17 サンジさんとのやり取りを終えたお坊ちゃまは私の前まで来ると静かに続けた。 「...名無し、君はここに残れ。僕は屋敷に戻る。」 「そんな、でしたら尚更私も...!」 「名無し、分かってくれ。頼む。」 分かってくれって、分からないよ。 今まで私を助けてくれた貴方を、黙って見過ごせと言うのですか。 足を護衛の方へと向け歩き出すお坊ちゃまに待ってください、と声を掛けた瞬間おい、と後ろから声がした。 「あいつの意思を無視するつもりか?」 「ゾロさん...」 腕を組んで立つゾロさんに言われお坊ちゃまの背中を見つめることしか出来ない。 歩いてゆくその後ろ姿に胸が一杯になると同時に私は今自分がすべき事が何なのか分からなくなってしまった。 「ヨーデ!名無し!」 大きく響くその声に心臓が止まるかと思った。 聞きなれたこの声は...と、声のする方へ目をやると丁度甲板まで上がってきた数人の護衛とご主人様の姿があった。 最初に来た護衛が屋敷へ連絡でもしたのだろうか。 「ご主人様...」 「ヨーデ、帰るぞ。名無し...戻って来なさい。麦わらの一味皆様、我が屋敷の護衛達がご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありませんでした。それから、息子とメイドも...大変失礼致した事をお許し願いたい。」 クルーの方々に大きく頭を下げるご主人様を、ただただ見つめていた。 私の事をメイドと言ってくれた事に少し嬉しさを感じてしまった自分がまだ居た。 「丁度いいや。おっさん、聞きてえことがあるんだ。」 「...何でしょうか?」 「名無しの父ちゃんと母ちゃんはどこに居るんだ?」 ルフィさんが低い声でご主人様に問うが、ご主人様の口からは思いも寄らない言葉が発せられた。 「...それはお答えすることは出来ない。」 「どうしてよ!?」 「名無しのご両親とのお約束なので...」 「10年も会ってないのよ!?せめて顔を見るだけでも...!!」 ナミさんがまるで私の心を読んでいるかのようにご主人様に質問してくれる。 だが会うことは叶わない。その事に私は頭を項垂れた。 約束とは、何なのか。お父さんとお母さんは私に会いたくないのだろうか。次々出てくる可能性に頭が追いつかない。 「お父様!いい加減にしてください!名無しにはご両親に会う権利があるでしよう!約束とは何なんですか!?僕は...僕はお父様が何を考えていらっしゃるのか、分かりません...!」 「ヨーデ...」 声を荒らげるお坊ちゃまにご主人様がゆっくりと近づき、目の前に立つと彼の顔をパンッ!と平手打ちした。 「ご主人様っ...!!」 「ヨーデ、お前は黙っていなさい。私の言う事を聞いていれば良い。分かったか。」 「...っ、」 いても立っても居られなくなった私は2人の元まで駆け寄り、顔を抑えるお坊ちゃまの肩を抱いた。 「ご主人様、分かりました!分かりましたから...!この子には手を上げないでください!」 「名無し、自分の立場を分かってるのか?」 ギロリ、と睨まれたその目に身体が震える。 こんな目をしたご主人様を今まで見た事があっただろうか。 「元はと言えばお前が屋敷を抜け出さなければこんな事にはなっていないだろう!?私の言うことに従っていれば良いものを...!」 「待てよおっさん。どういう意味だ、そりゃ。」 「そのままだ!こいつはメイドだ!屋敷に仕えるメイドなのだから、主人である私に従うべきだろう!?」 ルフィさんの問いかけに私を指さしながら声を荒らげるご主人様に、この人は私の知っているご主人様とは違いすぎて頭が混乱する。 そして次の瞬間私の前からご主人様の姿は居なくなっていた。それと同時にルフィさんの腕が伸びている事に気がついた。 これが、悪魔の実の能力...? 船の縁にまで飛ばされたご主人様は頬が腫れて口の端から血を流していた。 お父様!と私の腕から抜け、お坊ちゃまがご主人様に駆け寄る。 「...悪いなヨーデ。でもな、何で名無しが、お前に従わなきゃならねえんだ!!」 「おい!海軍へ連絡しろ!ご主人様を安全な場所へ!」 「うるせえ!!!!」 ゴムゴムの鞭ーっ!!!と言葉と共に、その場に居た護衛全員が船の外へと弾き出された。 この世の物とは思えない光景に身体が固まる。ご主人様の傍に居るお坊ちゃまも、目を丸くしていた。 「おっさん、言えよ。」 「な、何を...!」 「名無しの父ちゃんと母ちゃんの居場所に決まってんだろ。」 言わねえなら...!と拳をポキポキと鳴らすルフィさんに、分かった!