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あぁ、怒らせちゃったかな。
部屋を変えて、姫君と2人きり。
むす、とふてくされた顔のまま、オレを見ようともしない姫君。
うん、怒らせたよなぁ。

「姫君、怒ってる?」
「べつに」
「怒ってるじゃない」
「怒ってない」
「じゃあ、どうしたの?」

聞けば、姫君はきゅ、と眉間に皺を寄せた。
その顔は怒っている、と言うよりは。

「困ってる?」
「戸惑ってる。………考えたらさ、ティモの傍にいるってことは、『こういう事』なんだよね」
「うん」
「これに、慣れる覚悟が必要、なのかな」

頭を抱えるようにして押し黙ってしまった姫君を見て、あ、と口を開けて固まった。
やっぱり『今』の姫君には無理があったかな。
でも、『未来(いま)』に存在する以上、自分の立場はわかっていないと後で辛くなる。
それにしても、この役辛い………。
なーんで引き受けちゃったかな、オレ。

「姫君、大丈夫?」
「全然駄目。………でも、深琴ちゃんはもっと辛かったはずだし、」
「うん。………まぁ、姫君、嫌でも慣れてよ」
「………………う、ん」

瞳が戸惑いに大きく揺れる。
それから、瞳を閉じるように伏せ、口を閉じてごん、とテーブルに額をぶつけた。
ちょ、姫君………?!

「どうしよう、泣きそう」
「姫君………」
「わかってなかった自分が嫌。今までだって、その『立場』に甘えてたのに。………だって君達が傍に居たってそういうことなのに」

九代目の『雪』という『立場』だから、姫君はオレ達に護られる。
それは確かに、何でもない普通の少女にもたらされた『立場』のために授けられたもの。
………それにしても、

「嬉しいこと言ってくれるよね、姫君」
「え?」
「そんな事を気にしなくていいぐらい、オレ達が傍に居ることが当たり前になってる。つまり、『日常』の一部に成ってるってことだ」
「あ………、」
「これ、ちょっと幸せだよね」

幸せを噛み締めながら説明すれば、がばっと顔を上げた後、頬を真っ赤に染めて再び俯いた。

「もうっ、茶化さないの!」
「茶化してないって」
「む、」
「本当に幸せなの。昔から、あの時からオレ達は姫君の『日常』に、『当たり前』に寄り添えてる。その積み重ねが『今』だからね」
「あっ………」
「忘れがちだけど、オレ達は今の姫君からすると『未来』の人間だからね」

なかなか出来ない確認を、こういった形でするなんて、奇跡なんてものじゃない。
そう思って姫君を見つめる。
今の姫君は本当に素直だ。護衛し易いとも言う。
良くも悪くもオレ達に囲まれて育った姫君は、もう頭が回る回る。
回らなきゃ、1人でミルフィオーレには乗り込まない。
自ら囚われになんて行くはず無い。
あの時は本当に肝が冷えた。勝手に1人で決めちゃうし、オレ達を遠ざけるし。
今だって、そう。
オレ達をヴァリアーに置いておくなんて、酷い。
………さて、と。

「オレはヴァリアーに戻らなきゃ」
「え、」
「姉君の護衛のために笹川に連れ立って来ただけだからねー。あんまり長いすると兄さん達に怒られちゃう」
「兄さん………雲達、元気?」
「もちろん」

元気過ぎて誰が日本に行くか決めるの、もう大変だったんだから。
なぁんて姫君は知らなくって良いよね。

「あ、そうだ」
「ん、何々?」
「深琴ちゃん、ヴァリアーで扱い悪かったって、」
「あぁ、フランの坊や、ね。まぁ、あれは仕方ないよ。他のメンバーみたいに初めから姉君を知ってたわけじゃないんだし」
「仕方ない………」
「まぁ、燕也の手前、そこまで酷くなかったよ」
「エンヤ?」

誰、それ。
と、小さく呟いた姫君の頭を撫でる。
未来に起きたことを知り過ぎるのは良くないよね。

「内緒。きっと姫君もいつか会えるから」
「ふぅん」
「きっといつか、ね」

姫君がこれから辿る道が必ずこの『未来』と同じとは限らない。
だからきっと。その言葉に願いを込めて。

そして何より、過去のオレ達がこれからもずっと、姫君の傍に居られるようにと、願いを込めて。



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