↑続き

――そういう経緯があって、彼女は彼と同棲することになった。
彼女が持ち込んだ荷物は多くない。携帯端末等の小物と仕込傘と、あとは幾らかの着替えくらいか。

「あ、クソ。埃溜まってやがる」
彼女が僅かな私物を収納している間、彼は帽子を外し白装束を脱ぎ、ぶつくさと独り言を呟きながら掃除用具を片手に棚やテーブルの塵を払って回っている。
「こういうのどっから出てくんだよな、ずっと留守にしてんだから埃なんて立つわけねーのによ。ミドリムシみてぇに細胞分裂とかしてんじゃねーか?ったく……」
何故そこでミドリムシが出てくるのか。自分にはない思考回路とボキャブラリーにそこはかとない可笑しみを覚えて、思わず笑みが溢れてしまう。
「でも意外と綺麗にしてるね」
「『意外』って何だよ、いちいちナメた口利きやがって」
「いや、誉めたつもりだけど」
「どーだかな」
そっちの方こそ、いちいち噛みついてこなくてもいいのに。彼女はクローゼットを閉めながら呆れ笑いを浮かべる。
あらかた埃を取り終えた彼は今一度室内を見渡して、少し考えてから彼女に問いかけた。
「ベッド一つしかねーけど。どうする?もう一個要るか?」
「要らない。一緒(いしょ)に寝ればいいね」
よく分からないことを言う。昨夜までそうしていたのに、何故今さら寝床を分ける必要があるのか。
「イヤならワタシ、ソファとか床で寝るからいいよ」
「バッカ。妊婦を床に転がしとけるかっつーの」
「その妊婦のことメチャクチャに犯してたの誰?」
「うるせぇ。知らなかったんだからしょうがねぇだろ」

産婆に妊娠を告げられる前日まで、飽きもせず身体を重ねていたものだ。
昼も夜も関係なく劣情の赴くまま、避妊具も着けず生の性器を繋げ、幾度となく胎内に精液を注ぎ込まれた。彼の手や舌が触れる度に肌が粟立ち、子宮がきゅんと疼き、彼が果てる瞬間の脈動に感じ入る。それらの感覚を想起すると体が熱を帯びて下半身の奥の方がじんわり湿ってくる。あの時の快感がまた欲しくなって、彼女は無意識のうちに太腿を擦り合わせた。
「ふぅん。知てたら抱かないてこと?」
「……そりゃ、まぁ」
彼の返答は歯切れが悪い。
「何故目そらすか」
「うっせ」
「質問答える。赤ちゃん生まれるまで、しないつもり?」
「……多分」
「何故?」
「決まってんだろ。チビに障るとまずいだろうし」
なんとまぁ、この男は己の生理的欲求よりも胎児の安全を優先しようというのだ。
"鬼の目にも涙"とはこういうことを言うのだろうか?少し違うか。何にしても見上げた父性愛だ。黙って堕胎しようなどと考えていたどこぞの女とはえらい違いだ。有難い限りではあるが、それでは彼女の都合が悪い。
「それ困るね。ワタシが欲求(よきゅう)不満なる」
「は?」
眉間を寄せて訴えると、彼は軽く唇を尖らせ何とも言えない目つきで彼女を見やる。
「知らない?妊娠中、人によては性欲増すよ。ワタシそういうタイプみたい。産むまで禁欲とかホント無理ね、ゼタイ頭おかしくなる」
「無理とか無理じゃないの話じゃねーよ。たった数ヶ月くらい辛抱しやがれ」
彼は知らないのだろう。欲を吐き尽くして気持ちよく熟睡する己の横で、残り火を持て余した彼女が悶々と自慰に耽っていたことを。
「無理て言たら無理。フィンクスがしてくれないならワタシ浮気するかも」
「は?」
「フィンクスもツライだろうし、テキトーに外で済ませたらいいよ」
「おい。いま何つった?」
彼の表情が苛立たしげに歪む。不快感も露に目が据わり、こめかみにくっきりと青筋が浮かぶ。
「……冗談だてば。そんな真に受けることないのに」
「冗談でもやめろよ、そういうの。胸糞わりぃ」
「ごめんね」
「ぜってー許さん」
彼はぶすくれ顔でベッドに寝転び、ぷいとそっぽを向いてしまった。
ああ、臍を曲げてしまった。自分の子供を腹に入れた情婦が他所の男とねんごろになる姿を想像して腸が煮えくり返っているのが手に取るように分かる。
可哀想なことをしたと思う反面、彼の並々ならぬ独占欲を垣間見て歓喜している自分がいる。
我ながらいやな奴だ。彼は一体、こんな性悪女のどこに惚れ込んだのやら。

