LONG "To the freedom." | ナノ



9



目を覚ますとベッドに寝かされていた。上手く回転しない頭で気を失う前の事を思い出す。ドクター・ガフを乗せた馬車を追いかけ、昨日潜り込んだ海賊船の船員に再会しその後…


「どうしたんだっけ。」

どうしてこんなに自分が冷静でいられるのか。もうどうでも良くなってきた。両親を助けて欲しくてあの屋敷に仕えてきたのに、顔を見ることさえ許されないのか。

見たことの無い天井を見上げここはどこなんだろう、と上半身を起こし周りを見回すと医療系の本や器具が目に入った。
おでこに違和感を感じ手をやると昨晩切った傷が手当てされている。

首から下がったペンダントを握りしめ、固く瞼を閉じる。


「お父さん、お母さん…私これからどうすれば、」

そんな問いかけには誰も答えてくれるはずもなく、代わりにこの部屋の扉が開く音がした。


「...あ、目覚めたかい?」

声がしたそこには昨日自分を気遣いお茶を入れてくれた金髪の男性が部屋に入ってくる所で、その手にはまたもマグカップが握られていた。


「あの、」
「チョッパーが…あー、ウチの船医が倒れたのは疲労のせいだって言ってたぜ。無理は禁物だ。」

そうか、私あの後倒れたんだ。
昨日と同様はいどうぞ、とマグカップを渡され、またも受け取って良いのか戸惑いながらありがとうございます、と受け取った。

この人が居るという事はここはまさか昨日潜り込んだ海賊船か。チョッパーという名の船医は誰を指しているのだろうか。
そもそも本当に海賊なのか、なぜこんなに優しくしてくれるのだろう。目の前で倒れたとはいえ素性も知らない女を助けるだろうか。何か見返りを求めているのか。


「......なぜ、」
「ん?」
「なぜ助けてくれたんですか?なぜこんなに優しくしてくれるんですか?私は、昨日ここへ潜り込んだ者ですよ。何者なのかも分からない私のこと、なんで...、」

怖い、こんなに優しくしてくれる裏には何かあるんじゃないかと考えてしまう。問いかけ続けないと、ここから帰してもらえないような。
ああでも、そうだ、私には帰る場所がもう無いんだった。

金髪の男性は私の言葉を聞くとベッドの傍にある机に軽く腰掛け煙草を取り出すとそれに火を点けすう、と吸い込むとふう、と煙をはきだし言った。


「...確かに昨日君はこの船に忍び込んだ。そして今日、また俺達と偶然再会した。これって何かの縁だと思わないかい?」

まあ昨日のことが無くても関係無いけどな、と続ける男に私は、縁?そんな言葉で片付けられるものだろうかと疑問を抱く。そんな理由で人を助けたりするだろうか。

いや10年前のあの時、お坊ちゃまは見ず知らずの私達を見つけるとご主人様を呼びに行き助けてくれた。それも縁だというのだろうか。


「色々聞きたいことはあるが、まずは名前を聞いてもいいかな?」
「...申し遅れました、私は名無しと申します。」
「名無しちゃん、か。素敵な名前だ。俺はサンジ、この船のコックだ。よろしくな。」
「サンジ、さん...」

コック...屋敷のシェフのように白い調理服と帽子などは被っておらず、コックのイメージとは掛け離れたオシャレな青いワイシャツに黒いネクタイとスーツをピシッと着こなし長い足を放り出しているその姿に少し見惚れた。

どことなく雰囲気が似てるせいかお坊ちゃまも大きくなったらこんな感じだろうか、と呑気なことを考えてしまった。


「...あー、名無しちゃん?そんな見つめられると照れちまう。嬉しいけどな。」

サンジさんのその言葉にはっとしてすみません、と慌てて顔を伏せ小さな声で言う。その私の様子にサンジさんは可愛いなー、と呟いた。
可愛い?そんなこと今まで男の人に言われたことなど無く顔が熱を帯びてくるのを感じ顔に手を当てた。

