LONG "To the freedom." | ナノ



30



俺は昔からどんな女性に対しても紳士に接してきた。だが好意を持たれたり、ましてや料理の腕以外を褒められる事なんて皆無だった。


"サンジさんは格好良いんです!"

そう言う彼女の瞳はあまりにも真っ直ぐで。
名無しちゃんの目には俺はどう映っているのだろうか。

プズラ島に滞在していた時に同じことを不意に言われた事があった。
その時あまりにも唐突すぎて一瞬思考回路が停止し、どういう意味で俺の何処が格好良いと思うのか聞こうとしたのだがタイミングを逃してしまいそれから彼女の言葉の本意を知ることは出来ずに居た。



「おいブルック!!」
「…サンジさん知っていますよ、名無しさんに惚れ薬なんて飲ませてないこと。」
「当たり前だろ!そんな薬どこにあるってんだよっ!!というか、てめえが勝手に言い出したんだろうが!!」

誰も居ない甲板の上で元から本気で逃げる気なんて無かったであろうブルックは立ち止まるとふざけているのか真剣なのか分からねえ静かな声で言った。


「サンジさん、私、」
「あ?」
「名無しさんの…パンツ見てみた、ブへーーッ!!!」

もしかしてコイツ…名無しちゃんの事を、と表情からは見て取れないがあまりにも低いトーンで話し始めるブルックに少し焦った俺が馬鹿だった。

「そういやお前、何か用でもあったのか?」
「あ!そうそう!お2人にロビンさんから伝言があったんでした!」






思ってても本人に言うべき事じゃ無かったかな、とサンジさんが居なくなり1人になったキッチンのシンクで残りの食器を拭きながら反省した。
まだ顔が少し熱を持っていて胸がドクドクとうるさい。

いつからこんなに貪欲になってしまったのだろうか。私が勝手に想像した事なのに彼がどんな恋愛をしてきたのか、知りたいと思い始めている自分が居る。

そんな事知ってどうするの?
何故知りたいと思うの?

「やめよう、こんな事考えるの…」

最後の食器を拭き終えると私は余計な事を考えないようにしなきゃ、と自分に言い聞かせるようにの頭に手を当てた。


「名無し?」

私の名前を優しく呼ぶ声に俯き加減だった顔を上げるとダイニングの扉からロビンさんの顔が此方を覗き込んでいた。


「ロビンさんっ、」
「大丈夫?何だか元気無いように見えるのは気のせいかしら。」
「え…いえいえ!元気ですよ!ちょっとボーッとしていました、申し訳ありません。」

ロビンさんの言葉に私はまだ他のクルーの方に心配をかけてしまう存在なのかと反省する。
反射的に謝罪の言葉を口にした私に彼女は微笑んで歩いてくるとポン、と私の頭を撫でてくれた。


「ふふ、すぐ謝る癖は直らないみたいね。サンジは?」
「あ、あの、ブルックさんを追いかけて…」
「あら、そうだったの。名無し、お風呂どう?ナミも私もお先に入ってしまったから。」
「ありがとうございますっ…入らせて頂きます。」

湯冷めしないようにね、と言い残しロビンさんがダイニングを後にするのを見送ると私はサンジさんが戻ってくるのを待たずに浴室へ向かうことにした。

今彼の顔を見たら、また変な事ばかり考えてしまいそうだったから。







「すまねえ名無しちゃんっ…!!!って、居ねえ、のか…」

ロビンちゃんからの伝言をブルックから聞き終え、急いでキッチンへ戻ったが先程までそこに居た彼女の姿は無かった。

もしかして部屋に戻ってロビンちゃんから直接聞いているだろうか、と俺はすっかり綺麗にされたシンクを目にすると明日の朝食の仕込みに取り掛かった。







「はー…」

今日は久しぶりに色んな事があり過ぎた気がする。
空を飛べたことは私にとってかなり自信に繋がる事だったが、それが当たり前に出来るようになるまでは気を抜いてはダメだと湯船に浸かりながら思った。

そして先程考えていた事はすぐには頭の中から消えてはくれなくて、むしろ彼の顔が浮かぶ一方だった。そして胸がドクドクと煩く、締め付けられる。


"綺麗な女性と恋愛されたらとても素敵だなあって思うんです"

話の流れから、しかも自分の口からサラッと言ってしまった言葉なのにどうしてこんなにもしつこく頭に張り付いて消えてくれないのか。


「もう出よう…」

このことについていつまでも考えていたら逆上せて倒れたらまた誰かしらに迷惑をかけてしまう。
長湯をしてしまい十分すぎる程温まった身体を湯船から乗り出し浴室から出る前に軽くシャワーを浴びようとした時だった。


───パチっ

「……っ、?」

浴室の明かりが突然消えてしまった。電球が切れてしまったのだろうか、または停電か。
屋敷に居た時は古い建物だったからか電球が切れてしまう事が結構あった為別段驚く事無かった。むしろ此処は大きな窓から入ってくる月明かりで十分周りは見渡せた。
とりあえずシャワーを浴びてしまおうと私は蛇口を捻った。







「今夜は冷えるな…」

明日の朝飯の仕込みが終わり、いつものようにもう他のクルーは寝ているであろう時間に俺は風呂場へと向かった。他の野郎どもは週に数回しか入らないというが俺からしたら心底理解出来ねえ。

ダイニングを出ると外は月が明るいものの、少し寒さを感じる。少し足早浴室にへと向かうと脱衣所の電気をつける為スイッチを押した。

「あ?」

確かに押したはずのスイッチに対し、電球は反応を示すこと無く明かりを灯さない。
停電なのか電球が切れちまっただけなのかを今フランキーやウソップを起こしてまで確認するのも面倒だな、と思いつつ脱衣所に入ると纏っていたワイシャツのボタンを慣れた手つきで外していく。


───ガラッ

「……ん?」

ここの浴室は自動ドアだったか?とかそんな事を呑気に考える余裕がこの状況で俺にある筈も無かった。
何故なら磨りガラスの扉がスライドされる音を耳にした俺は浴室の方を振り返ると目を見開いて顔だけを覗かせる名無しちゃんがそこに居たから。





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