3 「気をつけてくださいね、お坊ちゃま。」 「僕より名無しがね。外に出るの久しぶりだろ?」 「...そうですね。」 なんだか手伝いをしてるのに、逆に気を遣わせてしまってるようで申し訳なくなった。ストンは私達を見送るまで馬車を出すと言い続けていたが、お坊ちゃまがどうしても自分の足で行きたいと断った。 「そういえばお坊ちゃま、ご主人様方には街へ出ることなんて説明されたのですか?」 「本屋に行きたいと言ったんだ。今学校で流行っている小説が欲しいって。馬車で行けば良いと言われたけどね。名無しにも気分転換させてあげたいからっていうのを付け加えたら許可してくれたよ。」 最後の言葉は間違っていない。街へ行くのはどの位久しいだろうか。街は人で溢れて賑やかで気分が躍り、間違いなく私の気分転換になっていた。 手当り次第に花屋を周り、キキョウを買い占めていく。なんとか集まりそうだ、と安堵していると 「──海賊だ!!!海賊船だ!!!」 この大海賊時代、この島にも海賊が上陸するのは珍しくない。誰かが大声で街の人々に知らせる。 「お坊ちゃま、急ぎましょう。」 「あぁ。すまない名無し、こんな時に連れ回してしまって。」 こんな時でもこんなに落ち着いているこの子には本当に感心する。あらゆる花屋をまわってあと必要なキキョウは5輪、というところで。 「お坊ちゃま、あとは私が何とかします。お先にお屋敷にお戻りください。ご主人様がご心配なさいます。」 1人で帰すのは気が引けたが、大切なご子息を少しの危険でも晒す訳には行かない。 「…分かった。ありがとう、でもくれぐれも無理はしないでくれ名無し。花は僕が持って帰る。家で待ってるよ。」 「かしこまりました。お坊ちゃまもお気をつけて。」 きっと帰らなければ怒られてしまうのは自分では無い、と悟ったのだろう。昔から気がつくと私を思いやってくれる。 「(本当に優しい子...)」 買ったキキョウ95輪を軽々と持ち、帰っていくその後ろ姿を見届けると、各々自宅へと急ぐ人の波に逆らうようにまだ行っていない花屋へ向かう。 「もうお店閉めちゃったかな...」 時間的にも、そして海賊が来てるという事もあってか街の店が次々に閉まるのを横目で見ながらお目当ての花屋へ向かう。 着いた時にはやはりもう閉まっていた。すみません開けてくれませんか、と声をかけるが返事は無い。 いつの間にか周りは静まり返っていた。 「...どうしよう。」 お坊ちゃまが両親を想って立てた計画、あと5輪という所で台無しにする訳にはいかない。恩人であるお坊ちゃまの為ならどこまでも探しに行く覚悟で街全体を巡っていたら港に出た。そこには先程聞いた海賊船らしき船が見えた。 「(大きい船...)」 船首にはライオンのような、可愛らしいものがあしらわれていた。よく目を凝らしてみると、花壇のようなものが見えた。それに実がなっている木も。 初めて実物で見た海賊船はイメージとは違ったが、確かにドクロのマークが付いているので正真正銘の海賊船だった。 よくよく見てみるとその花壇らしき物には私が今、喉から手が出る程欲しいキキョウの花が咲いているのが見えた。 「......」 馬鹿げている。しかし、今手に入るのはあそこにしかない。 盗みに入る?いや相手は海賊だ。捕まって殺されてしまうかもしれない。直々にお願いする?キキョウを5輪くれませんかって?...無理にきまってる。 こんなに悩んだことはあっただろうか。今まではご主人様方の為に言われた事をこなすだけだった。しかし今は指示してくれる人は誰も居ない。いや、居るとしても諦めろと言われるだろう。だが私と両親を助けてくれた恩人の為に一歩を踏み出さなければ。 もしかしたら命を落とすかもしれないこの状況でも、もうそろそろ夕食の支度をしなければならない時間だ、と考えながら私の足は船へと向かっていた。 前へ / 次へ [しおり/もどる] ×
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