LONG "To the freedom." | ナノ



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この10年屋敷の階段を昇り降りした脚力と、大量の洗濯物を運ぶ腕力は伊達ではないなと自分で感心しつつ、船に忍び込むことに成功した。甲板には誰も居らず、代わりに後部の方に明かりを感じた。

声のする方へと近づくと、窓から明かりが漏れているのに気がつく。なにやら話し込んでいるようだった。


「今日の所は食料調達は無理ね。街があんなじゃ。」
「どうすんだナミ!だいたいお前らなぁ、食料はちゃんと計画的に...」
「「「ほとんどオメーのせいだろ!!」」」

どうやら海賊船は食料を調達するためにこの街へやってきたらしい。

「ログが溜まらないと次の島へは進めないわ。今のうちに船を隠して停めないと。そしたら明日、改めて街に出ましょう。」

耳をそばだてていると、気配を感じた。
はっと振り返った時には首の後ろに衝撃を感じ、私の目の前は真っ暗になっていた。







「────...」
「ゾロ!あんたこの子何処から連れてきたのよ!」
「だぁから、船に乗り込んでたんだよ。」
「だからってレディに手上げていい訳ねぇだろ!」
「うるせえなエロコック。ちょっと眠らせただけだろうが。」
「同じだ!」

目を覚ますと背中に柔らかいのを感じた。見たことの無い景色に頭が混乱する。


「───っ...」
「あ!目覚めたか?」

声のする方に視線を移すと、鹿のぬいぐるみのような者が私に話しかけていた。驚いて飛び起きると、そこに居た全員の視線が私に集まる。どうやらソファに寝かされていたようだ。

「おっ!起きたか!」
「あ〜!やっぱり可愛い子ちゃんだ〜!」

麦わら帽子を被った男の人と金髪でスーツを着た男の人が私に向かって言う。周りを見渡すと人が数人そして骸骨...え、骸骨?ここはどこ?とはこうゆう時に使うのかと考えて、


「...私」

どうしてここに、と言う前にオレンジ色の髪をした女の人が私に問いかける。

「あなたこの船に何か用があったの?そんな丸腰で。宝を狙って潜り込んだんなら無駄よ。諦めるのね。」

宝?違う。私は...思い出した、ここは海賊船だった。私はよろめきながら立とうとすると、鹿の子がいきなり立ったらダメだぞと制止してくる。


「わっ、私、あの」

上手く喋れない自分に焦りを感じ、頭を整理していると、金髪の人がとりあえずお茶でもいかがですか?レディ、とマグカップを差し出してきた。

「...っ」

誰かにお茶を入れてもらうなんて、そんな身分ではないのに。今まで受けたことの無い扱いに戸惑ってしまい、マグカップを受け取ることが出来なかった。


「...遠慮しなくていいんだぜ?」

尚も私にお茶を勧める手と片方しか出ていない優しい目に見つめられ惹き付けられるようにありがとうございます、と受け取る。
しかしそれと同時にそうだ、と思い出し受け取ったマグカップを握ったまま床に土下座をする姿勢をとった。


「お願いが...あるんです!き、キキョウを...!キキョウを5輪頂けませんでしょうか...!」

私は精一杯の出せる声でこの船に潜り込んだ目的を伝えた。



「キキョウ...?」

長い鼻をした男の人がまるで頭に?マークを浮かべたような表情で呟いた。

「そうです!キキョウです!5輪でいいんです!頂けませんか!?お願いします!」

床につくほど頭を下げ懇願するも、その願いはすぐに打ち砕かれた。

「...申し訳ないけど、あそこに咲いている花は1輪もあげることは出来ないわ。」

声のする方を見ると、黒色の髪をした綺麗な女の人が私の目をじっと見ていた。
ごめんなさいね、と続けるその人は穏やかな顔をしているが同時に殺気のようなものを感じた。何故だか体が震える。


「目的は花だったのかお嬢ちゃん。花なんて花屋に売ってるだろ。」

その空気を消し去るようになぜかパンツ一丁の男の人が私に問いかける。


「街のお店はもう閉まっていて...明日の朝までに必要なんです!じゃないと、意味が無いんです...」

お坊ちゃまの計画が台無しになってしまう。朝一に屋敷を出て買いに行くのにも、その前に私にはやらなければならない仕事がある。あの長い長い廊下を掃除して、それから...


「!…い、今何時ですか?」
「え、今?えーと、8時だけど...」

オレンジ色の髪の人が答えてくれると、私は全身の血の気が引いた気がした。もう夕食の時間を過ぎていた。

「どうしんだ?顔色が...」

鹿の子が私を気遣ってくれるが、私は今までに無く混乱していた。どうしようどうしようどうしよう。お坊ちゃまは今頃私の事を問いただされてるに違いない。
そして私は今まで気を抜いたことの無い屋敷の仕事を初めて疎かにしてしまった。私があの屋敷で仕事を全うしないという事は、両親を見捨てる事と同じだ。私はそのためにあそこに仕えてきたのに。


「申し訳ありませんでした...本当に...」

ゆらりとゆっくり立ち上がると、深々と頭を下げた。今すぐ戻らないと。お坊ちゃま、申し訳ありません。お力になれなかった。恩人である、貴方の。

涙なんて10年前のあの時以来流したことなんて無かった。両親が元気になるならどんな辛い仕事でも泣かずにやってきた。ご主人様に人前で涙を流すのはみっともないと言われてきたから。

なのになんて、情けないんだろう。こんな事なら盗んでしまえば良かったのだろうか。何も出来ない自分に嫌気がさす。

堪えきれずに瞳から涙が床に落ちた。


「わわっ!」

鹿の子が驚いた声をあげた。何事か、と顔を上げる。

「どうしたチョッパー?」
「こここここコップから...花が!!」

長鼻の男性が尋ね、鹿の子が目を見開きながら指をさす自分の手へ目をやると先程金髪の男の人から受け取った紅茶が入っていたはずのマグカップにキキョウが5輪咲いていた。

え、どうして...と黒髪の女の人を見ると、他の人達と同じく目を見開いていた。この人の仕業では無いらしい。じゃあ、誰が?マグカップを持ってきたあの人?そちらを見やるとその人も同じく驚いた表情をしていた。


「なんでだ!?なんでいきなり花が咲いたんだ!?」

麦わらの人が興奮したように言う。

「目から鱗ですねー!あ、私目無いんですけどー!」

ただの着飾られた骸骨だと思っていた物も続いて叫ぶ。状況が理解出来ない。
また、倒れてしまいそうだ。




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