無題

熱の引き始めた体を横たえて、気怠い疲労と、それと同じだけの充足感を味わう。
シーツの上で軽く体をひねり、脚の付け根のぬめった感触に眉をひそめながら、横目で事後処理を行う男の横顔を盗み見た。
(それにしても)
物好きな男である。彼ならどんな美女でも美男でも選り取り見取りだろうに、よくこんな貧相な奴を抱く気になるものだ。
以前その疑問をぶつけてみたら
――嫌なのか?
と訊かれた。
――無理強いはしたくない。お前が嫌だというなら、これっきりにするよ。
そう言葉を紡ぐ、普段通りの不敵さを湛えた笑顔は何処か寂しげで、問いかけたことに罪悪感さえ感じた。
彼の問いに何と答えたかは忘れた。けど嫌だと言ったのではないことは確かだ。
現に満更ではない。気持ちがいい。その行為自体も。団長の情人であるという事実も。
彼がこの時だけに見せる切実な表情を目にするたびに堪らなく心が震え、庇護欲と征服欲が満たされる。
だからこうして流されるまま、ズルズルと関係を続けているのだ。
「戻らなくていいのか?」
彼が問う。髪を優しく梳かれる感触にまどろみながら、フェイタンは眠気の籠る甘ったるい声で尋ね返した。
「『戻る』て?」
「あいつが寂しがるだろ」
クロロは半ばからかうように言い、髪から離した手で頬に触れた。
「フィンクスは拗ねると厄介だからな」
「ハハ。確かに」
苦笑しつつクロロの手に頬ずりし、ひとつキスを落とす。のそりとシーツから身を起こして彼を抱き竦め、母親が幼子を寝かしつける時のごとく一定のリズムで優しく叩いた。
「けど、そういうトコが可愛いね」
「妬けるな」
自分で言っておいてフィンクスへの嫉妬を覗かせるクロロ。そのさまが可笑しくて愛おしくてフェイタンは喉の奥でくくっと笑った。
噛みつくようなキスをひとつ交わし、名残惜しさを引きずりながらベッドを下りる。
「またね」
「ああ」
互いに片手をヒラヒラ振って短い言葉を交わし、脱ぎ散らかした衣服を着直した。振り返らずに部屋を後にする。

塒に戻ると案の定むくれたフィンクスが煙草の煙を燻らせながら待っていた。
「団長のトコか?」
「うん」
「それにしちゃ早かったな」
「まぁ」
フィンクスは生返事を聞きながら、煙を肺に取り込み長々と吐き出したあと、片目を眇めてフェイタンを見やった。
「てめェ、ホント団長のこと好きだよな。ヘソクリいくら貯まった?」
「馬鹿ね。誰がそんなセコいことするか」
会話はそこで途切れる。それからは特に喋ることもなく、フィンクスはただただ煙草をふかし、フェイタンはその煙で肺を満たした。
気まずくはない沈黙が室内を支配する。フィンクスが短くなった灰皿に煙草を押し付け立ち上がった。
「……何?」
「来いよ」
手首を掴まれ床に投げ飛ばされた。覆い被さってくるフィンクスの胸を押して拒絶の意思表示をしながら、フェイタンは短く言い捨てる。
「ヤダ」
「すぐ済ましてやるぜ」
「ダメね。今は気分違うよ」
無言で苛立ちを浮かべるフィンクスの顔がフェイタンは嫌いではない。これが見たくてわざと彼の気を煽ることがある。
ぼこぼこと血管の浮き出た無骨な手がフェイタンの顎を掴む。煙草くさい唇が押し当てられる。些か乱暴に口内を犯される。彼の胸元を押す手に力を込めるが全く引く気配がない。頭部を押さえつけられて、顔を背けることを許されず舌を絡まされる。
どうせ力では敵わない。抵抗するのが怠くなって大人しく身を委ねてみると、フィンクスが「へっ」と息を洩らして笑った。
「何がヤだよ。その気になってんじゃねーか」
「……」
無言のまま彼の首に腕を絡めて続きをねだる。今度は優しく舌を絡ませられた。
甘えるように喉を鳴らすと、彼の右手がフェイタンの体を撫で回した。胸から脇へ、腰から太腿へ、確かめるように蠢いて、フェイタンの体が反応するとしつこいくらい同じ場所を撫で回す。

「……ね」
いつの間にか唇が離れていた。
フェイタンがフィンクスの頭を撫でながら問いかける。
「お前。よくワタシで勃つね」
「あ?」
「もとマシな人抱けばいいのに。フィンクス色男だし、きと相手に不自由しないよ」
いつぞやクロロに向けた問いだ。一語一句漏らさず覚えているわけではないが、内容としては全く同じことを言った。
「……は。今更なに言い出すかと思えば」
フィンクスは呆れるように眉を顰めたが、ややして溜め息混じりに口を開いた。
「オレのことが嫌なら嫌だってハッキリ言やいいだろうが。人を思いやるフリして責任おっ被せようとか、汚ねェにもほどがあんだろ」
「別にそんなつもりないね。気になたから訊いただけ」
「そーかよ」
「怒たか?」
「怒ってねェよ」
フェイタンは暫しフィンクスの三白眼をじっと見据え、ふふっと小さく笑った。
「悪かたね」
「怒ってねーってんだろが」
言葉と裏腹に憮然とした表情でフェイタンを睨みつけていたフィンクスだが、やがて舌打ちして、少し上向きの形がよい鼻で深く息を吐く。
「……ま、」
唐突に喋りはじめたフィンクスの顔を至近距離で見やり、フェイタンは怪訝な表情で首を傾げた。
「正直、面白くはねぇ。団長相手じゃ勝ち目ねェなとも思ってる」
柄にもなく弱気な発言に、フェイタンはくすりと小さな笑いを洩らした。そして人差し指でフィンクスの口元を撫で、こんなことを言った。
「フィンクス。この話もうオシマイ」
「ああ?」
不満げな声を無視してフィンクスの服に両手を突っ込んだ。その下の肌を撫でると均整の取れた体がぴくりと身じろぎする。
「続きするね」
耳元で囁くと、彼は
「話振ったのそっちだろーがよ」
と文句を垂れたが、やがて甘えつくような動作をもってして小さな体を抱き竦めた。

劣情の赴くまま互いに体を貪り合う。熱を共有し合い酩酊に溺れる。精魂尽き果てるまで絡み合ってキスをして、互いを食らい尽くす。
窓外に望むまっさらな銀の月光が、二人分の密やかな呼吸と衣擦れの音だけを反響させる、仄かに暗い室内を静かに見下ろしていた。

(どっちも選べないフェイタンが悪いよねって話)

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