68

その日は突然やって来た。

「白蘭、やってきたよね」
「静玖ちゃん?」
「『綱吉』、やってきたんでしょ?」

にっこりと、彼の名前が出ない限りそんな笑み浮かべないだろうそれをして、彼女はゆっくりと声を上げる。

「じゃあ、君との約束はここまで」
「………なにそれ、どういう意味?」
「どうもこうも。『綱吉が死んだら』って約束だったでしょう?」
「綱吉クンは死んだじゃない」
「でも、生きてる。───ううん、生きてる『綱吉』が存在している」

つまり、

「過去の生きてる綱吉クンが来たから約束を反故にするって? ずいぶんな真似しようとしてるよね、静玖ちゃん」
「それが私だから。君との約束より綱吉を優先する。そんなの当たり前でしょ? 君は赤の他人で、綱吉は幼なじみ。大切さの度合いが違うんだよ」

相変わらずボクに対してだけ冷たい声を響かせる。
過去の綱吉クンがやって来たのは事実。
だけど、だからって静玖ちゃんがボクとの約束を破ることにはならないと思うんだけど。

「だって白蘭は限定しなかったもの。現代(いま)の綱吉って。だから、過去の綱吉が生きてるなら、君との約束を守る必要ない」
「静玖ちゃん、まさかその揚げ足を取るためだけに来たの?」
「そうだよ? じゃなきゃ、こんな所来ないって」

こんな所、ね。
マフィアのボスの部屋を、なんて価値のない言い方か。
………ま、仕方ない、か。
静玖ちゃんはミルフィオーレの一員ではないから。

「静玖ちゃんさぁ、」
「ん?」
「ボクのこと、嫌い?」
「んー、嫌いではない、かな」
「へー。じゃあなに?」
「興味がないんだよ」
「───は、」

ボクが。それともボクがやろうとしている事が。
それともその両方が。
面と向かってそんなこと言ってくる人間はどこにもいない。
だからこそ静玖ちゃんの発言はわりと重い。

「そう、ふぅん。興味ないんだ」
「うん」
「そっか」

それは仕方ないなぁ。

「じゃあ何で静玖ちゃん此処にいるの?」
「だって約束したから」
「誰と?」

ゆっくりと、静玖ちゃんの唇が弧を描く。

「君と。───そして綱吉と」
「………………」

よくわからない。
こんな『世界』、知らない。
………まぁ、いっか。

「ねぇ、静玖ちゃん。静玖ちゃんが逃げたいって言ったからって、ボクが簡単に逃がしてあげると思う?」
「あら、まぁ」
「静玖ちゃん?」
「君では私には勝てないよ、白蘭。相性が悪すぎる」
「ボクが君に負けるって?」
「いや? 勝てないけど、経験値的には君が勝つだろうから、負けもしない」
「つまり、相討ちってこと?」
「んー?」

笑いながら首を傾げる静玖ちゃんの両手を見る。
小指以外どこにも指輪は嵌められていない。
そんな状況で、ボクが静玖ちゃんと相討ち、ね。

「ねぇ、白蘭」
「うん?」
「私の空は世界でただ1人。それ以外の空を傷付けることに、私は躊躇いがない。だからさ、凍ってくれる?」

言葉と共にぴき、と空気が凍る。
違う、空気中の水蒸気が凍っている。
ぱきぱき、とボクのマーレリングを覆うように氷が作られていき、最終的にはボクの足を地面に縫うように氷が作られた。
………はぁ。

「氷は溶かしちゃえば良いだけだよ?」
「わかってないなぁ、白蘭。君の炎じゃあこの氷は溶けないよ?」
「っ、」
「だから言ったでしょ、相性が悪いって。私の弱点は『晴』だから、正一くんを呼び戻すことをお勧めするよ。だって、君の隠し種を使うわけにはいかないでしょ?」

静玖ちゃんの言葉は事実だった。
リングに炎が灯らない。
そしてまだ、『彼』を使うわけにはいかない。
ぎり、と歯を噛みしめて静玖ちゃんを見れば、静玖ちゃんは小首を傾げてにこりと笑った。

「じゃあ、私は行くね。お世話になりました、白蘭」

またね、なんて言いながら彼女はボクに背を向けた。
恐れることなく、当たり前のようにこのボクに背を向けるなんて、あぁもう本当に。

「大物だなぁ」

『リング』がなくてもこの様に芸当ができるんだから、本当に腹立たしい。
そして、

「そこまでして隠したいんだね、静玖ちゃん」

自分がリング以外の『何か』を持っているなんて事実を。
………あーあ。
ますます欲しくなるだけなのに。

「次はないよ」

そう。
次は、逃してなんかあげないからね。



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