ノブナガ合戦

「……何それ?牛糞なんて出てこないけど」
「いや出てくるよ。蜂に刺された猿が慌てて家を飛び出して、牛糞で足を滑らせるシーンがあるだろ」
「ウソだ。蟹と猿の他には蜂、栗、臼しか出てこないよ」
「あんたらが忘れてるだけじゃないの?」
「そんなことないよ、あたし今でも朗読できるくらい覚えてるもん」
「えぇ……」
その場に居合わせた幻影旅団創設メンバーは顔を見合せ困惑した。
自分たちの知る"さるかに合戦"のストーリーが、シズクとコルトピのそれと違うのである。

マチ達の知る"さるかに合戦"はこうだ。
――その昔、おにぎりを持った蟹と柿のタネを持った猿がおった。
蟹のおにぎりが欲しくなった猿は「これを育てれば柿の実を毎年たくさん食べることが出来る」と持ちかけ、おにぎりとタネを交換した。
帰宅した蟹はさっそく庭にタネを埋め、「早く芽を出せ柿のタネ。でないとハサミでちょん切るぞ」と歌いながら水をやり、せっせと柿の世話をした。
やがて成長し実をつけた柿の木を見た猿は「木に登れない蟹の代わりに実を取ってやる」と言うのだが、木に登ったまま自分だけ熟した実を食べてしまう。
「わたしにも柿をおくれ」と催促する蟹に猿はまだ青く硬い柿を投げつける。蟹は甲羅が砕けて死んでしまう。
満腹になった猿が行ってしまった後に友達と遊んでいた子蟹が帰ってきて、親蟹の亡骸と青い実ばかりになった柿の木を見つける。
猿の仕業だと悟り悔しがっておいおい泣く子蟹の姿を見た蜂、栗、牛糞、臼はあわれに思い、親蟹の仇討ちをすることを決心した。
四人は猿の留守中に家に忍び込んだ。栗は囲炉裏、蜂は水瓶、牛糞は土間、臼は屋根に潜み猿の帰りを待つ。
帰宅した猿が囲炉裏に当たると熱くなった栗にうんと顔を蹴つけられ、火傷を冷やそうと水瓶の方に行くと蜂にブスリと刺され、驚いて外に出ようとした所を牛糞でつるりと足を滑らせて、転んだ猿の上に臼がドスンとのしかかる。
子蟹は赤い顔を更に赤くして苦しがる猿の首を、ハサミでチョキンとはねてしまった――

「何か別の話とごちゃ混ぜになってんじゃない?あたしが知ってる"さるかに合戦"は猿に親蟹が殺されて、遺された子蟹が蜂、栗、臼、牛糞と協力して猿を殺す話だわ」
「違うよ。蟹は怪我で済むし、猿は改心して意地悪をやめるって話でしょ」
改めて確認を取るパクノダ。シズクは頑として譲らない。
「あと子蟹も出てこなかったよね。蜂たちが怪我した蟹のお見舞いに来て、悪い猿をやっつけようって流れだよ」
「……本当に?」
「嘘ついてもしょうがないでしょ。なんならボクの記憶読んでもいいよ、絶対に間違いないから」
言い切るコルトピの瞳には一点の曇りもない。相当己の記憶に自信があるようだ。

「うーん。オレたちが知ってる"さるかに合戦"とシズクたちが見聞きした"さるかに合戦"は違うのかもね」
シャルナークが呟く。さっきからカタカタとキーボードを叩いていると思ったら、さるかに合戦について検索していたらしい。
「どういうこと?"さるかに合戦"は"さるかに合戦"でしょ」
「ほら、近年コンプライアンスがうるさくなっただろ?童話なんかも残酷だったりお下劣だったりな描写に修正がかかるようになったのさ。その動きが活発になったのは十数年前……ちょうどオレたちが幻影旅団を結成した頃だな」
修正版の書籍が流星街に流れ着いたのか、流星街の大人たちが自主的に改編したのかは定かでないが
「とにかく、シズクたちが知ってる"さるかに合戦"はクリーンに見直しされたものなんだろうね。まぁ牛糞が登場しなかったり昆布に代ったり、蜂の代わりに針が登場したり、その辺は作者によってまちまちみたいだけどさ」
「ふーん……」
「あー、いま考えたんだけどよ。"ノブナガ合戦"」
頬杖をついて事の成り行きを見守っていたフィンクスが口を開く。
「『ノブナガ合戦』?」
「そ。ウボォーの投げた青い柿がノブナガに直撃して死ぬんだけど仇討ちする奴誰もいなくて何事もなく終わる話」
「それノブナガが柿ぶつけられて死ぬだけの話ね」
間髪入れず突っ込むフェイタン。想像して可笑しがっているのかその声は震えている。
「な、面白くねーか?」
「それじゃ物語にならないだろ。だいたい合戦要素どこにあんのよ」
「雪合戦みたいに柿投げつけるだけで十分じゃねーの?オレ童話作家になろうかな。で、書き上げた"ノブナガ合戦"は流星街に寄贈すんだ」
マチの指摘を軽くあしらい真顔で宣うフィンクス。この男は時々、大真面目にぶっ飛んだ発想をするから恐ろしい。
「やめなさいよ。大体あんたにそんな文才があるとは思えないわ」
「んだよ、やってみないと分かんねーだろ。もし売れたらお前らにも印税分けてやるよ」
「いらねー。ってか売るな」
「ノブナガとウボォーが聞いたら怒るよそれ」
「そう?それこそ『印税よこせ』とか言いそうだけど」
当のノブナガとウボォーギンが不在なのをいいことに皆言いたい放題である。(居ても言いたい放題だけど)
「でもボクは面白いと思うけどなぁ」
「ウソだろ」
意外なことにコルトピが賛同する。

「だってノブナガが死んだ後どうなるか気になるもん。何事もなく終わるとはいえ、ウボォーだって後悔したりノブナガの供養したりするだろうし。皆だって悲しんだりウボォーを責めたり、何らかの反応はするわけでしょ?あとはなんで柿を投げるに至ったのか、ノブナガに落ち度はあるのか。殺意はあったのか、ふざけただけで殺すつもりはなかったのか、話の解像度を上げればすごく面白くなると思うよ」
「あーまぁ、そりゃそうかもな……」
納得したようなしてないような顔で相槌を打つフランクリン。
「じゃ"ノブナガ合戦"のストーリー考えるか?どうせ団長来るまで何もすることねーしよ」
「いいよ」
「OK」
「よし。今から皆で"ノブナガ合戦"を作ってみよう。あらすじは『ウボォーの投げた青い柿がノブナガに直撃して死ぬんだけど仇討ちする奴誰もいなくて何事もなく終わる話』。ウボォーが何故柿を投げたのか、外野であるオレたちはどうしてたのか、自由に想像して書いてくれ」
シャルナークが紙と鉛筆を配ると、メンバーたちは銘々に"ノブナガ合戦"を創作し始めた。
「漫画形式でもいい?」
「他に死人増えてもOK?」
「あらすじに沿ってさえいれば何でもいいよ」
暇を持て余した旅団員たちによって"さるかに合戦"ならぬ"ノブナガ合戦"という、実に珍妙な物語が出来上がっていく。

――ほどなくして姿を現したクロロがこの奇妙な会合を目撃し、頭に大量のクエスチョンマークを来る浮かべるはめになったのはまた別の話である。

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