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ぞっとする程の冷気が漂っている部屋があり、思わずその部屋の戸を開けた。
ピキピキという音を立てて氷が形成されていく。
ぎょっと目を見開いてから、その部屋の、否、氷の中央でかたかたと震えながらうずくまる人影を見る。
身体を小さくして真っ白な炎を身に纏うのは、柚木だ。
───柚木?!
まさか、アネキの修行から逃げてこんな場面に出会すなんて思わなかった。
慌てて柚木の傍に行こうとする間も、不純物を全く含まない透明の氷が音を立てながら作られていく。
その発生源が、柚木の『雪』のリングから放たれる柚木の炎だ。

「柚木!」

頭を抱えるようにいやいや、と小さく首を振りながら、縮こまる柚木の肩に手を置いた。
ぼろぼろと泣きながら、焦点の開わない瞳を揺らして、こちらに顔を向けた。

「ご、獄寺、く………!」
「お前、なんだ、これ。なんでこんな炎がっ」
「わかっ、わかんないっ。わかんない!」
「『わかんない』って、お前………」

柚木が声を上げると、ぼぅっと灯った炎がさらに激しさを増す。
ひっ、と、自分の炎に怯えた柚木が、その身体をさらに縮こまらせようとするので、肩を掴んだ手に力を込めた。

「落ち着け、深呼吸だ。自分で自分の炎を制御しろ」
「そっ、そんな、そんなコト、出来たらやってるよっ」
「───わかってる。ほら、深呼吸」
「っ、」

ぱちっと瞬いて跳ねた涙もが音を立てて凍り、ぽとりと柚木の足に落ちた。
は、は、と短く荒い呼吸を繰り返した柚木は右手で身体を抱(いだ)くように左肩を掴んで、それからぎゅう、と目を閉じる。
少し大げさに肩を上下させて深呼吸をする柚木を見て、未だ煌々と炎を灯すリングに手を伸ばした。
びくりと大袈裟に肩を揺らしたには、涙に濡れた瞳で改めてこちらを見てくる。

「な、に」
「外すんだよ。身体から離せば炎は灯らないはずだ」
「っ、ん、………はぁっ」
「手、開け」

力を込めるように握っていた手を開かせ、左中指のリングに触れる。
ぱき、と音を立てて小さな氷が俺の手を這った。
あ、と柚木が震えた声を上げるので、一度深呼吸してからリングを挟んで柚木の指から引き抜く。

「───!!」
「良し、これで大丈夫だ………柚木?」
「骸、くん………?!」
「は?! 『骸』?! お前、何言って」
「だめ、いっちゃ、」

右手が宙を舞う。
何かを掴むように手を握り締めるが、そこには何もない。
虚ろな瞳が見開かれる。
震えた唇がわずかに動いて、言葉をぽろりと零した。

「いっちゃ、だめ」
「柚木、しっかりしろ!」
「骸く………」

ぐらりと柚木の身体が傾げる。
慌てて支えると、くたりと力が抜けていて、どうやら気絶しているみたいだった。
『雪』のリングを拾い、柚木の肩と膝裏に手を回して抱き上げる。
思ったよりも軽く小さいその身体をしっかりと抱き止め、立ち上がった。
とにかく、こんな所で休ませるわけにはいかない。
───コイツに何かあって悲しむのは、十代目だ。
幾度か骸の名を呼んだ柚木を抱え、医務室を目指す。
はく、はくと幾度も荒い呼吸を繰り返す柚木は、ひどく頼りない。
抱え直して、医務室まで歩けば、青ざめた十代目がそこに居た。

「獄寺君………? って静玖?!」
「十代目、どうしたんです?」
「ク、クロームがちょっと………。静玖は?」
「あー………」

なんて説明をしようか、と口を開き掛け、閉じる。
あればっかりは、───あの冷たい、凍てついてしまった部屋について、何て言って良いかわからない。
柚木自身が把握してない炎の灯り。
あれでは、ただの『暴走』だ。

「とにかく休める必要があるんスよ。だから、」
「うん」

落ち着いて、柚木が目覚めてから、柚木も交えて話をした方がいい。
そう思って、十代目に少し頭を下げてから医務室に足を踏み入れた。
パチッとゴーグルをしたアネキと目が合って、思わず顔をしかめる。
アネキの視線が柚木で止まって、引きつった声が上がった。

「何があったの、隼人!」
「そっちこそ何があったんだよ」
「六道骸に、何かあったのよ。クロームの内臓が消えたわ」
「!」

六道、骸………!!
視線を柚木に落とす。
倒れる前に柚木が呟いた名前。それが『骸』だった。
だとしたら、柚木は骸に何かあったことを感じていたのか………?

「ちょっと」

柚木を抱きかかえたまま固まった俺に、ヒバリの鋭い声が飛んだ。
振り返れば、顎でベッドを指される。

「忙しいからそれ置いたら出てって」
「ヒバリ………」
「君も静玖に時間掛けている場合じゃないでしょ」
「───あぁ」

そっと静かに柚木をベッドに横たわらせる。
そして、忘れちゃいけないものを、───『雪』のリングを柚木の中指に填めた。
今ならもう、大丈夫だろう。

「静玖………」

アネキが柚木の傍らに寄り添うのを確認してから医務室を出る。

廊下で、静玖、と小さく呟いて泣きそうな十代目に、思わず深く頭を下げた。



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