「ねぇ、フィンクスてば」
「うるせぇ」
悪態をつきながらも、ちゃんと返事をするところが可愛い。苦笑しながら隣に腰掛けて彼の肩に触れる。
彼は彼女の手を払いのけるでもなく、ムスッとしていじけた視線を寄越してくる。
拒絶されないのをいいことに、彼の胴を仰向けに転がして覆い被さる。胸に顔をすり寄せて甘えると、彼は諦めたような溜息を一つ漏らして彼女の背中に腕を回してきた。
「テメェ、もし他の野郎に股開いてみろ。その首捻ってぶっ殺すからな」
「だから冗談だてば。浮気なんてするわけない」
「信用できねぇよ」
「そんなに心配だたらフィンクスがワタシのこと満足させたらいいね」
ちょうど彼女の尻の真下に彼の股間がある。そこにぐっと体重をかけて刺激してやると、彼は小さく身震いして鼻にかかった声を上げた。
「ね。抱いて」
素股をするように腰をスライドさせ、時々わざと強く押しつける。その度に彼がぴくんと反応するのが面白くて夢中になってその運動を繰り返す。やがて我慢できなくなったのか、彼が上体を起こして彼女をベッドに押し付けた。誘惑に負けたとはいえ胎児の存在は気にかけているらしい。いつもなら遠慮なく体重をかけてくるのだが、彼女の腹を潰さないよう膝を立てて少しだけ身を浮かせてくれている。
「……言っとくが、誘ったのお前だからな」
「ふふ」
彼女は目を細めて彼の頬を両手で包み込み、そのまま引き寄せて唇を重ねた。どちらからともなく舌を絡め、唾液を貪るように吸い合う。キスをしながら互いの体をまさぐる。彼の手が下腹部に伸びて、服の上から優しく撫でる。
「これ本当にオレの子なんだろうな」
先程の冗談を根に持っているのか。外見にはまだ兆候のない腹を凝視しながら、彼は疑わしげに呟いた。
「ひどい。ワタシのコト疑うか」
「『ひどい』?そりゃどっちがだ、下らねーことぬかしてビビらせやがって」
「ごめんてば。機嫌なおす」
下着ごとジョガーパンツを下ろされる。彼の指先が秘裂に沿って往復する。割れ目を開いて陰核を探り当てると、ピンと勃ち上がるそれを執拗に弄り始めた。
包皮を剥かれた肉芽はあまりに敏感だ。亀頭部を擦られる度に腰が跳ねて、甘い痺れが脊髄を駆け上がる。
「フェイお前、濡れすぎじゃね?」
彼の指摘通り、そこは既にグシャグシャにぬかるんでいた。膣口から蜜がとめどなく溢れ出る。体温に乗って酸っぱいにおいがぷんと漂ってくる。
熱く潤んだそこに二本の指を挿入されて、くちゅくちゅと音を立てながら掻き混ぜられる。親指で花芯をぐりぐりと捏ねられ、人差し指と中指でGスポットを集中的に擦られる。同時に弱点を攻められて、彼女の喉から切ない喘ぎが漏れた。

