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ひっく、としゃっくり混じりの泣き声を上げる後継者の声を聞いて、意識が浮上した。
ぐっすり眠ったからか、静玖がノン・トゥリニセッテ対策のそれを着ているからか、ボンゴレの基地自体にノン・トゥリニセッテ対策が出来ているからか、そりゃあもう体調はすこぶる良い。
うずくまるように身体を丸めて泣きじゃくる静玖に手を伸ばす。
ぼろぼろと涙を流す静玖が空から落ちるように腕の中に入ってきたので、甘やかすようにぎゅう、と抱きしめた。

「うぇ、ひくっ、」
「泣くな、静玖。目がなくなるぞ」
「なくなっ、らない………!」

泣きながらのツッコミをありがとう。
わんわん泣く静玖の背を撫でれば、静玖は涙を拭うことを止めて、俺に抱き付いた。
───肉体があれば良いのに。
でも、肉体がないからこそ、俺は静玖と出会えた。だから、こればかりは仕方のないことだ。
そして、肉体がないからこその『雪』のアルコバレーノ。

「フィー、骸くんがっ、骸くんが、いっちゃったッ………」
「大丈夫、逝ってない」
「ふぇ………?」
「俺の『夢』に足が突っ込めるアイツが、そう簡単にサクッと逝くはずない」
「う………」
「俺のこと、信じるだろう?」

なら、俺の言も信じろ。
そう言って静玖の頬を伝う涙を舐める。
しょっぱいそれを味わってから、何があった、と改めて聞いた。
すると静玖はするりと腕を放し、ぱちぱちと目を瞬かせる。
ぽろりと落ちた涙は一度止まったようだ。

「何があったって………」
「俺が起きたのは『今』だからな。何が起こったなんかは把握してない。さぁ、俺の可愛い後継者。お前の口から何があったのか、俺に教えてくれ」
「………………フィーって恥ずかしい人だよね」
「何を今更」

うっすらと頬を赤くして呟く静玖に笑みを見せ、彼女が口を開くのを待つ。
そうして静玖が言った悩みは、いつかの俺もしたものだ。
他人から見た自分の『立場』、ね………。
ったく。誰だ、この子にそんな悩みを植え付けたのは。

「まぁ、確かに、一度気になったら抜け出せない悩みだな」
「うん」
「まぁ、結局は他人がどうこう、よりも、自分がどう在りたいか、で話は終わるんだ」
「終わらないよ。『立場』や『肩書き』で、対応の仕方があんなに変わるなんて、」
「でも変えさせたのは静玖じゃない」
「???」

こてんと首を傾げる。
子供らしいその仕草に、思わず喉の奥を鳴らした。

「お前にとって重要なのは『立場』なのか?」
「え?」
「まぁ、『立場』がなきゃいけないことは否めない。だがな、お前は『立場』がなきゃ、あの男の傍に居たくないのか?」
「?!」
「違うだろ。お前の目的は、その『立場』になることじゃない。奴の『隣に居る』ことだ。そのために必要な『立場』を使っている。そうだろう?」
「………そう、かな」

日本人らしい漆黒の瞳が揺れる。
悩んだら初心に返れ。これは言わば鉄則だと思うんだがな。

「静玖がティモッテオの傍に居たいのは何故だ? お前がアレの『雪』だからか? 『雪』じゃなきゃ、そしてアイツが『大空』じゃなきゃ、傍に居たくないのか?」
「ッ───」
「どうなんだ?」
「………居たい。『雪』じゃなくても、私、ティモの傍が良い!!」
「そうだな」

元気に返ってきた声に笑みを浮かべる。
俺もそうだった。彼女の───ルーチェの傍に居たくて居たくて、仕方なくて。
だけどそれは、最初は許されないものだった。
それでも、許された。許された理由は、『立場』が生まれたからだ。

「『立場』は後から付随する。静玖が、それを気にする奴らに振り回される必要はない」
「………そう、なの?」
「そうだとも。───俺の場合、振り回された結果がこれだぞ」
「『これ』?」
「こ、れ」

静玖を膝に乗せたまま、ぴらりと服の裾を摘む。
女性物とも男性物とも言い切れない、中間を取ったフリル過多な甘い服。
そう。俺が周りの目を気にして振り回された結果が、これ。

「ルーチェ………俺の『大空』は、アルコバレーノに選ばれた時にはアリアを身ごもっていたからな」
「?」
「不審なヤローが妊婦の周りをうろうろする訳にもいかなかったんだろう。あまりにも周りがごちゃごちゃと五月蠅かったから、こうしたんだ」

『立場』を得た後も俺は色々あったが、静玖にはそう障害は多くないはずだ。
俺のような悩みはない。
さて、

「まだ何かに悩んでるんだろう?」
「深琴ちゃんとの、扱いの違い、かな」
「そればっかりはお前が悩んでも仕方ないだろう?」
「………そう?」
「あぁ。誰をどう扱うかなんてその人間に委ねられるだろ」
「………そう、だけど」
「それを嫌だと思ったら、お前がそうならなければ良いだけだ」

でも、と小さく呟き、口を真一文字に引き締めた。
しゅん、と俯くので、小さい身体が更に小さく見える。

「でも、でも、フィー。そう簡単には割り切れないよ」
「………それはアレだ。『身内』だからだな」
「身内………」
「しかも姉妹ときた。だからお前はそんなに気にするんだ」

俺の言葉が意外だったのか、静玖は目を大きく見開いて、それからそっと口元に手を添えた。

「………うん?」
「どうした?」
「え、あ、うん。なんだか、そんな気がしてきた。………そっかぁ、深琴ちゃんだから、か」
「関係が近すぎるから気になるんだ。それと、静玖達の扱いを分けた奴も近しいだろう?」
「子晴が………」
「お前の護衛の一人か。そりゃあ気にもするだろう」

ぽんぽん、と静玖の後頭部を叩く。
そうすれば、静玖は力を抜いてへにゃりと笑った。

「そっか、そっか………」
「静玖?」
「なんかいっぱい悩んで疲れちゃった。そうだよね。考えても『答え』なんて出ない場合もあるよね。子晴の対応は、私が考えたって子晴は改めてくれないよね。だってそれが、『子晴が考えた結果』なんだから」
「あぁ」
「ふふ、そっかぁ」

甘えるように首に手を回してきた静玖を抱き返す。
───この子を俺の後継者に選んで良かった。

いつまで触れられるかわからない静玖の額に、慈しむように口付けた。



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