LONG "To the freedom." | ナノ



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いつもの様に陽が登らぬうちに目を覚ます。
顔を洗いメイド服と言っても可愛らしいものではない、もはや作業服と言った方がしっくり来る白いブラウスに膝が隠れる程のグレーのスカート、同色のセーターに身を包む。

そこから私の仕事は始まる。

ここプズラ島にあるマラク一族の屋敷の住人を起こさぬよう、足音を立てないように歩く。行き交う何人かの屋敷の護衛に挨拶を交わし、バケツに水を注ぎモップを濡らしては絞り、すでにピカピカな長い長い廊下を1階から最上階の隅々まで更に綺麗にしていく。
モップとバケツを置き、廊下の窓のカーテンを開けていくと次第に太陽が顔を見せ朝焼けが名無しの顔を照らす。眩しい光と同時に綺麗な青空が目に入る。


「(いい天気...)」

バケツとモップを片付け、厨房へと向かうと、いい匂いが鼻を掠めた。
厨房に入るとここの家の主が雇った一流のシェフが朝食を作り始めている最中だった。


「シェフ、おはようございます。」
「おはよう名無し。旦那様方を起こしてきてくれ。あとコーヒーもよろしくな。」
「はい、かしこまりました。」

お盆に2つのコーヒーを乗せ、また長い廊下を静かに歩きまだ夢の中にいる者達の寝室へと向かう。





コンコン──

「ご主人様、奥様、名無しです。」

ノックをして呼びかけるとすぐにどうぞ入って、と返事が聞こえる。それを確認すると私はドアノブを回し扉を開けた。


「失礼致します。おはようございます。」
「おはよう、名無し。」

広く暗い部屋には少しの明かりが灯っていて、とても目覚めたばかりとは思えない程綺麗な顔をした奥様がドレッサーに腰掛けていた。

「間もなく朝食をご準備致します。広間でお召し上がりになりますか?」
「ええ、もちろん。」

コーヒーを奥様に渡していると、んんん…と今目覚めたばかりのご主人様がもう朝か、と寝ぼけ眼で起き上がる。


「おはようございます、ご主人様。」
「ああ、おはよう名無し...コーヒーをくれ。」
「はい、かしこまりました。」

ご主人様にコーヒーを渡し、広い部屋の大きな窓のカーテンを開けていく。


「今日はいい天気ね。」
「はい、とても。それに暖かいですよ。それではまた、お呼びに伺います。失礼致します。」



主夫婦の部屋を後にし、次いでご子息の部屋へ向かう。先程と同じようにノックし、お坊ちゃま名無しです、と声を掛けるが返事はいつもと同様、返ってこない。


「─失礼致します。」

部屋にはまだ寝息を立てる音が聞こえる。
ここの部屋の主を起こすため、ベッドへ向かう。

「お坊ちゃま、朝ですよ。」

んー...とまだ眠そうな声と共におはよう...と返してくれる少年はこの屋敷のひとり息子であるヨーデ様。
窓のカーテンを開け、これまた大きなクローゼットから1週間のコーディネートが決まってるかのように綺麗に並べられた服を1セット取り出す。

「間もなく朝食のお時間です。お着替え、大丈夫ですか?」
「ああ...大丈夫。ありがとう、そこに置いておいて。」
「かしこまりました、それではまたお呼びに伺いますので。失礼致します。」






再び厨房へ戻ると、この屋敷の執事のストンさんが料理を盛り付け終わった皿をワゴンへ移しているところだった。


「おはよう、名無し。」
「おはようございます、ストンさん。」
「これ、頼んでもよろしいかな?」
「はい、かしこまりました。」

そのワゴンを広間へと運び長いテーブルに料理を並べていく。
先程と同じように部屋を尋ね、3人を準備の整った広間へと導く。3人が朝食を食べている傍でいつでも注文を受けられるよう屋敷の使用人皆で見守る。
食べ終わるのを見届けると、空になった皿をワゴンへ移し厨房へ運ぶ。


厨房へ入るとこの屋敷に仕えている者達の朝食が無造作に並べられておりいただきます、と食べるがゆっくりしている時間は無い。
数分で食事を済ませご馳走でした、と皿をシンクへ持っていき大量の食器の洗い物を始める。食器だけではなく、シェフが使った鍋やフライパン等も洗っていく。


「すまねぇな、いつも。」
「いえ、とんでもありません。これは私の仕事です。」

シェフがいつもの様に礼を言うと、いつもの様に返す。シェフはあくまで料理を作るのが仕事。キッチンの掃除や食器類の洗い物はメイドの私の仕事。ここに仕えてからそう教えられてきた。そして執事のストンは主夫婦のスケジュール管理やヨーデ様の学校への送り迎え等。割り振られた仕事を全うにこなす。

洗い物が終わると各部屋のベッドのシーツ、着替えを回収し洗濯する。何台も並んだ洗濯機に回収したそれらを入れて回していく。その間に部屋の掃除にとりかかる。

いつもと同じ様に、私はこの仕事を全うするだけ。この生活はもう私の身体に染み付いている。全然辛くなんて無い。むしろ衣食住、全てを与えて下さったここの主に毎日感謝している。

そして、私の両親も。いつか家族3人揃ってあの頃のように暮らせる日を信じている。




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