そして今度こそ私の為に入れてくれた紅茶を頂きごちそうさまでした、と言うとどういたしまして、と返されすっと綺麗な長い指をした手が伸びてきて私の手から空になったマグカップを抜き取った。

義務的ではない自然なその仕草にまた胸が高鳴った。まるでお姫様にでもなったような気分に陥る錯覚を覚える。

サンジさんは私がお茶を頂きながら船長は麦わら帽子を被った人という事や、他の船員の大まかな説明をしてくれると奴らにも自己紹介してやってくれないかな?とお願いしてきた。
助けてくれた恩人である方々にお礼を言いたかった為、勿論だと意思表示をした。


「荒っぽい奴も居るけどあまり固くならずに、な?」
「はい...かしこまりました。」

口癖とは怖いもので、この人に仕えてる訳でもないのにメイド口調で返してしまった。

それを聞いたサンジさんは何故か顔を手で覆い何かブツブツ呟いていた。
かしこまりました...だと...というのが聞こえたが、そんなに変だっただろうか。

サンジさんに連れられダイニングの扉を開けると、昨日と同じようにに一斉に視線がこちらへ向けられた。
刺さるような視線にデジャヴを感じる。


「もう大丈夫か?」

トトト、と駆け寄ってきたのは鹿の子だった。サンジさんから説明を受けたので、この子がチョッパーさんという事がわかった。
悪魔の実という物を食べ元々動物だったが人のように話したり歩いたり出来るようになったという。ちなみに鹿ではなくトナカイらしい。そんな彼に目線を合わせるために膝をつく。


「チョッパーさん、ですよね。昨日と今日と、ご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありません。もう大丈夫です、ありがとうございました。」
「お、お礼なんて言われても嬉しくねーよ!コノヤロがっ!」

でも良かった、と続けるチョッパーさんに可愛いと感じた。もしかしてサンジさんが先程私に言っていた可愛いとは、こうゆう事だったのだろうか。なんだか自分が滑稽に思えて恥ずかしくなった。

今度は再び立ち上がり他の7人に顔を向ける。何かお礼の言葉を、と考えているのも束の間だった。


「あなた、この島に住んでるの?」

オレンジ色の髪をした女の人が私に問いかける。この人は航海士のナミさん。海の気候を体で感じ取ることが出来るほどの能力を持ち、その上容姿端麗である。


「申し遅れました、私は名無しと言います。この島のマラク邸でメイドとして雇われています。」
「メイドさんですか、どうりでどこか品がある訳ですねぇ。あの、パンツみせてもらってもよろし...っへぶ!!」

名を名乗りナミさんの問いに答えると、骸骨...ではなくチョッパーさん同様、一度命を落としたものの、悪魔の実により生き返ったというブルックさんが反応する。

ぱ、ぱんつ...?と戸惑っているとナミさんがブルックさんに拳骨を食らわせた。


「...メイドが海賊船に潜り込む目的はなんだ?本当に花ごときで潜り込んだのか?」

呆気に取られていると緑色の髪をし、3本の刀を腰に携えた男の人が険しい顔で私に問う。サンジさんが1番荒っぽい奴と説明してくれたゾロさんだ。

その表情から、私の事をかなり警戒している様が見られる。昨日、私の存在に気づいた張本人であるという。


「昨日は、本当に申し訳ありませんでした。ええと、その...」

私は事の経緯を説明した。命の恩人であるお坊ちゃまの為にどうしてもキキョウの花が必要でこの船に忍び込んだこと。


「だから、無理を承知でお願いを...本当に申し訳ありません。」

花壇の持ち主である黒髪の考古学者ロビンさんに向かって頭を下げた。ロビンさんもこれまた悪魔の実の能力者でいて容姿端麗。
そんな彼女は気にしないで、と微笑んでくれた。美しくて見惚れる。


「へー、それじゃあサプライズは上手くいったんだな!」

異様に長い鼻をしたウソップさんが少し嬉しそうに言ってくれ、大成功だったと言いたかったが私は昨晩の事を思い出し思わず床に目を伏せてしまった。



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