。 「やめんか!ヨーデ!!」 今まで聞いた事の無い父親の声に手を止める。こんなに怒ったこの人を、生まれて初めて見たのだろう。 「しかし、お父様...!っ、それに接触禁止とは何ですか!?」 「ヨーデ、部屋へ戻りなさい。今すぐに。」 「...っ」 もう今のこの人には逆らえないと悟った彼は、言われた通り奥様に肩を抱かれながら自室へと向かう。そしてまた立ち止まり悲痛な表情で振り返ると口を開いた。 「名無しは何も悪くないんです...!僕が名無しに頼んで...!だから...っ罰は僕だけが...!お願いですお父様...!」 最後に懇願するとご主人様は彼を一瞥したがその口からは何も発せられず、そして返事を聞く事を許されぬまま彼は奥様に歩く事を促された。 お坊ちゃまの声を聞きながら私はもう何も考える事が出来ずに居た。 前へ / 次へ [しおり/もどる] ×
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