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「起きなよ、静玖」
「んむ、」
「おはよう」
「………おはよーございます」
「学校に泊まった気分はどうだい?」
「むぅ」

学校………?
こしこしと目元を擦る。
ぱちぱちと目を瞬くと、薄く笑った雲雀先輩が目に入った。
………雲雀先輩?

「っ!!!」
「ま、学校に泊まれば遅刻しないから良いけどね」
「うわ、うわわぁあああ!」
「ん、なに?」

くすくすと笑うのは雲雀先輩で、そう、ここはまだ学校で。
しかも応接室で。
雲雀先輩の前で、泣き疲れて眠り、そうして、今、雲雀先輩に起こされた。
あああ、恥ずかしい、恥ずかしい!
寝顔っ、寝顔を見られたっ?!
やだやだ、これは恥ずかしい、恥ずかしい!

「今更何を恥ずかしがってるの?」
「いや、だって!」
「まぁいいや。どうする、帰る?」

そのまま授業受けるか、と聞かれているのだ。
………いやいやいや!

「お風呂入りたいので帰ります!」
「そう。じゃあ帰りなよ。今日は休んでも構わないから」
「え」
「ん? なに、学校また来れるの?」
「あ───。いえ、ちょっと、頭、冷やしてきます」

好きにしたら、と冷たく返されたけれど、それが雲雀先輩の優しさだとわかったので、こくんと頷く。
掛けられていたそれは雲雀先輩の学ランだったらしく、目に入った腕章に思わず微笑んだら、雲雀先輩がにやりと口端を釣り上げた。

「貸し2、ね」
「?!」
「ほら、早く帰らないと教室に押し込むよ」
「わわわ、帰りますっ! さようなら、雲雀先輩。それと、───ありがとうございました!!」

学ランを返して、私は応接室を出る。
応接室を出る前に見た時計は、7時を既に回っていた。
うわわ、ちょっとこれはヤバいんじゃないの。
雲達になんにも知らせてないし、これじゃあ、私も深琴ちゃんも無断外泊じゃないか!!
急いで帰らなきゃ、と走ると、すっ、と物陰から誰か出てきた。

「っ、」
「静玖、ちゃん」
「正一くん………」

バズーカと学校鞄を片手に、正一くんが立っている。
ざり、と一歩退くと、正一くんの瞳が揺れた。

「静玖ちゃん。あのね、」
「………………」
「………僕が、怖い、よね」

こんなもの持っているんだもの、当たり前だよね。
と、正一くんは自嘲する。
正一くんが持っているそれが、怖い。
正一くんが何をしたいのかわからないから、怖い。
正一くんの目的が見えないから、怖い。
更に一歩退こうとして、身体が動かないことに気が付いた。
指先一本まで動かなくて、驚きたいのに目も見開けない。
───おかしい。
なんだこれ、おかしい!

「………………お願い、」
「?」
「お願い、静玖ちゃん。僕を信じて」
「っ、正一くん………?」
「お願いだから、信じて。僕のこと、嫌いになっても構わないから───!!」

泣きそうで、苦しそうな声。
そんな声で言われたら、深琴ちゃんにした行いについて、言及出来ない。
わからない、どうしたら良いんだろう。
ぐるぐると回る思考の中、動かない身体をもどうしていいかもわからず、唯一自由な口を閉じた。

「静玖ちゃん………」

眼鏡の向こうにある瞳は揺れに揺れているし、目尻には涙が溜まっている。
まるで私が彼を苛めているみたいだ。
違う、違う。誰も苛められてないし、そんな悠長なことを言っている場合ではない。
身体が動かない理由がわからないけれど、動かす術もわからないから、どうしようもない。
それでも、私に言えることがある。

「しょ、正一くん。深琴ちゃんは、」
「え?」
「深琴ちゃんは、どこに居るの。どこに送ったの。何をしたの、………何をしたの!!」

姉の無事を確かめるまで、正一くんを信じられない。
目の前で居なくなった深琴ちゃんの無事がわからない以上、正一くんを信用する事なんてできない。

「わからない」
「『わからない』?! なんで、どうして!」
「それでも僕は『僕』を信じてやるしかないんだ………!!」
「は………?」
「一番何が何だかわからないのは僕なんだよっ! だけど、もうやらなきゃいけないんだ!! ねぇ、お願い」
「っ、」
「お願いだから、静玖ちゃんも『僕』のこと、信じてよ………!!!」

じゃなきゃ僕はもうどうして良いかわからない! と嘆く正一くんは、ぼろぼろと涙を零した。
息を飲んで彼を見る。
あぁ、あぁ、そうか。そうなんだ。彼は、───彼は。

「正一くん」

名前を呼ぶ。
やっぱり身体が動かないから、出来れば彼に傍に来てほしい。
だけど、それを伝えるのは憚られる。

「正一くん、わかった。私、君を信じる」
「っ静玖ちゃん!」
「だって、───だって友達だもん。信じたいよっ。君が信じてって言うのに、『信じられない』なんて言えないよ………!!」
「っ───………!!」

言えるはずがない。
『信じられない』なんて、言えるはずがないんだ。

「信じる。───ううん、信じたい。私も正一くんのこと、信じていたいよ………!!」

身体が動かないのが本当にもどかしい。
私もボロボロ泣いて、拭えない涙をただ頬に伝わせた。

「───ありがとう」
「え、」
「僕のこと、信じてくれてありがとう」

いや、いやいや正一くん、ちょっと待っておかしいよ、やることと言っていることが違う!!
ちゃき、とバズーカを構えられ、その銃口は私に向いている。
えええ、なんでこうなるのかなっ!

「『僕』のこと、宜しくね、静玖ちゃん」

ガウンッ、とバズーカが撃たれる。
引っ張られたり縮められたり回されたりする三半規管を壊すような感覚に口から変な悲鳴を上げると、ふわり、何か温もりに包まれた。

「いらっしゃい。過去の柚木静玖」

ぎゅうぅう、と誰かに抱き締められる。

それが雲雀先輩だと気が付いたのは、30秒後。



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