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「いらっしゃい。歓迎するよ」
「しなくて良いよ。どうせ出て行くから」
「ボクがそれを許すとでも?」
「白蘭、君に私の行動を制限する権利はないよ?」
「ふふ。まぁ、いいや。精々ボクから逃げられないことを嘆くといいよ」
「絶望しか与えられない君から逃げてみせるよ」

長居をするつもりがないことを口にすれば、白蘭は肩を震わせておかしそうに笑った。











「わぁ、この紅茶美味しいですね」

淡く色付いた唇を真っ白な陶磁器に当てて呟く。
『客』という名でミルフィオーレにいるが、実際はただ単に軟禁されているだけ。
そうであるにも関わらず、彼女は監視が居るこの部屋で、混入物の心配をせずに出された紅茶を飲み干した。

「そんな隅で何をしているんですか、柘榴さん?」

呼ばれたのは確かに自身の名で、ちらりと彼女───静玖を見れば、静玖はにこにこと笑っている。

「アンタ、自分の立場わかってんのか?」
「わかってますよ?」
「じゃあ、オレの立場は?」
「私の監視役」

きっぱりはっきり言ったその顔はいっそ清々しい。
悩むのは好きじゃねぇんだが、とわしわしと髪をかき混ぜ、それから静玖の目の前の椅子を引いて座った。
うっすらと弧を描いた唇に人差し指と中指を添えて、くすくす、と鮮やかに微笑んだ彼女は反対の手をお茶請けのクッキーに手を伸ばす。

「だからって、一緒にお茶をしてはいけないわけではないでしょう?」
「それはそうだけどよぉ、」
「じゃあ、良いじゃないですか」
「そうじゃねぇだろ」

さくさくとクッキーを食べる静玖に緊張感もなければ警戒心もない。
深いため息を吐けば、ティーポットに手を伸ばした静玖は薄く笑った。

「だって白蘭は私を殺しませんから」
「───………」
「まだ私を殺さない。それがわかっている以上、私はビクビクと恐怖に震える必要はありませんから」
「なんだ、そりゃ」
「彼が私を壊すとしたら『ボンゴレ』を完膚なきまでに叩き潰してから」

とぽぽ、己の使っていたティーカップと、まっさらなティーカップに紅茶を注いでいく。
その姿は、軟禁された人間には全く見えない。

「はい、どうぞ」
「………ありがとよ」

こと、と自らの前に置かれたティーカップ。
独特の茶葉の匂いに、少しだけ眉を寄せた。

「内緒ですよ」
「あ?」
「私とお茶しただなんて、内緒ですよ」
「は?」
「柘榴さんしか誘いません。だから、ね?」

何がどうあって「ね?」なのかわからない。
その誘いに魅力はない。
魅力はないはずなのに、頷き返そうとした自分がいる。
あぁ、これが、『雪』か。
立場に固められた動けない心を、身体を、雪解けるときのように、ゆっくり、自然に、そして感じさせないままに解いていく。
その温もりに触れたら最後、逃げられない。
『逃げ道』が、欲しくなる。

「───わかった、」

内緒話を始めよう、とオレはティーカップに手を伸ばした。

俺達の存在が秘密であるように、彼女とのこの関係も、秘密裏に。



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