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「あー、そうだ。言い忘れてました、師匠ー」

のんびりした弟子の声に苛々しつつ、なんですか、と聞けば、ふざけたカエルを被った弟子はこう宣う。

「雪さんが、『無茶しないで』って」

出て来た名前にそっと目を伏せる。
静玖さん。僕の唯一の友達。
僕の唯一の、喪いたくないもの。
だけど、

「無茶しなきゃ、現状は打破出来ないんですよ、静玖さん」

相変わらずの甘さに思わず苦笑する。
首を動かすと結い紐代わりに使っている縄に付いた鈴がちりり、とその存在を主張した。

「骸くん、貸してあげます」

そう言いながら微笑んだ静玖さんから預かった、目印の鈴。
彼女が僕に預けた唯一の品。
未だ現し身ではないこの身に、彼女がくれた現し物。

「さて、そろそろでしょうか」

大計をなすため、僕は雑念を捨てようと静かに息を吐いた。













「手巻き寿司?」
「うん、そう。明日の朝は『楽しく』って意味を込めて」

はい、と京子ちゃんからタオルを受け取りながら、ふぅん、と曖昧な相槌を打つ。
手巻き寿司ねぇ。

「ん、わかった。でもなんで獄寺君には内緒?」
「………サプライズ的な感じ? かな。わたしも詳しくはわからないんだ。でも、朝ご飯は用意しなくていいって、ツナ君と山本君が」
「………ふぅ、ん」

獄寺君、何かあったのかな?
でもそこは京子ちゃんもわからないみたいなので深くは聞かないけど。

「タオル、ありがとうね、京子ちゃん」
「ううん。………ねぇ、静玖ちゃん」
「ん?」
「静玖ちゃんはなんで頑張ってるの?」

マフィア云々の事情を知らない京子ちゃんにとって、私の体力作りの理由がわからないのはわかる。
そして、それを純粋な疑問として私に投げかけちゃうのも京子ちゃんらしいと思う。
ただ問題なのは、その問いに、京子ちゃんの満足する答えを持っていない私だ。

「静玖ちゃん?」
「あ、ごめん。………うーん、私が頑張る理由、ね。───私が私であるがため、かな」
「………難しいね」
「………………そう、だね。難しいね」

自分で決めたとはいえ、それが難しいことなのは良くわかってる。
だって、今の頑張りが本当に私を『私』たらしめてくれるかわからないから。

「でも、静玖ちゃんは頑張るんだね」
「へ? あ、うん」

だって、それ以外、何をして良いか、わからないんだもん。

「うん、そんな静玖ちゃんだから、私、大好きなの」
「………京子、ちゃん?」
「でもだから、無茶、しないでね」

きゅっと手を握られる。
ぱち、と目を瞬かせて、それから京子ちゃんの手を握り返す。

「………わたしね、怖いの」
「京子ちゃん?」
「事情も良くわからないし、でもツナ君達も、静玖ちゃんも凄く頑張ってる。───じゃあわたしは?」

かたかた、と京子ちゃんの手が震えだした。
───恐怖と、緊張と、焦燥。

「わたしは、何してるの、かな」
「何って、」
「わたしも、頑張れてるのかな」

泣きそうな声を聞いて、繋いでいた手を強く引いた。
ほぼ変わらない体型だけど、ぽすん、と私の腕の中におさまる印象がある京子ちゃんの華奢な身体。
思わず力を入れて抱き締めた。

「京子ちゃん、」
「ううん、わかってるの。頑張り方は人それぞれだよね。だから、わたしは少しでもみんなを支えられるように出来ることしてるの」
「そうだね」
「でも、………それでもちょっと、」

不安なの。
震える声で告げる京子ちゃんに、なんて言葉を言えば良いかわからない。
大丈夫だよ、と言うのも違う気がする。

「静玖ちゃん」
「うん、なあに」
「………お兄ちゃん、大丈夫かなぁ」

───そうだった。
了平先輩の姿が見えない。行方を知らされてない、わからない。それは、京子ちゃんの不安はさらに増すだけ。
了平先輩、どこにいるんだろう。

「静玖ちゃんは、先輩のこと、心配じゃないの………?」
「あー、」
「???」
「心配じゃない、って言ったら嘘になるけど、私に出来ることは一応しておいたし、」
「へ?」
「あ、いや、こっちの話」

この未来でまだあの、発信機が付いてるピンキーリングが生きてるなら、護衛の誰かがあの指輪に反応してくれるはず。
それを期待して預けてあるんだから、うん、私はそれに縋るしかない。

「でも、心配し過ぎてやらなきゃいけないことが出来ないのは本末転倒だし、」
「静玖ちゃん、」
「空回りでも良い。私は、自分が選んだ道を歩いていくよ」
「───………」

腕の中の京子ちゃんの肩が震えた。
それからぱっと京子ちゃんの身体が離れていく。

「………なんかもう、静玖ちゃんが男の子だったら絶対好きになってると思う」
「はい?!」
「そうだよね。やろうって決めたこと、やらなくちゃ」

うっすら見えた目尻の煌めきは見なかったことにした。
ここでそんなことを追求しても仕方ないから。

「静玖ちゃん、これからお風呂?」
「うん、そう。………なんなら一緒に入る?」
「ふふ、じゃあ、お言葉に甘えちゃおっと」

にこり、と微笑んだ京子ちゃんは、確かに並中のマドンナに相応しい存在だった。



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