10 「それが...」 「なんだ?失敗しちまったのか?」 曇った表情を見て船長のルフィさんが問いかける。この人も悪魔の実の能力者らしい。 昨晩の出来事を大まかに、恐らく失敗してしまったであろう事とその後自分に課せられた罰について説明すると苦い顔をしたサンジさんがポツリと酷えな...と零した。 「いえ、私が命令に従わなかったのが悪かったんです。」 「だとしても、部屋に閉じ込めるなんて...」 ナミさんはそう言ったが、ご主人様を裏切った私が悪いのだ。 だが来週には違う島へ引っ越すことを何故言ってくれなかったのか、それが心に引っかかっていた。 「ご主人様も命の恩人なんです。私だけでなく、両親も助けてくださった。」 「じゃあ、ご両親も一緒に屋敷に?」 ロビンさんに聞かれ、いいえと答える。 10年前3人で暮らしていた村が襲われ両親はこの島で1番大きな病院で診てもらってる事を伝える。だがその10年間、顔を見れていないという事も。 「会いに行きゃ良いじゃねーか。」 当たり前の様に言うルフィさんに私もそうしたくて10年間仕えた屋敷を抜け出し病院に行った経緯を説明した。 そしてあの馬車を追いかけていた理由も付け加えて。 「スーパー健気だなぁ〜!お嬢ちゃん!」 10年も両親の為に働き続けてるなんて!とサイボーグだという相変わらずパンツ一丁のフランキーさんが泣きながら声を上げる。 「ちょっといい?いくつか聞きたい事があるんだけど。」 「はい…」 「名無し、あなた何か能力を持っているの?昨日の花の件といい、閉じ込められたのにどうやって屋敷から抜け出したの?」 ナミさんに聞かれたそれは私が1番疑問に思ってる事だった。 答えたくても答えられない。 「それが、分からないんです。私自身も訳が分からなくて。知ることが出来るなら知りたいんですが...」 おかしいですよね、と消えそうな声で続けるとロビンさんが何やら紙を取り出し私の前にそれを広げた。 「こんな実、見たこと無いかしら?」 「...何ですか、この実?」 「悪魔の実よ。」 これが悪魔の実...なんだか変な模様をしていて1度でも目にしたら忘れなさそうだが、両親と村で暮らしていた頃も屋敷に仕えてからも、私は見たことが無かった。そんなに有名なのだろうか。 「無いですね...」 そう、とロビンさんはその紙を畳んだ。 腑に落ちない船員をよそに船長のルフィさんは、まーいいじゃねーか!と満面の笑みで言った。 「名無しはすげえ奴ってことだろ!」 なんだかとても簡易な言葉だが私はとても嬉しくなった。すごい、なんてこの10年間誰かに褒められた事なんて無かったから。 「ありがとうございます...ルフィ、さん。」 「何がだ?」 もしかして本当に適当に言ったのかもしれないなと思いつつ何でもないです、と返した。 それでも、嬉しかったから。 「そういや屋敷には戻らなくていいのか?それとも、そのドクター何とかをまた探しに行くのか?」 ウソップさんに言われ、そうだったと思い返す。しかし屋敷には戻れない。 戻ってしまったら、もう両親には2度と会えない気がした。お坊ちゃまに最後に謝罪とお礼を言いたかったが元々接触禁止令が出ている事もあり、それは叶わないのも確実だった。 でも無断で屋敷抜け出してきたんだっけか、と言うウソップさんの言葉を聞きながら、だからと言ってここへも居られない、と私は皆さんに向き直った。 「...とりあえず今日はこれからの事をよく考えてみます。皆さん、度重なるご迷惑をお許しください。今日は本当にありがとうございました。」 それでは、と扉へ足を向かわせようとした時後ろから肩を掴まれた。 「待った。」 肩を掴まれ振り返ると近くにサンジさんの顔があり不覚にもドキっとしてしまったが彼は真剣な顔をしており、その真っ直ぐな瞳はそのままに私の肩から手を降ろすと続けた。 「どこ行くんだ、名無しちゃん?考えてみるったって屋敷には戻らないんだろ?」 それはそうだが、この船にもいつまでもお世話になる訳にもいかない。心配してくれているのであろう目の前に居る紳士に向き直った。 「あ、えと、ちょっと寄りたいところがあるので。」 「......」 私の答えが腑に落ちないようだったが、寄りたいところがあるのは本当だった。 「おいくそコック、そいつがそう言ってんだ。引き止めてやるな。」 「!なんだと、」 「あーもーあんた達!やめろっての!...名無し、もし何かあったら私達のこと頼りなさい、数日はここに居るから。でしょ、ルフィ?」 おう!そうだぞ!と私に向かって叫ぶルフィさん。みんなの優しさに甘えてしまいそうになる。 こんな海賊なんだか可笑しいけど、とても素敵だ。 「ありがとうございます、本当に。では、失礼致します。」 傍に立つサンジさんに向かって彼にしか聞こえない音量の声でありがとうございました、ともう一度伝えた後扉を開いた。 船を降りると私は目的の場所である図書館へと向かった。 「...一歩を踏み出さなきゃ。」 麦わらの一味は食料は無事調達する事も出来、あとはログが溜まる数日間待つだけだった。 「名無し、大丈夫かな。」 チョッパーが堪らず口に出す。ダイニングに残ったナミとブルックがつられるように口を開いた。 「...海賊船に忍び込むような子だものね。根は強い子なんだろうけど、なーんか心配になっちゃう。」 「あの様子ですと名無しさん、屋敷には戻らないんでしょうね...。」 はぁ、と同時に息を吐くとサンジが夕飯の仕込みを始める音が聞こえてきた。 「ルフィまだ戻ってねぇかの?」 夕飯の良い匂いに引き寄せられるようにウソップがダイニングへ入ると、そこにはいつもだったら真っ先に席に着いている腹ぺこ船長の姿が無かった。 ルフィは名無しが船を出た後、どうしてもこの島の飯が食いたいとナミにお金を受け取り街へ出て行った。 「確かに遅えな。迷子になってんのか?」 「ゾロ程じゃ無えけど、それは有り得る。」 「聞こえてんぞ、ウソップ。」 フランキーとウソップの話し声にゾロが突っ込む。確かにゾロ程方向音痴ではないが、道に迷ってる可能性は高い。 しかしあいつだったら道に迷おうと、どんな手段をつかってもこの船に帰ってくるのはクルー全員が分かっていた。 図書室に篭っていたロビンも集まり、いよいよ残り1人となった頃だった。 「悪ぃ!遅くなっちまった!いい匂いだなー!サンジ、夕飯!」 「もう出来上がるから手洗ってこい。」 「分かった!名無し、手洗いに行くぞ!」 ダイニングに居た全員が耳を疑い、ルフィの方を見る。その視線に、ん?といった表情でなんだ?と呟く我らが船長。 「ル、ルフィあんた今、名無しの名前呼ばなかった?」 「おう、そうだ!名無しこっち来いよ!」 ルフィはナミの問いかけに思い出したように言うと、扉の外に声をかける。その入口からひょこ、と顔を覗かせたのは数時間前にこの船を出ていったはずの名無しだった。 前へ / 次へ [しおり/もどる] ×
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