「阿部、」 うわ。と思った。口に出すと笑顔で詰問されるから我慢して唾を飲み込む。それでも、表情は操作できてなかったようだ。 「なあにそんな変な顔しちゃって」 「べ、べつに。いつも通りの顔ですよ」 「ふむ。言われて見ればそうだね」 それはそれでムカつくんだっつのこの野郎。じゃないけどまあ良いや。この人は俺の一個上で水谷の委員会の先輩の彼女の友達の従兄弟だかなんだか。一応スカート履いてるから一応生物学上女だ(と名乗ってる)けど、こいつに性別なんかきっと無い。特にそう言うものを感じない。実は男とかでも動じない自信があるね俺には。余裕だぜ。 「なあにニヤニヤしてるの阿部」 「べ、別にニヤニヤなんかしてませんよ。それより用は何ですか?水谷とか呼びます?」 「ううん。阿部に用だよ」 この時点で確信する。きっとろくでも無い事だ。この人は暇なんだ。やる事がないんだ。だから、 俺で遊びに来たんだ。 「…で、何の用で?」 「そう言えばさあ阿部ー」 この人の唐突な話の振り方に対応出来るようになるまで三ヶ月くらい掛かった。 「何ですか」 「こないだ『今度の定期テストで私が百点採ったら何か一つ買ってくれる』って約束したよね」 げ。 「……や、え?そうでしたっけ?」 約束した。確かに確実に約束した。うっかり約束してしまった。でもあれは。 「そうでした。よね?」 あれは…。三分の四くらいはめられたようなもので。 阿部ってさあ。 何ですか。 私の事尊敬してる? はあ?何言ってんですか。 だって阿部って私の事崇めないじゃない。 ははは。俺までアンタに屈したら世界はもう終わりですよ。 ははは。阿部ったらあ照れちゃって。 ははははは。まあ次の定期テスト全教科百点採ったら崇めても良いですよ。普通に言って。 そうか。じゃあやってみよう。 やれるものならやってみて良いですよ。止めません。 解った。 まーあ全教科はキツいから四教科以上、で勘弁してあげますよ。 そう。ところで阿部は何様なのかな。 はははは。実現出来たら何でも買ってあげます。 はははははは。やってやんよ。 出来る訳無いと思ったから約束した。でも後でよく考えたら、こいつが俺に屈する事なんかある訳無いんだ。出来ない事なら約束しない。そう言う奴だよ。 うーん失敗したなあ。何でも買ってあげなきゃいけない上崇めるなんてそんな。嫌に決まってる。さあどうしてくれようか。 「はい。これ」 「………………これ…」 この間のテストの答案だった。危機を察知してしぱしぱする目を瞬かせながらぺらぺらとめくる。 「今回はかなり頑張ったよ多分。さーて何を買って貰おうかなー」 「…………………」 ヤバイな。腹が痛くなってきた。ってか身体中からミシミシ軋む音が聞こえる気がする。ヤバイヤバイヤバイ。用紙を一枚捲る度に丸く繋がった赤い線が意気揚々と群れている。教員のものと思われる涙の跡が姿を成しているものが一つ。嫌な予感的中。ふっ。何でこう易々と当たってくれるのか何でこう易々とやってのけるのか。本当に全く心から、次元の違う話だな。因みに点数は、百百百百九十三だ。初っぱなから百が四つしゃしゃり出てきていた。九十三は数学だが、細かいミスが敗因だと思われる。まあ内容は理解できない。当たり前。 「………………」 「…」 「……それで?何が欲しいんですか?」 「!…へへっ」 目の前の大魔王はしてやったりのご満悦ってな風に笑った。 「…な、何笑ってるんですか」 「あれ、何顔赤くしてんのかな?」 「…別に赤くしてないですよ。それで?」 「…………………ま、それじゃ、」 長い立ち話ですっかり棒になって固まってた足が、体重移動によって踏み出して、そのまま加速する。掴まれた腕は魔王の握力でじわじわと痛みを感じていく。まったく。この馬鹿力魔王め。 「ちょっちょっと何処行くんですか!?」 「買い物!」 「は…だってこの後も授業あるんですよ!?」 「大丈夫大丈夫!こう言う時の対応はしっかり文貴に叩き込んであるから!」 「はあ!?だっそんなっ俺そんなにっ」 頭良くねーから成績がヤバイんだよ!ったくよ! 「良いよ!解んなくなったら教えてあげるし!」 「はあ…」 「だって欲しいもの買ってくれるんでしょ?」 「………………はあ…」 他の何でもない ただの俺の先輩 「あ、いいよ自分で払うし」 「はっ!?じゃあ何買えば…っ」 「ディズニー連れてって?」 「…………はい?」 「ディズニー、連れてって」 「………もう一度」 「 ディ ズ ニ ー 連 れ て っ て 」 「……………………………………………まじかよ」 「ちかさん嘘吐かないよ」 「……………わかりました」 「……ほんと?じゃあ一緒に行こうね」 「……………………はい」 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 阿部はSの皮を被ったMだと信じて疑わないですはははは 三校時が終わったくらいだと思います 夕練前には帰ってきます と言う言い訳 20101114 [#まえ]|[つぎ*] |