LONG "To the freedom." | ナノ



27



とある日の昼食の後、私はまた図書室でロビンさんが貸してくれた本を読むのに夢中になっていた。

魔法を使う為の心得や呪文の唱え方、箒の乗り方まで魔女としての教科書のような本だった。


「本当に空を飛べる事なんて出来るのかな...」




以前、掃き掃除をしていた際にルフィさんがその箒で空飛ぶのか!?と興奮して私に問いかけてきた。確かに魔女と言ったらそういうイメージだが、今の私は小さな魔法1つ思うように使えない。

初めて使った魔法はお坊ちゃまの為に。
次に使ったのは両親に会いたいが為に。
共通しているのは誰かの為に、と言うこと。
この本にも念が強ければ強い程魔法は成功すると書かれている。

空を飛びたいなんて誰かの為にすることでは無い。当分は無理そうだな、と私は少しがっかりした。



甲板の掃除でもしようかな、と箒とちりとりを取りに倉庫へ向かった。
箒を手に取ると私の頭の中にはいつも"空を飛ぶ"ということが浮かんだ。これに跨ればいつか自然と空を飛べるようになるのかもしれない、という事に何故か執着してしまう。
もしかしたらルフィさんに期待の眼差しを向けられ、それに応えたいという気持ちが大きくなっているのかもしれない。

倉庫内に自分1人しか居ないということを辺りを見回して確認すると、箒に跨ってみる。


「(飛べ...そう?)」

ルフィさんに言われてから何回かこうして1人でイメージトレーニングをしているのだが。
この船の皆さんの為にも力を発揮できるようになりたい。やはりそれだけではダメなのだろう。目を閉じて力を込めて箒を握りしめてみるが、それは重力に逆らう様子は無かった。



やっぱり無理か、と箒とちりとりを持ち倉庫を出て甲板に向かうとルフィさん達が釣りをしてるのが見えた。ワイワイと楽しそうな光景に私も自然と笑みが零れる。それと同時に少し違和感を感じた。

その違和感の出処はルフィさんのトレードマークでもある麦わら帽子が彼の頭に無い。
甲板をもう一度見回してみるとメインマストの影に誰かが居るのが分かった。


「ナミさん?」
「あ、名無し。どうかした?」
「それ、ルフィさんのですか...?」
「そうなのよ。昨日ウソップとふざけ合ってて穴空けたらしいの。全く...」
「そうだったんですね。...何かルフィさんが帽子被ってないと変な感じですね。」

慣れた手つきで帽子を縫うナミさんに、所々修理された跡は彼女によって施された物なのだと言う事を物語っていた。
本当にこの方もロビンさんも内面も外見も美しいんだな、と改めて思った。


「ルフィの宝物らしいから、この帽子。」
「宝物...」

ルフィさんが肌身離さずこの麦わら帽子を被っているのには理由があった事を知れたと同時ににまだまだ私はやっぱり皆さんの事をまだまだ知らないんだ、とまた勝手に落ち込んでしまった。


「ルフィー!出来たわよ!」
「おー!ありがとうなー!!ナミ!」

ナミさんの声にはっ、としてそれに返事してこちらへ向かって来るルフィさんの方へ視線を向けると目が合い、にっ、と笑顔を向けられた。


「名無しまた掃除してんのか?本当にお前掃除好きだなー!たまには俺達の釣りにも付き合え!」
「あ、はい、また今度...」
「絶対だぞ!」

無理して付き合わなくて良いのよ、と呆れた様な顔をしてナミさんが私に言いながら手に持った帽子をルフィさんに差し出すと、それを受け取ろうとルフィさんが手を伸ばした瞬間だった。




──ビューーーー!!!

「きゃっ!!」
「うお!!」

2人の間を通り抜けるように大きな風が吹き抜けた。その速さに私も顔を覆い、声を上げる2人へ再び視線を戻すとナミさんが青い顔をしていた。


「ルフィっ...!!帽子っ!!!」
「...っ、ん?帽子がどうした?...あー!帽子!」

ナミさんの手元にあったはずの麦わら帽子が無くなっていた。見上げると天高く舞う帽子が目に入ると同時にナミさんが先程言っていた言葉が私の頭を過ぎった。


"ルフィの宝物らしいから、この帽子"


ルフィさんのゴムゴムの...と言う声と、ダイニングから飛び出してきたサンジさんの何かあったのかナミさん!?と言う声を聞きながら私は自然と箒に跨り甲板を蹴った。


体に羽が生えたような感覚だった。

風で飛ばされた帽子だけを目指して私は無我夢中になり、それを手に取ると安堵感で一杯になると体の力が抜けるのを感じた。


「え、...?」

体が重くなり、思ったより自分が高い空から落ちていくのを目を閉じて感じた。それでも私は箒とルフィさんの麦わら帽子を絶対に離すまい、と両腕に力を入れた。

焦った声で皆さんが私の名前を呼ぶのを耳にしながら、床に叩きつけられる覚悟を決めた。

もう落ちる、と思った時。



「名無しちゃん!!」


その声にうっすらと瞼を開けると、そこに居たのはキラキラの金色の髪を揺らすサンジさん。
気づいた時には彼の長い腕に私は箒と帽子ごと包まれた。

そして甲板でルフィさんの体を皆さんがトランポリンのように伸ばしており、サンジさんと私はその上に着地した。それはまるでスローモーションかのように感じた。


「名無しちゃん怪我は!?」
「え、あ...な、無いです...!サンジさん、ありがとうございます...」
「良かった...」

何の衝撃も無く甲板に降り立ったサンジさんの声に視線を上げるとすぐそこに焦った彼の顔があり、その事に驚き必死に返事をしてお礼を言うと叫ぶように私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


「名無しー!」
「ルフィさん...!すみません!すぐ退きますので...!」

私とサンジさんが乗っているのは体を伸ばされたルフィさんの上な訳で、早く退かなければ、と思い立ち上がろうとした刹那再び体が宙に浮いた。
サンジさんが私を抱き上げ、そのままルフィさんの体の上を容赦なく歩いてようやく甲板の上に着いた。

パシンッ!というルフィさんの伸びた体が元に戻る音がすると同時に名無しー!ともう一度私の名前を呼ぶルフィさんの声が聞こえてきた。


「ルフィさん、あの、これ...」
「ありがとう!!それよりお前!すげえな!」
「え、」
「空飛べるようになったんだなー!!いつからだ!?」
「えっと、今回が初めてで...」

すげえよ、本当にすげえ!と興奮するルフィさんと話がしたいのに、何故か心臓の鼓動が早くなっていく一方で集中出来ない。
その理由は多分、今の私の状況だろう。


「さ、サンジさん...あ、ありがとう、ございます...」
「ん?ああ、名無しちゃんが無事で何よりだ。」
「あの、えっと、もう...降ろして頂いて大丈夫です、...」
「おっと、そうだな。すまねえ。」

降ろしてもらおうとサンジさんの顔を見上げると、やはり距離が近くて鼓動は早くなる一方だった。





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