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つ、疲れた………。
獄寺君との『お勉強会』が終わった後の正直な感想はそれだった。
そうして、自分が如何に知らないことが多いのかを把握した。
まぁ、そりゃ、理屈ばかりわかってても、な部分は確かにある。
だけどそれ以外の部分も、知らないことが多かった。
えぇと、リングと波動とが揃わないと炎が出ないとか、聞いたことないんだけど。

「うー、頭痛い………」

こんな状態の私を放って獄寺君がここに居ないのには訳がある。
この時代の了平先輩が、獄寺君を迎えに来たからだ。
なんだか色々会議あるみたい。
獄寺君を連れて行くとき、ぽん、と了平先輩が優しく頭を叩いてくれたけど、あれはどういう意味なんだろう。

「深琴ちゃん………」

こうして1人になって落ち着いて、ようやく深琴ちゃんについて考えられる。
深琴ちゃんが生きているからこそ、子雨は笑って指輪を握っていたはず。
だからきっと、大丈夫。無事に保護されてるはず。
でもだからって、心配してないわけじゃない。
もし万が一、深琴ちゃんに何かあったととするのなら、私は───私は。
机に額を付け、きゅっ、と口を閉じる。

「深琴ちゃん、無事、だよね………」
「はぁい、深琴ちゃんでっす」
「?!!」

がったん、と椅子が音を立てて倒れる。私が立ち上がったからだ。
入り口を見れば、深琴ちゃんが微笑んでその場に立っている。

「たっだいま、静玖。無事そうで何より」
「───深琴ちゃん? 本当に、深琴ちゃん?」
「静玖?」

かくん、と膝が落ちる。
そのまま床にへたり込んで、呆然と深琴ちゃんを見上げた。
動いてる。深琴ちゃん、ちゃんと、五体満足で動いてる。
───生きてる!

「静玖? どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないよ、深琴ちゃん」
「?」
「無事で、良かった」

絞り出したような自分の声。
そんな私を見て、深琴ちゃんが目を丸くした。
そうして、

「っ、」

弾かれたように床を蹴ったと思ったら、そのまま抱きついてきた。

「ごめんっ、ごめん、静玖」
「何が………?」
「まさか静玖があんな反応するなんて、思わなくて、ごめん、わざとあんな明るく振る舞って………!!」

きゅうっと抱き付いて、お互いの温もりを分け合う。
そうして、深琴ちゃんの肩が震えてる事に気が付いた。

「良かった、無事で」
「静玖こそ。───ねぇ、静玖」
「なあに、深琴ちゃん」
「『雪』ってなあに」

ひくん、と今度は私の肩が揺れる。
まさか深琴ちゃんの口から『雪』なんて言葉が出るなんて思わなかった。
それにしても、なんで深琴ちゃんが『雪』を?

「静玖は、何なの?」
「深琴ちゃんの妹だよ」
「じゃあなんで、ボンゴレにっ、マフィアと関係があるの、静玖!」
「………あの日あの時、私があの人に、ティモ───九代目に出逢ったから」

身体を離した深琴ちゃんが、ゆるゆりと目を見開く。
長い睫が震え、頬に落ちた影が揺れる。

「私が、自分自身でマフィアと出逢ったの。私が綱吉の幼なじみであることは関係ないの」
「………ツーちゃんは、関係ない………?」
「うん」
「だから静玖は、ツーちゃんに関わってこなかったの?」
「それもある。私が関わりたくないことと、綱吉が望まなかったことだから」

まぁ、無理に綱吉に関わる必要がなかったって言うのもあるけれど。
深琴ちゃんはぱちぱちと瞬いて、それからまたきゅっと抱きついてきた。

「………とにかく、無事で良かった」
「うん」
「ヴァリアーに居た時、ちょっと居心地悪かったの。ちょっと甘やかして」
「はいはい、いらっしゃーい」

深琴ちゃんの背に手を回そうとしたら、深琴ちゃんの身体が離れていった。
うん?

「ごめんねぇ、雪の姉君。ちょっとそこの姫君返してほしいんだ」
「離して下さいっ」
「子晴………?」
「はあい、貴方の晴だよ」

緩いオールバックだった髪は下ろされ、長くなった髪は後頭部でちょこん、と結ばれている。
髪型は変わったけれど、彼が子晴なのは間違いない。
深琴ちゃんを離したのを確認してから立ち上がり、彼に二、三歩近付く。
にこり、と笑った子晴がすごく懐かしく感じて、また彼の愛称を口にした。

「どうしたの、姫君。あ、もしかしてオレに会いたかった? もう、そうならそうって言ってくれればいいのにぃ」
「四十路前でも変わらないんだね、子晴」
「いやいやいや、まだ三十代前半だからっ。なんでそういうこと言っちゃうかな!」

姫君の意地悪、と言いながら私に手を伸ばしてぎゅう、と抱き締めてくる。
思わず抱き返せば、首の後ろ辺りをぐっと深琴ちゃんに引っ張られ、子晴から離された。
え、え。

「人の妹に気安く触らないで下さい、ロリコンっ!」
「姉君が口出さないでくれる?」
「妹を心配してなにが悪いんですか!」
「ちょ、ちょっと待って、深琴ちゃん。子晴は………っ」

睨み合う2人を止めようと身体を捻る。
すると今度は子晴に腕を引かれ、彼の背に身体を隠すことになった。
え、ええっ?!

「残念だけど、姉君。自分の立場を理解してもらおうかな?」
「『立場』?」
「貴方はね、十代目沢田綱吉の大切な人で、九代目の『雪』である姫君の大切な人であるから護られるだけ」
「っ、」
「『護ってもらってる』立場なんだから、少し黙ってようよ」
「子晴!」
「ボンゴレにとって、貴方は価値無いんだから」

響いた子晴の声は、形のない刃として空を切った。

「なに、それ。子晴、それ本気………?」
「ん? うん、本気だよ、姫君。残念だけど、姫君がどれだけ嫌がろうと、そういう差は出てくるよ」
「………………」
「あぁ、立場がわからなきゃいけないのは、貴方もだったんだね、姫君」

姉妹揃って真っ青になって立ち尽くす私達に、子晴が困ったように呟いた。



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