と言うご主人様に全員の視線が集まる。 「名無しの両親は...もう居ないんだ…!」 「...え......?」 「名無し、お前の両親は...もうこの世に居ないんだ。」 何を言っているのだろうか?この人は。 嘘をつく内容にしてはあまりにも残酷すぎる。私を見つめながら言うご主人様の目は嘘をついているとは思えなかった。 「すまない...」 「そんな...なぜ、何故ですか?だって、さっき、両親と約束したって...それに、今治療中なのでは…っ、」 「っ、すまない...」 「い…いつですか、私の両親が亡くなったのは...」 「10年前の、あの時からだ...」 10年前...村が襲われ、死にそうになった私達を助けてくれたあの時から。 嘘だ。確かにご主人様は2人を助けると、そう言ってくださった。 訳が分からず身体から血の気が引いていくのが分かる。 「そんな、嘘...ですよね。だって2人共回復に向かっているって...」 「.........」 「じゃあ、私は...今までなんの為に...」 身体から力が抜けその場に崩れる。 目頭が熱を持ち始め、鼻がツンとする。 先程流したはずの涙がそれ以上に溢れてくる。頭では分かっているのに、心が追いつかない。 「てめえ!ふざけてんのか!そんな事、嘘でも言って良いと思ってんのか!!!」 「...嘘ではない。」 「なんだと...!!?」 ご主人様の胸ぐらを掴みながら青筋を立てながらサンジさんが問い詰める。 ただただ涙を流す私の元へナミさんが駆け寄ってきて抱きしめてくれる。 その瞬間、私はここへ来て初めて声を上げて泣いた。 「じゃあ何で...名無しを召使いにしたんだ。」 「名無しの命は助けてやっただろう...!住む場所も無いそいつに衣食住全てを与えてやった...!!」 ルフィさんが麦わら帽子を深く被りながら、尚も低い声でご主人様に問う。 ご主人様の言い分も、分からなくは無かった。確かに私は不自由無く今まで暮らしてきた。 ただ、この10年間嘘をつかれた事実は変わりない。お父さんとお母さんがもうこの世に居ないという事も。 「...本当にそれだけかしら?」 黙っていたロビンさんが口を開く。 ナミさんの胸の中で止まらない涙を拭いながら耳を傾ける。 「どういう意味だ...?」 「名無しの両親は10年前に既に亡くなっている、だけどその代わり住む場所も無い彼女をメイドとして雇い衣食住全てを与えてあげた...本当にそれだけ?」 「そ、そうだ...!」 「さっきヨーデから聞いたわ。この先名無しをメイドとして雇うつもりは無いって。」 そうでしょう?とお坊ちゃまに視線を向けるロビンさんに、彼は小さく頷いた。 「...そうです、お父様。そう仰ってましたよね?」 「それは、」 「納得出来る理由を聞かせてもらおうか。」 言葉を詰まらせるご主人様にフランキーさんが詰め寄る。 「っ...ダメだ...!言えない...!申し訳ない名無し、許してくれ...」 私に向かって土下座をするご主人様を、直視出来なかった。 もう私の知っているご主人様ではない。 「じゃあ息子にお別れを言うんだな。そうか...でも嬢ちゃんはお別れ言えなかったんだよな?」 「ま、待ってくれ!!」 「死ぬか真実を話すか、選べ。」 フランキーさんは今にもご主人様の命を奪ってしまいそうな目で淡々と言う。 「...名無し、お前は自分の祖母を覚えているか?」 「...顔は知りません。母方の祖母は私が産まれる前に他界したと聞きました。父方の祖母は…理由は分かりませんが両親は祖母と縁を切ったと聞きました…」 何故今になってそんな事を聞いてくるのか、抱く疑問は尽きなかったがそれが今までの話とどう関係あるのか分からないままナミさんが抱きしめてくれているからか、少しずつ落ち着きを取り戻しご主人様の問いに答える。 「そうか...名無し、お前のその父方の祖母はな、魔女だったんだ。」 「ま、じょ...?」 「...魔女だなんて...言い訳ならもっとマシな事言いなさいよ!」 「本当だ...!お前のお父様が自分の母親と縁を切ったのも、それが理由だ。」 「なぜ、ご主人様が、そんな事を知って...」 ナミさんも疑いの言葉をかけるが、話すご主人様の様子から嘘を言っているようには見えなかった。 「お前の祖母は、元々屋敷のメイドだった。...名無し、お前も会ったことがあるだろう。」 「...え、まさか...」 「お前が12歳の時に亡くなったあのメイドは...お前の祖母だ。」 前へ / 次へ [しおり/もどる] ×
|