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一番聞きたかったことを聞かずに子晴と別れてしまったことに気が付いてから、思わずため息を吐いた。
ヤだなぁ、頭が回ってない。

「いつ、返ってくるのかな」

私のピンキーリング。
深琴ちゃんの身を案じて渡したそれ。
その役目を終えたのなら、もうこの小指に返ってきていいのに。
今、一体誰の手の内にあるんだろう。
何となくズキズキと頭が痛み出して、あぁ、考え過ぎかな、とため息を吐いて、鈍くなった思考を捨てる。
───どうしよう。
『立場』なんて、考えてなかった。
私はただ、ティモの傍に居たいだけ。
でも、それじゃあ済まないんだ。
ううん、違う。
私が、わかっていなかっただけ。
私はティモの『雪』だから、子晴や子雨達が居たのだ。私がこの立場じゃあなかったら、彼らはイタリアにいたはず。
───私が、ちゃんと理解していなかっただけだ。
これから、そういうのも考慮すべきなのかな。
でも、わかんない。
他人から自分がどう見えるかなんて、わからないよ。
ああああ、もう、ごちゃごちゃしてきた!!

「それにエンヤって誰だっつの!」

知らない人間の名前を出されても困るー!
そう言って頭を抱えた。
刹那、




ちりん




「………?」

ぱち、と、目を瞬く。
今、聞こえたのは何の音?
少しだけ悩んで、その音を理解した。
───あまりにもか弱い、小さな小さな鈴の音。
きょろきょろと部屋を見渡す。
どこにも鈴なんてない。
それなのに、何で聞こえたんだろう。
再びぱちりと目を瞬く。
気のせいだったかな、と思ってため息を吐いた瞬間、ぱきり、何かが凍る音がした。












「骸くん、貸してあげます」
「『鈴』ですか? ふふ、まるで熊除けですね、静玖さん」
「わぁ、熊除けってヒドいですね、もう」


静玖さんがふくふくと頬を膨らませて怒るのは、僕がグロ・キシニアと戦う前の話で、そう、彼女がミルフィオーレに行く前の話だ。

「ただの『熊除け』じゃないんですから」
「ほう」


これが? と聞き返す。
彼女の手首に収まっていた時はほんの少し大きく感じたけれど、僕の手の平に収まると何だかとても小さく見える。
どこをどう見ても、普通の鈴にしか見えない。

「ほら、ヴァリアーの人達のリングの元になった、『虹の欠片』、覚えてます?」
「………まさか、それで作ったんですか?」
「あ、いえいえ。中身の玉だけですよ」


ころん、と手の平で転がす。
中身を見れば、真っ白なそれが少しだけ見えた。
その色はまるで、静玖さんの炎の色。
綺麗で、触れがたくて、だけど触れたくなる、静かな温もりと安らぎを宿す色。

「ルデが」
「『ルデ』?」
「あ、『雷』のアルコバレーノのヴェルデが、私のために作ってくれたんです」
「アルコバレーノが、ですか」
「そう。だから、これは今の骸くんにも渡せるんです」


僕の手から鈴を取り、しゃがんで、と頼んできた。
声に促されるままに片膝を付いてしゃがみ込む。
すると目の前から手が伸びてきて、僕の長くなった髪に触れた。
ちりん、と涼しい音がする。
僕の頭を抱き込むようにして、髪を結われた。
すっと離れていったのを感じてから、首の裏に手を伸ばす。
ちりんちりん。
触れる度に鳴るのは、彼女の居場所を知らせる音。

「有りっ丈の力と想いを込めておきました」
「え………?」
「アルコバレーノの『点』と、ボンゴレの『縦』を元に、時が来たらきっと………」


目を伏せ、困ったように呟く彼女の名を音に乗せる。
すると静玖さんは慌てて顔を上げ、にこりと笑った。

「きっと、骸くんの役に立ちますから。………だから、無事に、返しに来て下さいね」

そっと静かに抱き締められたけれど、僕にはその小さな身体を抱き締めるだけの術を持ち合わせてはなかった。

「こんな時に考え事? ずいぶん余裕あるね、骸クン」
「………虫酸が走るその呼び方、止めてもらえませんか?」

静玖さんと同じ呼び方なのに、目の前の男が呼ぶと、当然、気持ち悪くて仕方がない。
彼女がいかに安らぎを持って、僕の名を呼んでいたのかよくわかる。
───ああ、本当に名前を呼ばないでほしい。
その呼び方は、彼女だけ。
静玖さんだけが口にして良い、僕の名の呼び方。

「静玖ちゃんなら、イイってこと? ふふ、なら止めない。ずぅっとそれで呼んであげるね、む、く、ろ、クン♪」

ふふふ、と楽しそうに笑う白蘭は非常に厄介だ。
あんな奴のところに静玖さんが一時でも居たなんて、怒りで血が沸きそうになる。

「さて、と」

すぅっと手が差し出される。
ぽたた…、と血が滴る右目を押さえ、忌々しいがもう襲ってくる衝撃を受けるしか手がない。
───すみません、静玖さん。
無茶しないで、という貴方の言葉、無にしてしまいました。
わざわざフランに伝言を頼んでまで伝えてくれたと言うのに。
歯を食いしばって俯く。
しゃん、と結い紐代わりの鈴が、その存在をまるで示すように大きく鳴った。

「───………」

ぽぅと微弱な炎が鈴から漏れ、それからひんやりと冷たい風が肌を撫でた。
ぽたり、と落ちた紅い滴はそれを最後に垂れることを止め、痛みも薄くなる。
………これは。

「………………本ッ当にナマイキ」
「白蘭………?」
「静玖ちゃんもユニみたいに壊しちゃえば良かった」
「なっ───」
「バイバイ、骸クン」

再び伸ばされた炎を纏う手に応えるだけの体力はなかった。



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