ふいに愛撫が止む。股を大きく開かれ、太腿の裏に手を当てて固定される。
見られている。固く勃起した陰核を。外気に晒されキュッと縮まる肛門を。充血しきって淫らな蜜を垂らす女性器を。彼の子供を宿した穴を。
彼が身に付けているものを全て脱ぎ捨てる。露になったそれは天を衝く勢いで反り返り、今にも破裂しそうなくらいパンパンに張り詰めて脈打っている。
「……ゴムねーけど平気?」
「別に平気ね」
今更どういう気遣いだ、それは。
亀頭が入り口に触れる。待ち望んでいた感触に肌が粟立つ。太く熱く赤黒く怒張したそれは、みちみちと肉壁を掻き分けて奥まで入り込んでくる。根元まで埋め込んだあと、互いの局部を馴染ませるよう静止する。胎内が彼で満たされている。子宮まで彼の遺伝子で満たされている。無性に嬉しくなって、胸の奥がギュッと詰まる感覚がした。
「……やべぇ」
「ハハ。なに『ヤバイ』て」
「お前ん中、前と違くねーか?すげー熱くてトロトロしてる」
下半身に意識を向ける。言われてみれば確かに妊娠前と違うような。膣壁がふっくらと柔らかいような。心なしか愛液の粘性も高いような気がしないでもない。
彼女は彼の自宅に向かう途中に飲食店で食べたオムライスを想起した。昔ながらの薄焼き卵ではない。今どきのトロトロした半熟のタイプだ。妊娠前後の違いを例えるならまぁ、あんな感じなのだろうか。

彼が腰を振り始める。彼女の腹を気遣ってか、いつもより動きが緩やかで優しい。緩慢な動作で的確に感じるところを攻めてくる。普段の力強いストロークとはまた違う、ジワジワと弱火で煮詰めるような快感がたまらない。
「あぁ……ンぅ、……」
ゆっくり抽挿されているせいで余計に形が分かる。自分の中に彼がいる。彼の形になっている。これで彼の子を孕まされた。その事実にどうしようもなく興奮して、ますます欲情してしまう。
彼が覆い被さってくる。大きな背中を丸めて、彼女の小さな体をすっぽりと覆う。彼の体温が籠る。彼の香りが籠る。彼の息遣いが籠って響く。
「フィンクス、すごい。気持ちいい」
「煽んじゃねーよ」
耳元で囁かれる掠れた声。鼓膜から脳髄に響く低音は麻薬のように理性を溶かす。もっと欲しい。もっとめちゃくちゃにされたい。そんな衝動に駆られて、自ら脚を絡めて腰を揺らす。
「あんま動くな。出ちまいそうだから」
「出していいよ」
「バカ、赤ん坊にかかっちまう」
「ね、もと激しくして」
「だから無理だって」
「ワタシ大丈夫だから」
「オレが大丈夫じゃねーんだよ」
「じゃあキス」
そう言うと彼はすぐに唇を重ねてくれた。ちゅっちゅっと啄むようなキスを繰り返し、舌を絡ませ唾液を交換し合う。
息を詰めると膣内が締まるのか、彼は軽く眉根を寄せて低く喘いだ。
舌を強く吸ってやると、窒息した彼の逸物がピクンと反応する。
それが面白くて何度も繰り返しているうちに、ふいに視界がぐわんと揺れた。彼が彼女を抱き上げたのだ。対面座位の格好で、互いの体温を共有するように強く抱き締め腰を打ち付ける。ベッドが軋む。彼女の喉から悲鳴じみた喘ぎが漏れる。結合部から漏れ出る水音が激しさを増す。
絶頂と同時に膣が痙攣する。咥え込んだものを食い千切らんばかりに収縮する。耐えきれなくなった逸物か精を吐き出す刹那、強い摩擦を伴って引き抜かれる。その刺激と尻に降りかかる熱い飛沫の感覚に彼女は背中を仰け反らせて悶えた。

「別に、中で出してもいいのに」
「そういうわけにもいかんだろ」
甘く気だるい余韻に浸りながら短い言葉を交わす。
彼の胸に頬を密着させ、触覚で心臓の音を聴く。ああ、彼は生きている。汗ばんだ皮膚がぴったり吸い付いて心地良い。
彼女はふと思い立った。彼の首筋に顔を埋め、そこに吸い付いて赤い痕跡を残す。
「おいコラ。何やってんだ」
「マーキング」
「せめて服で隠れる場所にしろよ」
「ふふ。じゃココ」
悪戯っぽく微笑み、今度は乳首を口に含む。
「やめろって」
制止を無視して執拗に舐め回す。
彼は彼女の頭をはたいて引き剥がすポーズを取るが、本気で止めさせる気はないらしい。
やがて観念したように鼻から深く息を吐き、節くれ立った手で彼女の後頭部を包む。程なくしてその指先が頬に触れ、輪郭をなぞり、下顎をこしょこしょと撫でる。猫でも可愛がるような仕草がくすぐったい。

