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信じられない、とえぐえぐ泣いている雪姫の首筋を見て、これはないなぁ、と確かに思った。
しっかりと歯型が残っているし、血も滴ってる。
さらにうっすらと残る跡まであるもんだから、こりゃあ泣くわな、って感じ。
晴が運転する私の車の中、ぺたん、とその歯型が隠れるほどの大きな絆創膏を貼れば、雪姫はほっとしたように涙を拭った。

「みんなが言ってた意味がわかった気がする」
「まぁ、後の祭りだけどね」
「ごめんね、子雨」

ようやく涙が引いた雪姫は、ふぅ、と長めのため息を吐いた。
まぁ、あれなら確かにため息も吐きたくなるよね。

「でもさ、ちょっと謎なんだけど」
「ん?」
「『ヴァリアー』ってなに?」

あぁそうだ、この人はまだ知らないんだ。
いや、知る必要なんてどこにもない。
たとえ彼女がボンゴレの大空の寵姫だからといって、『暗殺部隊』を知る必要なんてどこにもない。

「嵐ちゃんにも聞いたんだけど、答えてくれなくてさ。マモ君もはぐらかすし」
「知らなくても大丈夫だよ、雪姫」
「うん───うん、そっか」

ちょっとしゅん、と肩を落とした雪姫に、そっと手を伸ばしてその頭を撫でた。

「はい、もういいよ」
「ありがとう」
「ん」

礼を口にした雪姫の目を見れば、少し熱っぽい。そして潤んでいる。

「眠い?」
「なんか疲れがどっと出たというか、」
「ふふ」

寝てもいいよ、と返せば、こくん、と頷いて背もたれに背を預ける。
それから雪姫は再び長いため息を吐いて、それからゆっくりと目を閉じた。
あぁ、信頼されてるな、と感じると、胸の奥がこう、なんて称せば正しいのかわからないけれど、暖かくなってくる。
マフィアがこれでいいのかな、と思いつつも、彼女がそう安らんでいるのを見ると、いいんだよな、と思い返した。
すぅ、と短く聞こえる寝息に笑みを返して、私も背もたれに背を預ける。
それから懐をあさって真っ白な封筒を取り出した。
ザンザス様の手元に渡ったものにとても似た封筒。だけど雪姫宛てであることは一目瞭然。
───消印が付いているから。
手渡しなのに消印が付いているのは、雪姫の家族に万が一手紙が見付かってしまった時のため。
宛名が書かれていない手紙が大量にあると驚くけれど、それでも消印があるならまだ安心出来る。
だから、この消印は保険。
そのことを、たぶん雪姫は知らない。
いや、知らなくていいのかもしれない。
知られて不味いことではないけれど、知れたところで何かあるわけではない。
だから、知らなくても問題はない。

「雨」
「………ん?」

赤信号で車が止まる。
運転しているのは晴で、晴はミラー越しに苦笑した。

「兄さん達にぼっこぼこにされそうな立ち位置だな」
「やだな。雪姫と一番に知り合ったのは私だよ? 誰かに文句を言われようがそれは変わらない」
「雨、」
「それに私は、ちょっと怒ってるんだ」

車内がしんと静まり返る。
ひく、と喉を鳴らした晴は、少しだけ短く息を吐いた。
どういう意味、と目を瞬かせる晴に、私はうっすらと唇で弧を描く。

「ヴァリアーの雨と、どうして雪姫が知り合いなのかな?」
「さ、さぁ」
「そう。私達は知らないよ? だって本国にいたんだもの。だけど、霧も雷も嵐も雪姫の自宅に居たんだよ?」
「雨っ」
「『護衛』として、暗殺部隊と知り合わすなんて面目丸つぶれじゃないか」

ましてや怪我をさせるなんて。
ザンザス様が上書きしたそれは、まずスクアーロが付けたもの。
いつそれを付けたのか。いつ、雪姫と知り合えたのか。それはヴァリアーに同行した嵐達が聞くだろうから知るのはそれからでも遅くはない。

「ん、」
「雪姫?」

隣でくぅくぅ眠る雪姫の顔をのぞき込めば、ぐっすりと眠ってる雪姫が居るだけだ。
うん、まぁ、起きられても困る部分もあるけれど、どうせならゆっくり眠ってほしい。
どうせ今後、彼女の地位はとても面倒くさくなるのだから。
眠れるときに眠らないと、きっと雪姫が壊れちゃう。

護衛の地位がもっとしっかりしていればいいのに、と悩んでも仕方ない言葉をそっと飲み込んだ。



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