21 22 「すみませんお坊ちゃま。ここまで来て頂いてしまって。」 「僕が来たくて来たんだ。」 屋敷の門まで見送ってくれた奥様、ストン、そしてご主人様に別れを告げるとお坊ちゃまが船まで送りたいと言って下さった。 ならば自分も、と言うストンに1人で行かせて欲しいと告げるとお坊ちゃまはずっと私の隣を歩いてここまで来てくれた。 「じゃあ、名無し。元気で。」 「はい。...ありがとうございました、お坊ちゃま。」 船まで着くとお坊ちゃまは私の方へ向き直った。 この子もきっと辛いだろうに、こちらに何も心配させる隙をこんなにも与えない。 「ごめんさい、お坊ちゃま、あの、私...」 「何度も言っただろう。名無しは何一つ悪い事などしてないと。」 「お坊ちゃま、あなたは、...私の英雄です。」 「名無し、」 お坊ちゃまは私の名前を口にすると、私の目の前に跪いた。 一瞬何が起きたか分からず固まる私の右手を手に取ると、そのまま自分の口へと持っていく。 「え...」 音はしないものの、口付けられた手の甲にははっきりとお坊ちゃまのそれの感触があった。 「てめーーーーっ!!!黙って見てりゃ、何してやがる!!!!」 サンジさんの怒鳴り声にはっとして顔を上げるとお坊ちゃまは立ち上がり、サンジさんの言葉を無視するように私に向き直った。 「僕はいつでも待ってるから。」 「...え、」 驚いて目を見開いた瞬間、お坊ちゃまが私の手を離されると視界が黒に染まった。 「青臭えチビガキが何格好つけてんだよ。お前は別の相手を見つけろ。」 「それは僕の自由ですから。」 「クソ...!」 私とお坊ちゃまの間にサンジさんが入ってきた事に驚くと同時に2人の会話の内容がよく聞こえなかった。 「あんた達、最終的に決めるのは名無しなのよ。」 ナミさんのその一言により2人は黙り込んでしまった。私が何を決めるのだろうか、と考えているとお坊ちゃまは今度こそ私達に頭を下げた。 「...そうですね、じゃあそろそろ失礼します。」 そう言って踵を返し私達に背を向けると、お坊ちゃまは歩き出した。少しずつ小さくなるお坊ちゃまの背中を見つめる。 もし次に会う時にはもっと身長が伸びているんだろうか、など頭に浮かぶものの、ずっと一緒に居たのに明日からは離れ離れになる事に未だ実感が湧かなかった。 「じゃあなーー!!ヨーデーー!!!」 不意に大きな声で叫ぶルフィさんの声に振り返ったお坊ちゃまに、私も大きく手を振った。 「今日は宴だーーー!!!」 「「「イエーイ!!!!」」」 宴...そんなのした事が無いが、どういった物なのだろうか。屋敷では誕生日パーティならした事があるが別物なのだろう。 「名無し!今日はお前の仲間入りを祝う宴だぞ!」 「私の...」 私が仲間に入ったことを祝ってくれるなんて。あんなに迷惑かけたというのに、私がお礼をしたいくらいなのに。 それに... 「あの...私、本当に皆さんとご一緒して良いのでしょうか。」 「どうしてそう思うの?」 ナミさんの問いかけに、少しずつ答えた。 屋敷を出ることはもう覚悟してたこと。 だが、これから先未知の世界を旅していくことにまだ実感が湧かず、何より私は魔女としての力をまた出せるかどうか分からないこと。 どうしたら魔法が使えるのか、その術も知らないこと。 「きっと皆さんの足でまといになってしまいます。」 「別にいいじゃねえか、それで。」 「え、」 「俺が仲間にしてえって、一緒に旅してえって思ったんだからよ。いざとなったら俺らを頼れよ、そう言っただろ。」 何度も言わせるな!と口を尖らせるルフィさんに、はい、と小さく返事した。 生まれて初めての宴会は体験したことが無いほどの驚きと楽しさで溢れていた。 いつも食事をしているダイニングではなく、空と海が一望できる甲板の上でルフィさんの一言から始まった。 「それじゃあ野郎共ー!