まさに自分でまいたタネだけどね〜数ヶ月前の話〜

これのフェイ♀視点。フェイ♀がフィンん家に来た時の話)

「フィンクス、普通の服も持てるのね」
クローゼットに収まる衣類を見回しながら彼女が尋ねる。
いかつい顔に一匙の不機嫌を孕んで、彼はこう返した。

「あ?バカにしてんのかテメー」
「バカにしてる違うよ。最近ジャージとエジプトちくな服以外着てこないから意外に思ただけね」
「つまり?オレのジャージと勝負服はマトモじゃねぇって言いたいのか」
「そんなことないてば。フィンクス被害妄想たくましいよ」
「被害妄想じゃねーし。お前の言い方だと煽ってるように聞こえんだよ」
「ハハ。なにそれ」
面倒くさいやら可笑しいやら。何をそんなに口を尖らせる必要があるのか。

「お前の方こそ、いっつも変なマスクつきのマタニティドレスみてぇな格好で来やがって」
「あれカサ隠すのに便利だからね。別に普段から着てるわけ違うよ」
彼の抗弁を受け流しながら彼女は空いているスペースに自分の服を収めていく。今は鼻から下をすっぽり覆う服ではなく、黒いパーカーに黒いジョガーパンツという出立ちだ。
彼の方はというと、ツタンカーメンを思わせる帽子と白いローブを身に付けている。流星街に来る時に着てきた「エジプトちくな衣装」である。
ここ最近日没が早まり、だいぶ暑さが和らいだ。夏と呼べる季節はとっくに過ぎているが、外套を纏うにはまだ早い。ハンガーにぶら下げたフリースやダウンジャケットの出番はもう少し先になりそうだ。

「つーかお前、服どうすんだ?」
「服?」
「これから腹出てくんだろ。それこそマタニティドレスとか要るんじゃねーの」
「ああ……ま、追々考えるよ」

そう言って笑うフェイタンの腹には命が宿っている。父親は他でもないフィンクスだ。
蟻討伐に参加したメンバーはしばらく流星街に滞在し、フィンクスとフェイタンは同じ家屋に寝泊まりした。
懇意の男女がひとつ屋根の下で、しかもろくに娯楽もない田舎ですることといえば決まっている。
彼女の腹にいるのは、その時できた子供である。

流星街を出た彼女は彼の住処に転がり込んだ。
少なくとも出産を終えるまでは彼と一緒に暮らすことにした。
彼女がそう望んだわけではない。彼の提案に従った。
子供を産む選択をしたのも、成り行き上そうしなければならないと思ったからである。

己の妊娠を知った当初、彼女は胎児をどうするか決めかねていた。
全く母性が湧かないとは言わない。だが「産みたい」と「水に流したい」は良くて半々というところだ。
産みたい理由としては……ただの好奇心もある。ここ最近色々ありすぎて少し感傷的になっていた部分もある。
ウボォーギンが消えた。パクノダが死んだ。次にいなくなるのは彼かもしれない。そうなる前に彼の生きた証を遺すことができる。そう思うと腹の子が愛しくてたまらなくなった。
その一方で、ひどい吐き気と倦怠感に襲われている時はこの上ないほど憎たらしく思った。
こいつはこれから何カ月にも渡り人の子宮に巣食って、さんざん苦しめ養分を吸い上げた挙げ句、股ぐらを引き裂いて生まれてくるつもりなのだ。こんな忌々しい寄生虫、さっさと流れてしまえばいいのにとさえ願った。

産むにしろ流すにしろ、流星街の外で済ませるつもりだ。
この街にはいやな風習がある。女の子が出産の手伝いをするのだ。
何の技能もない子供にできることなどたかが知れているし、手伝いというより見学と言った方が正しいかもしれない。
フェイタンもいつか経験するかもしれないから。知っておいて損はないから。と、シーラやパクノダに手を引かれて半ば強制的に参加させられたものだ。
正直なところ、あの見学はいやで仕方なかった。見学される側になるのはもっといやだ。
仮に"公開出産"を免れたとしても、こんな不潔な田舎で十月十日も過ごしたくない。
仲間に相談するという頭は端からない。胎児の父親である彼も例外ではない。
とにかく、ここを出よう。胎児の処遇を決めるのはそれからでいい。全てを淡々と済ませ、身一つになって、何食わぬ顔をして黙っていればいい――……そう思っていたのだけれど。

