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「じゃあ約束だよ」

言われた言葉に頷いたのは他でもない自分自身。
だから私は、行かなければならない。












珍しい来客に、僕らしくなく驚いたのは事実だ。

「何それ、正気?」
「えぇ、まぁ。だから会いに来たんですよ、雲雀先輩」

隠居生活を送っているはずの柚木静玖がわざわざ僕のところにやって来るなんて今までなかったことだから、悪い予感はしていた。
だけど、まさかこんな事を言いにくるとは思っていない。

「綱吉が死んだ今、私は『彼』との約束を果たさないと」
「………沢田綱吉は、」
「わかっています。だから口にしないで下さい、雲雀先輩」

沢田綱吉は、死んでいない。仮死状態だ。
それをわかった上で、彼女はゆっくりと微笑む。

「綱吉の『死』を、嘘だとバレるわけにはいかない。だったら尚更、私は行かないと」
「それが『裏切り行為』だと罵られても?」
「やだなぁ、雲雀先輩。私は十代目ファミリーではありませんよ」

くすくす、と漏れる笑い声は相変わらず落ち着いている。
だからこそ、その覚悟が見える。

「それに、私は彼らの一員になるわけでもありませんから」
「………そう」
「だから雲雀先輩」

柚木静玖の細い指が僕のそれに触れる。
ひやりと冷えた指先を追うように、僕は彼女の手を握りしめた。

「『綱吉』のこと、お願いしますね」
「やだ」
「なるべく早く帰ってきますから」
「君の『お願い』を聞く理由がないよ」
「もう、雲雀先輩?」

下から僕の表情を覗く彼女の両目を手で覆う。
僕は今までで一番酷い顔をしていると思うからこそ、彼女の視線を閉ざした。

「………行かなければ、いい」
「雲雀先輩?」
「行きたくないなら行かなければいい。『ならない』なんて義務、君には似合わない」
「………………」

抗争があろうとも、今まで通り隠居生活を送ればいい。
それが柚木静玖だ。
自ら関わるだなんて、おかしい。

「雲雀先輩、私、会いたい人が居るんです」
「………誰?」
「ユニ。アルコバレーノの『大空』を継いだ幼き姫。フィーの『大空』」
「そう」
「それに、『おしゃぶり』の状況も気になります。そのうちの4つはすでに白蘭の手の内。だから私、『行きたい』」
「っ、」

目を覆っていた僕の手を握り締めてくる。
外れた先にある双眸には、意志しか宿っていない。

「だから、行ってきますね、雲雀先輩」
「柚木静玖、」
「白蘭が作る世界の終わりなんて認めません。綱吉が『綱吉』を信じたのなら、私も『綱吉』を信じる。だからちょっと、行ってきます」
「───静玖」

手を離して肩と腰とに腕を回す。
即座に背に回された手は震えていた。

「必ず帰ってきますから」
「僕は気が長くないよ」
「───はい」

離れていった温もりは、どこか誇らしげだった。



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