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密やかに行われる儀式。
俺はその儀式を、ただ見守るだけ。
意識も意志もなくただ在り続ける姫の前に跪いて頭(こうべ)を垂れ、そうして、姫の靴に口付ける。
幾度か見させられた───魅せられた行為は、心臓を確かに揺さぶっていた。

「アンタ、マゾヒストか?」
「はぁ?」

姫の部屋から出てきた彼女を掴まえて思わずそう聞けば、頭1つ分以上小さい彼女は眉を寄せて不愉快そうに顔を歪めた。

「どこの誰かと思えばブラックスペルのγさんじゃありませんか」
「あぁ」
「で、どこをどう踏まえて私がマゾ?」
「姫に跪いて靴に口付けてるじゃねぇか」
「跪くぐらいγさんもなさるでしょう?」

当たり前のように首を傾げた彼女───静玖に、目を細め、眉を寄せた。

「それに、ユニに忠誠を誓わない私が手の甲に口付けるわけにはいかないでしょう?」
「だからって、普通、靴か?」
「………私とユニを直接結ぶ接点はないので、それが妥当かな、と」

ぽりぽりと頬をかく静玖は、姫と違って常に微笑んでいるわけではない。
姫のように、すべてを受け入れ、すべてを認め、微笑むわけではない。
ただ、ありのままのその姿を一瞥するだけ。
その中で自らの懐に入った者に手を伸ばし、微笑み、安らぎを与える。

「姫は、『対象』なのか?」
「はい?」
「だから姫は、『雪』にとって庇護対象か?」

静玖が『雪』であることはミルフィオーレにいる全員が知っていることだ。
だけれど、誰の『雪』であるかは不明瞭のまま。
姫か、もしくは白蘭か。
じわりと手に汗握って聞けば、あはは、と静玖が声を出して笑った。

「私とユニはそんな説明が付く関係じゃありませんよ?」
「は………?」
「説明が付いたら本当に簡単ですねぇ」

どうしましょう、と、笑いながら呟く
そのあっけらかんとした様に、俺は苛立ちを隠さずにどん、と壁を拳で叩いた。
雷の炎を纏わないだけ有り難いと思ってほしいもんだ。

「茶化すな」
「茶化してはいませんよ。私とユニを直接結び付けるものなんてない。ユニはアルコバレーノだけれど、私はアルコバレーノではない。ユニは『大空』だけど、私はユニの『雪』ではない。これが『真実』ですから」

それからふ、と自嘲気味に口端を釣り上げた。

「そんな関係性、ぶち壊せるなら壊してますよ。───壊してしまえば、後は楽だから」
「お前、」
「壊せないから、私達は白を纏った禍々しい蘭の下にいる。でしょう?」

───あぁ、本当に。
壊してしまえれば、楽なのに。
以前の姫に会いたくて会いたくて、俺は静玖に苦笑を返すしかなかった。

「………あぁ、そうだ。私の空のことでしたね。私の空は、もう居ませんよ」
「沢田綱吉か」
「いいえ? 私と綱吉は幼なじみでしかありませんよ」

だったら一体、呟き掛けて口を閉じた。
眉を寄せてじっと静玖を見れば、静玖は瞳を揺らしながら微笑む。

「私の空は、あの人だけだから。たとえ白蘭に脅されようと、綱吉に頭を下げられようと、それだけは変わらない。───それこそ、貴方だってそうでしょう?」
「………全くだ」

誰に何を言われようと、頭(こうべ)を垂れた空はたった1つだけ。

不可解に見えたこの『雪』は、案外自分に似た部分を持っていたらしい。



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