同棲1週間目くらいの話

「フェイ、まだ寝てんのかよ」
ドアを開ける物音とともに薄暗い寝室に光が差し込む。
名前を呼ばれたその人は億劫そうに首をもたげて、眩しそうに細めた目を光の方角へと向けた。
ドアの向こう側から料理の匂いが漂う。現在の彼女の敏感な鼻をもってしても、吐き気を催すような不快さは感じない。
彼のシルエットの隙間から見える風景――リビングのテーブルには、テイクアウトした東洋料理の他に彼女が好んで食べている冷菓子が見える。

「メシ買ってきたけど。食えるか?」
「いい。食べられそうもないね」
全く食欲が湧かないわけではないが、今は何も食べる気が起きない。というか食事以前に何もしたくない。あまりに怠くて起き上がる気になれない。気が済むまで横になっていたい。
「じゃお前の分は冷蔵庫入れとくから。食えそうな時に食えよ」
……だから食べられそうもないと言っているのに。結局そうやって食べさせようとするのであれば、最初から可不可など問わなければいい。

「フィンクス。ご飯、ワタシの分まで用意することないよ」
ベッドの上で毛布に包まったまま、ぼそりと呟く。
「そんなの気にすんな。どうせ自分のついでだし」
言うと思った。彼は昔からこうだ。ついでだから。頼まれたからにはしょうがない。この方が合理的だから。という体裁で何くれと世話を焼きたがる。昔ある友人が言ったように、何だかんだで彼は優しいのだ。
その気遣いは有難いが此方にも自分のペースというものがある。ましてや今は普通の状態ではないのだし、いちいち彼の気持ちに応える余裕はない。

「自分で言たの覚えてない?『私生活に口出ししない』て」
「何も口出ししてねーだろ」
「あんまり構わないで、てコト。ワタシに気を遣うコト何もないよ」
「遣ってねーけど」
「遣てる。ワタシだて自分の食事くらい自分で用意できるよ。フィンクスは好きなもの食べればいいしお酒も自由に飲めばいい。タバコだて部屋の中で堂々と吸えばいいね。ワタシに遠慮しないで普段通り過ごせばいいよ」

突き放すように言うと、彼の人相の悪い顔が、特に目元が更に険しさを増す。怒っているというよりは呆れているような表情だ。
「は、じゃ何か。一言も口利かない。目も合わせない。そこに居ないものとして幽霊みたいに扱えってのか。例えば悪阻でダウンしてるテメーの前で、うめーうめー言ってニンニクたっぷりつけた生肉バカ食いしてビールがぶがぶ飲んで、超くせーゲップ垂れ流しながら隣で寝タバコふかしてても何も文句ねぇんだな?」
「そこまで言てないね」
「ならいいじゃねーか」

彼の極端な例えに思わず苦笑が溢れる。
確かに身重の情婦が同居しているとなれば、彼だって何も思わないということはないだろう。
妊婦が食べられないものを目の前で喫食したり酒や煙草を嗜むのは気が引けるだろうし、こうやって具合悪そうにしていたら面倒のひとつも見てやりたいと思うかもしれない。
その気持ちは有難いと思う。彼の立場も理解できないわけではない。とはいえ自分のせいで要らぬ我慢を強いるというのも、なかなか心苦しいものだ。
要求があれば此方から申し出るから、いちいち余計な気を回さないでくれればいい。何故そんな簡単なことが彼にはできないのか。

「ていうか、そっちこそ人のすることに口出しすんなし。オレがどうしようとオレの勝手だろうがよ」
「……」
ああ言えばこう言う。こう言えばああ言う。
「うだうだヒスってねーでさっさと起きろ。メシ冷めちまうぞ」
「…………」

今し方「冷蔵庫に入れておくから食えそうな時に食え」と言ったのは何処の誰だったろうか。
こう矛盾したことを平然と言ってのけるとは大したものだ。この滅茶苦茶ぶりは盗賊稼業で培われたものなのか、この男の元来の性格によるものなのか。なんにしても呆れるを通り越して感心してしまう。

(……まぁ、仕方ない。こうなること分かってて彼について行ったんだし)
彼女は渋々ベッドから這い出て、せいぜい面倒くさそうな顔をして、彼に促されるまま明かりのついたリビングへと向かった。

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