18 毎日毎日泣きたくなるぐらい、その人は私に厳しかった。私が何か失敗すればすぐに嫌味を言われ、休む間もなく勉強もさせられた。 私が1人前のメイドとして働けるようになるとシワシワの手で頭を撫でてくれた。 「よく出来ました。」 その言葉を今でもはっきりと覚えている。 やっとこの人に認められた、と嬉しかった。 しかしある日突然倒れそのまま息を引き取った彼女の顔はとても穏やかで、見ていると泣いてしまいそうになったが、また叱られてしまいそうで涙を堪えた。 あの人が、私のおばあちゃん…? 「...屋敷で働きたいと尋ねて来た時には病を抱えていて魔女としての力はもう無いに等しかった。息子夫婦と孫が近くの村に住んでいるからこの島に住みたいと...縁を切られてしまったから会うことは出来ないと言っていた。」 静まり返った船に響くご主人様の声。 それを聞きながら私は実のおばあちゃんだというあの人の顔を必死に思い出していた。 「彼女を雇った数日後、ドクターガフが屋敷に訪ねてきた。彼はウィッチ海賊団の船医だった。」 「ウィッチ海賊団...船員の殆どが魔女という海賊団ね。」 「ああ、だが奴らは若い魔女を仲間に欲しがっていた。魔女の卵を自分達の力でより優れた魔女に育て、これ以上魔女を絶やさない為に。あのメイドが魔女という事と孫が居るという事を聞きつけた奴らはドクターガフに偵察させたんだ。そして目をつけられたのが、名無し...お前だ。」 「私が...魔女の孫...」 頷くご主人様の目を見つめ返す。 突然の事で頭が更に混乱する。 何から理解していけばいいのか、分からない。 「じゃあ、名無しをその海賊の仲間にする為にドクターガフは屋敷に...?待って、都合良く行き過ぎじゃない!?そんなタイミング良く名無しの住んでいた村が襲われるなんて...!!」 ナミさんがご主人様に問いかける。 それを聞いた私は想像したくない事を予感してしまった。もうこれ以上失望させないでと、全部嘘だとその口で言って欲しかった。 「仕方が無かった...あの屋敷を、家族を守る為に...!」 「じゃあ村を襲ったのは...」 「元々屋敷に仕えていた護衛の者達だ...」 ロビンさんの言葉に小さく頷きながら言うご主人様。 もうやめて、と心の中で叫ぶ。呼吸が苦しい。 「従わなければ屋敷と家族を奪うと脅されて...仕方が無かった!すまない...!本当に...!本当に...!」 何を言われても、もう私の両親は居ない。 私の中の何かがふつふつと音を立てているような感覚に陥る。 ナミさんの腕から抜け、立ち上がりご主人様を見据える。 次の瞬間、ご主人様が苦しそうに首元を抑えながら宙に浮いた。 「...くっ、名無しお前...!」 「名無し!」 ご主人様の声もお坊ちゃまの声も私の耳に入らない。ただ、両親の顔だけを思い浮かべた。 家族を失いたくなかったのは私だって同じだ。嘘をつかれて働かされていた事よりも何よりも、大切なものを奪われた事が私の胸を締め付けた。 そしてそれは自分でも抑えきれないものとなり憎しみで溢れた。 「名無しちゃん!」 はっ、として我に帰るとドスン、とご主人様は床に落ちた。 声の主の方へ目線を向けると、金髪の髪を靡かせながら私を見つめるサンジさんと目が合った。 「あ、わ、私...あの、ごめんなさ、い」 「...落ち着きなさい、名無し。」 ご主人様を殺してしまいそうになった自分が怖くなった。 震える私をナミさんが宥めてくれる。 そして次に聞こえてきたのは、私が今最も会いたくない人の声だった。 「どうしたんだマラク!!そのザマは!!」 「ドクター、ガフ...」 「名無し、ようやく魔女として目覚めたか!」 いつの間にか船の縁に立っている憎き男の方へ視線を向けると、同時にサニー号の隣に小ぶりな船が停められているのが目に入った。 「私達はこの時を待ち望んだ!16歳にしてやっとか!