身重の石ネタ2

ボクの嫁さんは大柄だ。
身長は185cm。体重はその時の調子によるが85kgを超えたり割ったり。そのガッシリした胴は、並みの女性より遥かに容量が大きい。
こうなると胎児とその付属物の体積なんて誤差に過ぎないのだろうか。臨月に差し掛かるというのに、彼の腹は全くせり出てくる気配がない。
強いて言えば「ちょっと腹周りが太ましくなったかなぁ」という感じはあるけれども。まさか彼が妊娠しているなんて、誰も夢にも思わないであろう。だいいち見た目は完全な男なわけだし。

「ねーフィンクス。まだ?まだ生まれない?いつ生まれるの?明日?明後日?1週間後?」
「知らねーよ。こっちが聞きてぇわ」
フィンクスはボクのウザ絡みにうんざりしつつ、リモコンを手に取りテレビをつける。
本当ならパドックを周回する競走馬のようすが実況されているはずなのだが、画面に映っているのは未知の生命体・キメラアントについての報道であった。

「え。競馬中止?」
「みてぇだぜ」
「あんだよもう、猫も杓子も蟻んこ蟻んこってよー。別に競馬まで潰す必要なくね?どうせ他の所が放送してんだからよ」
「オレに言われてもな」
「ていうかハンター協会は何やってんだよな。普段から無駄金使ってデケー面してんだから、こういう時くらい仕事しろってーの」
「お前いっぺん死んどけよ。うっせーから」
フィンクスはソファに寝そべったまま悪態をつき、眠たそうに大欠伸をかく。

彼はいま子供を身籠っている。父親は他でもないボクである。
彼は正真正銘生まれついての男だ。
否。正真正銘生まれついての男「だった」と言った方が正しいか。
詳しい話は端折るとして、身重の石とかいう道具を使って、男性でありながら子を宿したのである。
ボクの子を孕んでから数ヶ月。フィンクスはこれといって不調を訴えることもなく、いつも通りに過ごしている。食事を吐き戻すこともない。倦怠感を訴えることもない。以前と変わらぬ頻度で愛し合ってもいる(使う穴は変わったけれども)。

本当のところ、彼の調子がどうなのかは分からない。
態度に出さないというだけでけっこうツラいのかも。何でもない顔の下で、実はものすごい我慢しているのかも。
明け透けなようで深い場所の本音を見せない。我が強いようで我を出さない。それがフィンクス=マグカブという人間だ。
こういう時くらい甘えたり弱音を吐いたりして頼ってほしいものだ……まぁ、そんな彼に惚れたわけだけど。

「ボクはまだ死ねましぇん。そしたらお前、シングルマザーになっちゃうじゃないのよ」
「いーよ。お前いなくても特に困りゃしねぇし」
おどけた口調で反駁するボクをフィンクスが適当にあしらう、その刹那。
「いって」
彼が小さく声を上げた。胎児に腹を蹴られたらしく、その表情には苦痛の色が見える。
「動いた?」
「動くっつーか暴れ回ってる」
彼は軽く顔を歪めながら、腹の中で暴君のように振る舞う我が子を宥めるかのように撫で続ける。その光景が微笑ましくて、思わず口許が緩んでしまう。
「なんだよ」
「いや、幸せそうだなって思って」
「…………」
「ボクも嬉しい。お前に家族が出来て」
フィンクスは一瞬目を見開いて、それから「あー」とも「うん」ともつかない返事をして、そのまま黙り込んでしまった。
言った後で(我ながら他人事みたいな言い方だな)(上から目線だったろうか)と考える。けれど他にうまい表現が見当たらないのだ。
フィンクスは流星街出身だ。戸籍もないし親の顔も知らない。自分の誕生日や血液型さえわからない。
その彼にしてみれば『家族』という概念自体がピンと来ないのかも知れない。
彼からしたら、なくて当然のもの。なくても何も困ってない。
自分にあるものが相手にないからといって安易に哀れみを向けるのは傲慢なる価値観の押し付けでしかない。
先程のボクの発言は「おめでとう。ようやくこっちの土俵に登れたね」と言っているようなものだ。
早い話、ボクはフィンクスにものすごく失礼な言葉を浴びせたわけである。
そんなことをつらつら考えながら彼を観察する。いつもなら「視線がうるせぇ」と文句のひとつも飛んでくるところだが、今は何も言わずに携帯端末を弄くっている。

