5 一体どうゆうことだろうか。確かに私はキキョウが欲しいと心から願ったが、そんな簡単に願い事なんて叶うものなのか。でもだったらとっくに私の両親は元気になってるはずだ、だなんて考えてしまう自分にも少し驚いた。 「どうやって...あなた、もしかして悪魔の実の...?」 オレンジ色の髪の人が私に向かって言う。悪魔の実、とはなんのことだろうか。 名前からして良いイメージでは無い。 「悪魔の実って...?え...ちが...私は何も...」 「じゃあ本当はマジシャンとかか!?」 「マジシャンー!!??」 長鼻の人と鹿の子が私にキラキラした目を向ける。 「いえ、違います。私マジックなんて出来ません。」 すぐ否定する私に2人の少しがっかりしたような表情になっていくのが分かった。 「じゃあどうしていきなり花が咲いたんだ?」 パンツ一丁の人が呟く。そんなの私が知りたい。それよりも、この花を貰ってもいいなら早くこれを持って屋敷へ帰りたい。私はマグカップごと持ち上げ、もう一度黒髪の女の人に向き合った。 「...このキキョウ、頂いてもよろしいでしょうか。」 「ええ、その花は貴女のものだもの。」 もうダメでもともとだ、と放った言葉に希望の光が差した。胸がいっぱいになって言葉が出ない。マグカップを持つ手が震える。深呼吸をして大きく頭を垂れた。 「ありがとう...ございます...!!」 早く帰ろう、お坊ちゃまにこれを早く届けよう。今日はどれだけ叱られようとこれで明日の朝、ご主人様と奥様の笑顔を見られるだろう。お坊ちゃまの力になれる、それだけで胸が一杯になった。 「...勝手に船上に足を踏み入れたことをお許しください。ご迷惑をおかけしました。本当に、本当に申し訳ございませんでした。」 全員に向き合い、膝をついて謝罪をした。 何が起こったのか未だに理解しきれていなかったがとりあえず屋敷へ戻らないと、その事で頭がいっぱいだった。 キキョウをマグカップから抜き、空になったそれを金髪の人へと手渡した。 「ありがとうございました。この御恩、一生忘れません。」 「え、あ...」 戸惑ったように私からマグカップを受け取ったその人はさっきまでの甘い表情とは打って変わって少し間抜けた顔をしていた。少しの会釈とお礼の言葉を残し急いで屋敷へ向かう為、甲板への扉を開いた。 船を飛び降り着地しようとしたがそう何事も上手くいかなく、見事に転んでしまった。 膝を擦ってしまったが、今はそんなの気にしていられない。早く帰ってご主人様に謝罪しなければ。遅くなってしまった言い訳を考えながら屋敷への道を精一杯走った。 屋敷に着き門を開くと、扉の前の階段に誰かが座っているのが見えた。門の開く音に気付くとその人物は走ってこちらへ向かってきた。 「名無し!!」 「お坊ちゃま...!」 「大丈夫かい!?服が汚れてる...」 「私は大丈夫です。何故外に?風邪をひかれてしまいます。」 そう問いかけると、お坊ちゃまは俯いて少し掠れた声でお父様に追い出された、と答えた。 追い出された...私のせいだ。今までこんなお仕置き、ご主人様がお坊ちゃまにしたこと無かった。私はなんて事を仕出かしてしまったんだろう、とそのまだ細い肩を抱いて屋敷のチャイムを鳴らした。 「悪魔の実じゃなかったら、なんなんだ?」 ナミ、ウソップ、フランキー、ブルックは先程の1人の女について話していた。突然紅茶を花に変えてしまった、その力とは何なのかを。 「欲しいものを手に入れる悪魔の実の能力なんてあるんですかねぇ?」 「仮にそんな能力持ってたら、わざわざ船に忍び込んで土下座してまでください、なんてお願いする?」 「サンジ、本当になんの仕掛けも無いのか?」 彼女から受け取ったマグカップを先程からずっと眺めていた彼にウソップが問いかける。 「あ?...あぁ、なんもねえ。」 渡された時に感じた彼女が握りしめていた温もりが、今はもうなかった。サンジの頭に浮かんだあの彼女の顔がいつまでも離れないでいた。 「あ、ロビンどうだった?」 「花壇は何も変わりなかったわ。もちろん、盗まれたような形跡も無い。」 実はロビンの花壇から既にとってきたのでは、という考えも打ち砕かれた。 「そういえば、悪魔の実の存在も知らない様子だったわね。そんな有名なもの、今のご時世知らないほうが珍しい。」 「「「確かに...」」」 考え込む4人とマグカップを未だに見つめているサンジをロビンは眺めつつ彼女も又あの娘の事を思い出していた。 チャイムを鳴らすと出てきたのはストンだった。 「名無し...!今までどこに居たんです!」 「ストンさん、申し訳ありませんでした。」 「全く...!先程から護衛が貴方を探しに街に出ていたんですよ。ヨーデ様の頼み事とはいえ屋敷の仕事を怠るとは...今すぐにご主人様と奥様に謝罪をしてきなさい。広間に居られます。」 「はい、かしこまりました...」 「さあ、ヨーデ様もお入りなさい。」 「......」 こんなに沈んでしまったお坊ちゃまを見るのはとても久しい。相当気が滅入ってるようだ。主夫婦を想ってしたことなのに。 だが、ここで私が口を出す訳にはいかない。どんな言い訳で私の事を説明したのか未だ知らない上に、私のしてしまった事とお坊ちゃまの件は関係無い。自分で尻拭いをしないと。 「お坊ちゃま、おやすみなさいませ。」 「...おやすみ、名無し。」 後ろ手で残り5輪のキキョウを手渡しながら1日の終わりの挨拶を告げ、広間へと向った。 「名無しです。」 「入れ。」 名を名乗り返事を確認してから失礼致します、と部屋へと入る。 広間の長いテーブルに座るご主人様とその傍らに立つ奥様がこちらを見ていた。 「ヨーデからだいたいの事情は聞いた。どこにいたんだ?」 「...港の方に。本当に申し訳ございませんでした。以後このような事は無いよう誓います...お許しくださいませ。」 膝をつき、2人に深々と頭を垂れる。 「心配したのよ。」 「はい...」 「今回のあの子のワガママは度が過ぎてるわ...本屋に行きたいと嘘をつきながら、本当は庶民の子達と遊んでいただなんて...!」 ああ、お坊ちゃまはそう言い訳したのか。奥様は街で友達と話し込んでいたら貴女とはぐれたと聞いた時にはもう...と続けた。 「貴女は私達の家族同然なのよ。お願いだから、心配させないで...」 涙ながらに言われ、私はこんなにも大切にされているんだと感じたらまた涙が出てきそうになってしまった。 「...もう寝なさい名無し。明日からきちんとしてくれ。」 「かしこまりました、ご主人様。」 気を引き締め立ち上がり扉へ踵を返すとご主人様はそれから、と続けた。 「明日からしばらく、お前とヨーデとは接触禁止とする。あの子の世話はストンに任せる。」 前へ / 次へ [しおり/もどる] ×
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