これで我々ウィッチ海賊団は途絶えることは無くなった!マラク、良かったなぁ。もう移住する必要は無くなったぞ。」 もしかして、ご主人様達は私を逃したから屋敷を取ると脅されてこの島を出ると言ったの? 唇を噛み締めてドクターガフを睨む。 「そう睨むな名無し、お前はウィッチ海賊団の誇りだ。こいつらの住処を守ることも出来たんだぞ。これからお前を最上級の魔女として育ててやる。そして、お前はヨーデが18歳になったら結婚するんだ。だよな?マラク。」 すまないヨーデ、とお坊ちゃまに向かって目を伏せながら言うご主人様に思わず声を上げる。 「ご主人様...!どういう事ですか?」 「...家族を守るためだ。」 涙を流すご主人様を見て笑うドクターにギリ、と歯を食いしばる。 笑っている男を振り返るとそんな顔するな、とニヤニヤと尚も笑っている。 「この子の人生を、あなたが決める権利は無いでしょう!?誰と結婚するのかは、この子自身がこれから...色んな出会いをして決めることです!この子の自由まで、奪わないで!!」 「何言ってるんだ、ヨーデだって...ブホァ!!」 たまらず声を上げると先程のようにドクターガフの姿が消え、ルフィさんの伸びた腕が目に入った。 「黙って聞いてりゃ、なんだそれ。」 「はぁっ、麦わらのルフィ...!...関係ないだろうが、お前には!」 「関係あるに決まってんだろ!名無しは...!俺達の仲間なんだからよ!!!」 床に打ち付けられたドクターは息を荒くしながらルフィさんに怒鳴るが、それに返された彼の言葉に私は目を見開いた。 私を仲間と言ったのは空耳じゃないだろうか。 「な、なにを...!そいつはウィッチ海賊団に入るんだ!そしてヨーデと結婚し、子孫を残し、新たなる魔女を...ブファッ!!」 「だから勝手に名無しちゃんの結婚相手を決めんじゃねえよ。それは名無しちゃんが...」 決めることだろうが!!!と2回目の蹴りをドクターに入れるサンジさん。もう既に死んでしまいそうなドクターにもう一度蹴りを入れそうな彼に、待ってください!と声をかける。 「名無しちゃん、」 「サンジさん、私から言いたい事があるので...」 サンジさんの袖を掴みながら、床に倒れ込むドクターを見下ろした。 「私は貴方の仲間になる気は一切ありません。両親の事は、死ぬまで許さない。そして今後もマラク一族に関わるなら...今度は私があなたを殺します。」 「......ひっ、」 「にししし!よく言った名無し!!」 ゴムゴムのバズーカーーっ!!!!というルフィさんの声と、共にドクターは遥か彼方へと消えていった。 「ルフィ!名無し、仲間になるのか!?」 「おう!そうだぞ!」 「ルフィ!お前いつも勝手に決めんなよ!」 チョッパーさんの問いに即答するルフィさんにウソップさんが声を上げる。 ドクターガフが飛んで行った空を見上げながら3人の会話に耳を傾ける。 仲間...確かにさっきルフィさんは私のことを仲間と言っていた。しかし、 「ルフィさん、お言葉は嬉しいですが...私は、」 「お前、俺達と冒険したくねえのか??」 「え?」 「自由になりたくねえのか?」 ルフィさんの言葉に言葉が詰まる。 冒険、そして自由...未知すぎて怖い、でも何故か心が踊るようなワクワクした感情が私の中で渦巻いていた。 「私は...」 「俺はお前と冒険がしてえ!魔女が仲間だなんて最高じゃねえか!」 「いや待てよルフィ!よく考えてみろよ...ウィッチ海賊団ってのが襲ってくるかも...」 「大丈夫だってウソップ!そんなのぶっ飛ばしてやりゃいいじゃねえか!」 顔を青くしたウソップさんがルフィさんに抗議するが満面の笑顔で言うルフィさんに、ダメだ、もう止められねえ...と項垂れた。 前へ / 次へ [しおり/もどる] ×
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