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いつもの日課のランニング中、聞こえてきた怒声に身体を震わせた。
これ、あれ、この声………。
足の向きをキュッと変える。
聞こえた方へと走って、ドアを開ける。そこに広がるのは大きな画面に映し出されたスペルビの姿。
そしてその後ろに見えるのは、

「子雨………」
「静玖、お前、どうしてここに」
「山本、それ後で」

いきなり現れた私に山本君が声を掛けるけど、それは綱吉が制してくれた。
スペルビが何か言っているけれど、耳に入らない。
スペルビの後ろ、老けた子雨が見せたのは私が深琴ちゃんに預けた指輪だった。
それが今、子雨の手の内にある。そして彼は淡く淡く微笑んでいる。
つまり、───それはつまり。

「っ………、」

ふらついた身体を支えてくれたのはビアンキさんだった。
そのままぺたりと床に座り込んで、きゅっと両手を胸の前で握り締める。
はくはくと数回荒い呼吸を繰り返して、傍に来た綱吉を仰いだ。

「深琴ちゃん」
「は? 深琴?」
「うん、深琴ちゃん、無事みたい」
「え、なんでわかるの?」
「子雨が、」
「は、雨?」

一言喋る度に綱吉から疑問が返ってくる。
その問答を幾度か繰り返して、少し落ち着いた。
どうしたの、と言わんばかりに膝を付いて私の肩に手を添えてきた綱吉を見て、深呼吸をしてから身体から力を抜く。

「あのさ、さっきの映像? の後方に、ほら、立っていた人、居たでしょう?」
「………………居た?」
「居たの。ねぇ、リボ先生」
「ジャンニーニ、もう一回流せ」

リボ先生に話を振れば、そのままもう一回映像を見ることに。
ちょ、みんなスペルビに気を取られすぎだよ!
リボ先生に声を掛けられた人が今一度映像を流す。
子雨が指輪を掲げた時点で映像を止めてもらった。

「これ、これが子雨!」
「………それ、本名?」
「え、違うよ。私、本名知らないもん」
「えぇえ!」
「良いの。彼はティモの守護者の息子ってちゃあんと身元わかってるから。で、この子雨が持ってるのが、私のピンキーリングだよ」
「………言われればそんな気もするけど、みんなわかる?」

綱吉の問いにみんなが首を横に振る。
そりゃ、一番一緒にいる綱吉がわからないなら、他の人がわかるはずないよね。
でも見間違いなんかじゃない。あれは、間違いなく私がティモからもらったピンキーリングだ。

「で? なんでそれをあの子雨って人が持ってると深琴が無事なの?」
「深琴ちゃんに預けてたんだ。何かあったときのために」
「………何か、」
「私と深琴ちゃんは、綱吉とリボ先生が居なくなっていたのを知っていたから、ね」

先に未来に来ていた綱吉に、あの恐怖と焦燥とはきっとわからない。………伝えるつもりもないけれど。

「そっか。でもなんで指輪を預けたわけ?」
「あー、えと、あれ、発信機付きらしいから」
「はぁ?!」
「いやまぁ、うん。綱吉、どうどう」

うんうん、私もこういう反応したなぁ。
改めて指輪について確認すると、やっぱりおかしいんだよね。
でもまぁ、ティモがくれたものだから。

「でさ、そんな代物が子雨の手に、しかもヴァリアーに居るなら、深琴ちゃんは救出されたって前向きに考えるべきだと思ってね」
「願望?」
「2割は。深琴ちゃんならきっと大丈夫。無事で居るって信じてる。それに私は、彼らの実力も信じてる」

子雨は深琴ちゃんと直接関わりがなかったかもしれないけど、子霧や嵐ちゃん、雷は深琴ちゃんと一緒に住んでいたんだから、見捨てるような真似はしないと思う。
だからきっと、深琴ちゃんは大丈夫。

「ちょっと待て」
「獄寺君?」
「なんでお前がヴァリアーの存在を知ってるんだ、柚木!」

ビシッと獄寺君に指さされて、ぎくりと身体を震わせた。
獄寺君の疑問はご尤もだ。
ちらりと綱吉を見れば、綱吉が、あ、と言葉を漏らした。

「ごめん。全く説明してない」
「え、あぁ、うん」
「十代目! どういう事なんですか!」
「ひっ、」
「獄寺君、綱吉に聞かないで」
「柚木………」

獄寺君に凄い顔で睨まれた綱吉を、そっと背に庇う。
私の立場は、いくら綱吉だって説明し難いものだし、何より又聞きよりは直接言った方が彼だって理解できる。………納得できるかは別として。

「柚木、お前は一体、『何』なんだ」
「私は、ティモの───九代目の『雪』」
「『雪』………?」
「そして、ボンゴレリングの『雪』を預かる者」

左手の中指からリングを外して獄寺君に差し出した。
震える手でリングを受け取った獄寺君はしげしげと見つめ、それを返してくる。

「お前も、『関係者』だったのか」
「まぁ、一括りにしたらそうだね。だけど、君達とは立場が違う」
「どう違うんだ?」

獄寺君の向こうから山本君の声が飛ぶ。
リングをぎゅっと握り締めて、それから意を決して口を開く。

「言い方が悪いかもしれないけど、君達は『十代目』のもの。そうだよね?」
「あぁ」
「私は『九代目』のもの。そして、君達とは違って『守護者』じゃない」
「は?」
「私はこれを、ティモから預かったの。守護者としての地位を、託されたわけじゃないから」
「───ちょっと待って」
「綱吉?」

背後からの声に振り返る。
すると綱吉は、苦虫をすり潰したような顔をしていた。

「俺だって、みんなに守護者を託したわけじゃないよ。みんなを守護者に選んだのは父さんだから」
「………なんで家光のおじ様?」
「静玖、お前、家光が門外顧問って知らないのか?」
「もんが………?」

聞き慣れない言葉に、ぱちぱちと目を瞬かせる。
そんな私に対して、獄寺君は深い深いため息を吐いた。

「まぁ、家光のおじ様が何者であろうとなんだって良いよ。とにかくみんなは、綱吉のために選ばれた。そういった点でイロイロ違うってことが重要なんだから」
「───いいや、良くねぇ」
「………獄寺君………?」

響いた低い声にビックリして、思わず綱吉に手を伸ばす。
ごごご、と鈍い音を背負ってそうなほどの覇気を纏った獄寺君は、再びビシッと私を指差した。

「ボンゴレ関係者がボンゴレについてわからねぇなんてどういう了見だっ! その軽い頭に俺が一から叩き込んでやる!!」
「隼人、貴方にそんな暇は───」
「うるせぇ! ほら、来い、柚木!」
「わぁっ!」

腕を引かれ、無理矢理立たされる。

そしてそのまま部屋を出たため、気が動転してすれ違った人達を認識出来なかった。



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