「お前、少し痩せたよな」
唐突に彼が呟く。
「そう?」
「ああ。なんか前にも増して小さくなってる気がするぜ」
「赤ちゃんに栄養取られてるからね」
「その分食えば問題ねーだろ」
「気持ち悪くて思うように食べられないんだてば」
彼女は彼の胸板に額を押し付けて苦く笑う。
「アイスなら食えるか?あとは果物とか」
「多分」
「じゃ買い出し行くか。どうせ冷蔵庫ん中カラッポだしよ。お前も色々必要なものあんだろ」
彼は彼女を膝から下ろしてちり紙に手を伸ばしかけたが、シーツに落ちた自分の精液を見て動きを止めた。
「……先にこれ替えちまうわ」
「いいよ、ワタシやる」
「そう?頼むぜ」
「替えはベッド下の引き出しにあっからよ」と言いながら、彼は今度こそ、ちり紙を引き出して後始末を始めた。
彼女も数枚手に取り、己の体を汚す二人分の粘液を拭う。ふと傍らに落ちたショーツに目を向ける。手に取って眺める。クロッチ部分に染みた体液が何とも生々しい。
女性器の酸っぱいにおいに混じって、布地から微かに匂うものがある。
気にしだすと気になるものだ。その匂いは、いま着ているパーカーや髪にも染み付いている。
自分の体臭ではない。石鹸の匂いでもない。油臭いような埃臭いような。不快なような懐かしいような、何とも言えない残り香が漂う。
(……ああ。流星街の匂いだ)
街のそこかしこにある鶏小屋や豚小屋の悪臭とか、埋葬を待つ犠牲者の死臭を思い出した。快楽で忘れかけていた嘔吐感がぶり返して胃がむかむかする。

「どうせなら全部洗濯したいね。お風呂も入りたいし」
下半身裸のままベッドから下りて独り言のように呟く。
「一緒に入るか?」
「どちでもいい」
「ん」
彼は脱ぎ散らかした衣類を拾い上げまとめると、洗濯と風呂の支度をしにドアノブに部屋を出ようと歩みを進める。
無駄毛の少ない滑らかな皮膚。ふっくらした胸筋。美しく割れた腹直筋。引き締まった大臀筋。肉置き豊かでありながら伸びやかな四肢が眩しい。
「フルチン」「素っ裸」と言うと滑稽だが、その肉体美のおかげで何となく様になってしまうからずるい。

汚れたシーツを剥がし、新しいシーツを引っ張り出しながら考える。
クロロはどうしただろう。もう除念が済んでいてもいい頃なのだが。
まだ連絡がつかないのは気掛かりではあるけれど、却って好都合か。次に会うのは出産を済ませてからがいい。
子供ができたことは団員どもには言わないでおこう。別に知られるのは構わないが、ああだこうだとうるさく言われるのがいやだ。笑い者になるのも癪だ。奴らの性格上、何も口出ししてこないということはあり得ない。だから必然的に黙っている他なくなるのだ。

それにしても彼が父親とは。
時が来て。子供が生まれて。果たして彼はどんな顔で我が子を抱くのか。
彼は見かけに反して根は優しい。ぶっきらぼうな態度に反して世話焼きだ。
「メンドクセェ」と不平を漏らしながらせっせとオシメを替え、「うるせぇ」だのと悪態をつきながら泣く子をあやす姿が想像できる。

「おいフェイ、何モタモタしてんだ。それ早く洗濯機入れちまえよ」
いつの間にやら彼が戻ってきていた。バスルームからは湯船に湯を張る音が聞こえてくる。
「今行くね」
彼女はベッドから剥ぎ取ったシーツを小脇に抱え、脱衣所の方角へ歩き出した。

「フィンクス。お風呂でもう一度する?」
そう尋ねると、彼は「バーカ」と言って彼女の頭を軽く叩いた。

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