名無しの仲間入りを祝って乾杯だー!!!!」 「「「「「乾杯ーーー!!!」」」」」 皆さんの持つグラスにはお酒が、私の持つグラスにはサンジさんが特別に作ってくださったジュースが入っている。 「皆さん、ありがとうございます。これから、よろしくお願いします...!」 「よろしくな!にししし!」 ブルックさんの奏でる心地よい音楽が流れ、甲板の上に置かれた大きなテーブルの上にサンジさんの美味しそうな料理が目一杯並ぶ。 ルフィさんやチョッパーさんはお腹が大きくなっているのにまだ食べ続けていた。ナミさんとゾロさんは顔を真っ赤にしてお酒を流し込む。それを笑顔で見守るロビンさん。 皆さんが心の底から楽しそうで、その光景が今までの生活とかけ離れ過ぎていて夢みたいで目が離せなかった。 「大丈夫かい?」 「あっ、サンジさん...」 優しいサンジさんの声も心地よく感じる。 いつでも気遣ってくれる彼に胸が高鳴る。 「大丈夫です...いつもありがとうございます。お食事も、このジュースも本当に美味しいです。」 「ありがとう〜!嬉しいなあ〜!じゃあデザートでも適当に持ってきちまうな。」 「いえ!私、自分で...」 「今日は君が主役なんだ。今まで頑張ってきた分、甘えてくれねえかな?」 頑張ってきた...私、頑張ってたの? そんな事考えたこと無かった。 そう言ってくれたことが嬉しすぎて、そしてこの今の船の雰囲気に乗せられてか私はらしくない事を言ってしまった。 「はい...じゃあ、サンジさんに甘えます。」 「......」 「サンジさん?」 「あっ!?ああ!分かった!じゃあ待っててくれるか!?」 やはり図々しすぎたことを言ってしまっただろうか、サンジさんは少し驚いた表情をしていた。冗談交じりにせよ、言ってしまったことを少し後悔した。 果てしなく続く海を見ていると自分は何てちっぽけなんだろうと再認識させられる。 10年間あの屋敷に仕えて、両親と暮らせる未来を信じてた。 私はこれから、心強く優しく自由な方達と色んな場所へ旅に出るんだ。それはとてつもなく楽しみで、とてつもなく怖い。 早く自分の力を自分で操れるようになりたい。 もしもこの先力が使える見込みが無かったら、私は船を降りなければ。 屋敷のメイドという立場から解放された今、私はなんの為に誰の為に生きていけば良いのか分からなくなってきていた。 「名無しちゃん、お待たせ...ってどうしたんだ!?」 「え...」 「何で泣いてるんだ!?誰かに何かされたのか!?どこか痛むのか!?」 「私、泣いて...何ででしょう。すみません、何でも無いんです本当に。」 いつからこんな涙脆くなったのか。 10年分の涙でも溜まっていたのだろうか。 「...私は、本当にこの船に必要な存在でしょうか?」 「え、」 「何の目的も無く力も発揮できる保証もありません。何より、なんの為に生きれば良いのか...」 分からない、と言う言葉と同時に目の前にハンカチが差し出された。顔を上げてみればそこには優しく微笑むサンジさん。 「君はこの船に必要な存在だ。だからルフィも仲間にしたいって言ったんじゃねえか。そんな保証も要らねえ、名無しちゃんが居てくれるだけで十分なんだよ。」 「サンジさん、」 「何の為に生きるかなんて誰も分からねえ。でも生きて俺達と旅してりゃ、名無しちゃんのしてみてえ事も沢山出来るし、楽しい事も沢山ある。何より俺達の為に、生きてくれねえかな?」 この船の皆の、為に... 私が両親に思っていた事。 私の為に、どうか生きてと願っていた。 「はい...」 サンジさんのハンカチで涙を拭いながら、私はいつの間にか彼のジャケットの裾を握り締めていた。 前へ / 次へ [しおり/もどる] ×
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