「フェイお前、オレに言うことあんじゃねーのか」
「何が?」
「『何が?』じゃねぇだろ。リサ婆んとこで何してた?」
「……」
「産婆の所に何の用だって訊いてんだよ」
流星街を発つ支度をしているところ、彼に呼び止められた。
こちらが黙っていると、大きな三白眼を不満気に細め、やや薄い唇を"へ"の字に結んで、もう一段階不機嫌な顔で非難がましく食い下がってくる。
「おいコラ。何とか言えや」
彼の凝を込めた視線が彼女の下腹部を探る。
彼女は無意識のうちに自らの腹部へ手をやりながら、努めて平坦な声で反駁した。
「……お前に関係ないね」
「関係なくはねーだろ。仮にも父親だぞオレは」

彼女の中には心がふたつある。
(ここで意地を張っても得にならない。事実は事実として素直に打ち明ければいい)という気持ちと(何が父親だ。自分が腹を痛めるわけでもないのに偉そうにしやがって)という気持ちが拮抗している。
それに比べて、彼はなんと誠実な男だろう。彼は問題を共有しようとしている。文字通り、自分でまいた種の責任を取ろうとしている。彼のこういうところが好きでもあり、同時に鬱陶しくもある。

「だから?産むのワタシ。苦しいのも痛いのもワタシ。どうせお前は何もできないんだから話しても仕方ないね」
「んだよそれ」

鬱陶しいの方がやや勝った。冷たく突き放してやった時の彼の表情ときたら。
憤怒、悲哀、苛立ち、種々の感情がない交ぜになったような、溜息交じりの、少し震えた声色に胸がちくりと痛む。
彼女は何も言わず彼から目を反らす。
彼は彼女に視線を向けたまま、その口を真一文字にギュッと結ぶ。

「フェイ、オレと来いよ」
数秒間の沈黙の末、先に口を利いたのは彼だった。
「は?」
「一緒に暮らそうぜ」
「なにそれ」
「流星街(ここ)出て一人でガキ産むつもりなんだろ?出産でお前がどのくらいダメージ受けるか分からんし、最悪死ぬかもしれねーし」
「……」
「安産で済んだとしても一人で世話すんのはきっと楽じゃねーぞ。人手がないよかあった方がいいべ」

いやいやいや。
確かに出産の意志が全くないわけではないが、まだ産むと決めたわけでもない。
こういう時、何と答えるべきか。
モジモジと照れ笑いを浮かべ、差し伸べられた手を握り返せばいいのか?
それとも、嬉し涙を滂沱と流しながら彼の胸に飛び込めばいいのか?
あるいは罵詈雑言を並べ立てて、もっと手酷く突き放せばいいのだろうか?

「何だよその顔。言っとくが恩に着せるつもりはさらさらねぇよ。オレにも責任の一端があるわけだし。誰にも知られたくないってんなら黙ってるし、私生活について口出しもしねぇ。万が一の保険とでも思っとけ」

沈黙しながら考える。普通の女ならどうするのだろう。自分は普通の女ではない。今さら人並みの幸せを享受する資格はない。本当なら母親になろうというのもおこがましい話だ。しかし普通でないなりに出来得る限り誠実であるべきでないか?例えば目の前にいる彼のように。ああ、だけどどうだろう。ここで歩み寄ったら面倒くさいことになりそうだ。恩に着せないとか口出ししないとかは言うが、彼の性格上結局あれこれと干渉してくるのではないか。そもそも何故彼はこんなに必死なのだろう。極悪非道の犯罪者のくせに、たった一人(いや二人か)の命がそんなに大切なのか。

「……」
「……」
「……」
「……ガキの顔くらい拝ませてくれよ」

「仕方なく折れてやる」という体で言う彼の声は、やはり少し震えていた。
その申し出を断る理由は彼女には見つからなかった。

(多分つづく)

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