「なぁ」
……かと思えば、徐に口を開いた。
「ん?」
「赤ん坊。多分、流星街で産むことになるわ」
唐突な言葉に戸惑う。
「なんで?」
「近々里帰りせねばならん」
「どうして」
「キメラアントのせいで人が死にまくってるらしい。助けてやる必要がある」
「はぁ」
口調が固い。どうやら仕事モードになりつつあるらしい。
「あそこ、世界中からお触り禁止みたいな扱い受けてんだろ。外から内情が分かりにくいのもあるし、軍隊やらハンターやらの助けも期待できん。もし救済があるにしても、おそらくは一番後回しになる。つーわけで、オレらが行ってやるしかねぇんだわ」
彼の説明を聞いて、だいたいの状況は理解出来たけれど……
「やだ。行かないで」
「お前なー」
「だってそうだろ?妊婦のくせに危険地帯に行くなんて。『お前だけの体じゃない』って、いつも口を酸っぱくして言ってんじゃないか。赤ちゃんに何かあったらどうすんだよ」
「あー。まァ、大丈夫だろ」
「根拠ないじゃん」
「安心しとけ、死なねーからオレは。当然チビも死なせねェよ」
「だからさぁ……」
フィンクスは自信満々だ。こうなるともう何を言っても無駄だろう。
「そうだ。ボクも流星街に連れてって
「断る」
言い終わらないうちに即答された。
「ちょっとくらい悩めよ」
「遊びに行くわけじゃねーんだよ。他の仲間も来んだし。お前みたいなアホ連れてったら、いい物笑いの種だぜ」
「ひどくねェ〜?」
「それに」
「それに?」
「守るもんが多すぎると、困る」
その言葉は意外だった。彼の口からこんなセリフを聞く日が来るとは思わなかったからだ。
「見くびんなよ。ボクだって一応、念能力者だぜ」
照れ隠しに茶化しながら彼の頬を指先で突っつく。
嬉しくて仕方なかった。彼はボクの子を産んでくれるばかりか、子供もボクも守るべき対象として捉えている。彼の中にボクの存在が根付いていることを、改めて実感できた。
「まぁ、いいや。気をつけて行きな」
「ん」
「フィンクス」
「あ?」
「好き。大好き。愛してる」
「うっぜ。失せろカス」
「アホとかカスとか……さっきから当たりキツすぎねぇ?」
悪態をつく彼に縋りついて。その温もりを噛みしめようと、赤ん坊ごと抱き締めようと、その厚い胴体に覆い被さった。
フィンクスは鬱陶しそうに苦笑しながらボクを受け止めて、その大きく温かい手で背中をさすってくれた。
「いい子で待ってろよ。旦那さま」
「うん」
「ちゃんと戻ってきてチビ抱かせてやっから」
「うん」
――ああ。きっとフィンクスはいい母ちゃんになるだろう。
がさつで頑固で口が悪くて理屈っぽくて喫煙者で、でもそういう難点を帳消しにするくらい優しく愛情深い。

「……ちょっと待て。もしかしてボク出産に立ち会えない?」
「当たり前だろ」
「自分の子供が生まれるってのに?その瞬間の感動を分かち合えないって?」
「ていうか、もともと立ち会わせる気ねーし」
「なんでよ」
「お前、絶対邪魔するじゃねぇか」
「邪魔しない!」
「だぁから、そういうとこだっつの。人の股ぐら覗きながらギャースカ騒ぐキモいオッサンと対面してみろよ。ウザさのあまりチビも引っ込んじまうわ」
「キモくないしオッサンでもねーよ」
「うるせーな。どっちにしろダメだ」
これ以上ごねても仕方あるまい。生きてるうちにまたチャンスがあるはずだ。
「……分かった。立ち会うのは次でいいよ。帰ってきたらイヤってほど種付けしてやるから覚悟しとけ」
「あーハイハイ。楽しみ楽しみ」

適当にあしらうフィンクスだが、その表情は優しい。
ああ、この幸せな時間がいつまでも続けばいいのに。
そう願いながらボクは彼の体温を感じ続けた。


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