2 それはある日の朝の事だった。 「名無し、お願いがある。」 ヨーデお坊ちゃまに頼まれた事を断る事など出来ない。いつもの様にかしこまりました、と頼み事を引き受けようと思っていた。 同時に主夫婦の結婚20年の記念日が明日に迫っていることに気がついたのはその頼み事をされた直後だった。 「キキョウの花を100輪、欲しいんだ。」 「キキョウ...ですか。」 「うん。」 「かしこまりました、すぐに手配致します。」 「...出来れば今日学校から帰ったら一緒に買うのに来て欲しい。明日の朝までに広間のテーブルをお父様とお母様に気づかれないように飾りたいんだ。」 一緒に...私が外出するには執事のストンを通してご主人様に許可を頂かなくてはならない。それはお坊ちゃまも知っている。 「僕が直々にお父様にお願いするから。」 私の考えている事を読み取ったかのようにお坊ちゃまは言った。 行ってきます、といつもの様にストンに馬車へと乗せられたお坊ちゃまは学校へ向かった。 だけど何だかいけないことをしようとしてる気がして私はお坊ちゃまが学校から帰宅するまで気が気で無かった。 どうゆう理由で説得したのかくれぐれも気をつけて行ってきなさい、とご主人様に言われてしまいもう後戻り出来なかった。 私がこの屋敷に雇われたのは6歳の頃。この島の少し外れの村に両親と住んでいた。暮らしはどちらかと言うと貧しい方だったが、家族と一緒に暮らせる事が幸せだった。 だか、その幸せは突然奪われた。顔全体をマスクで覆った集団がガスのようなものを村に撒いていったのだ。民家の一件一件まで撒かれたそれは外で畑仕事をしていた私達の所まで迫ってきた。その瞬間、両親は私を守るように覆いかぶさってきた。 いつの間にか気を失った私が目を覚まし集団の姿が無くなった頃、周りを見渡すと倒れている人々、その光景はまさに地獄だった。 「──名無し...」 「お父さん!お母さん!」 「大丈...夫、か...」 「私は大丈夫!今誰か助けを...!」 明らかに意識も絶え絶えに絞り出したような声で私を心配するお父さんにとにかく誰か周りに助けてくれる人は居ないかとパニックになる私の耳に小さな足音が聞こえた。 「大丈夫?」 そこには小さな少年が立っていた。自分と同い年か、いや少し年下か。サラサラの髪に白い肌、汚れもシワも1つも無い服。どう見てもこの村の住人では無いと分かった。 「お父さんとお母さんが...!」 「わかった。待ってて。」 どこ行くの、と声をかけるとその少年の姿はもう無かった。もう、ダメだ。と思っていた時、私達に手を差し伸べてくれたのがご主人様だった。 「あぁ、なんて可哀想に。大丈夫かい?」 その傍らには先程の少年──ヨーデお坊ちゃまが立っていた。 「お父様、この子のお父様とお母様も、」 「あぁ、分かってる。すぐに運ぼう。お嬢ちゃん、立てるかい?」 「──はい...」 あれよあれよという間に両親は馬車へ運ばれ、私も乗せられた。 「お父さんとお母さんだけでも助けてください…お願いします...なんでもしますからっ...」 手をついて懇願すると、ご主人様は私をメイドとして雇った。その代わり両親を医者に診せ、治させると。 こんな奇跡があるのか、と心の底から思った。あの時お坊ちゃまが私達を見つけてくれなかったら、今私は生きてない。そして両親も。 ご主人様によると2人は今この島で1番大きな病院で治療しており現在も少しずつ回復に向かっていると聞いた。 あのガスが何なのだったかは分からないが、強力な毒だったのはあの光景を思い出せば嫌でも分かる。 それから10年、私はどんな仕事でも引き受け恩人であるこの家に仕え続けている。あの小さかったお坊ちゃまはもう14歳だ。 「(キキョウ...花言葉)」 お坊ちゃまが何故キキョウを選んだのか、気になって調べるとその花言葉は、 「永遠の、愛...」 なんてキザなことを、本当に14歳だろうか。いや出会った時からこの子は本当に私より年下なのだろうかと思っていた。時にワガママを言ったり年相応の言葉使いをする時もあるが、主夫婦の前ではいつでも敬語で背筋を真っ直ぐにし、王子様のように振る舞う。それに加えてなんて親想いな子なんだろう。 王子様の頼み事を全力で手伝うため、私はいつもより素早く仕事に取り掛かった。 前へ / 次へ [しおり/もどる] ×
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