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私の雪へ

また再び君に手紙を送ろうと思う。
どうかこれから私に何があっても、どうか悲しまないでおくれ。
すべては私の『罪』の所為だ。私自身が犯した罪が、私に跳ね返ってきただけだ。
だからどうか、悲しまないで。そして苦しまないで。
この手紙が君に届く頃には、きっと私は君に辛い思いをさせているだろう。
だけどどうか、私を嫌わないでおくれ。
それから───


それ以降の文字は、掠れていて読めない。
うーむ、と首を傾げる。
私の瞳が水分で潤んでいるわけでもなんでもなく、本当に、紙の文字がかすれているのだ。
………ティモは、何が書きたかったのかな。
車でくっすり眠った私が次に起きた時、すでにそこは自室だった。
たぶん子雨が運んでくれたんだと思う。
そうして渡されたのが、この掠れた文字の手紙。
これ、ティモが入院する前に書いたものなのかな。
それなら、文字が掠れてしまっていても仕方ない。

「ティモ、」

自分らしくない甘ったるい声が漏れる。
滅多に出ない声に、自分でも苦笑した。
ベッドに寝そべって手紙を読み返して、それから潰さないようにその紙一枚をきゅうう、と抱き締める。
紙の匂いに混じって漂ったのはたぶんティモの香水の香り。
すぅっと息を吸って、それからゆっくりと息を吐いた。

「ただいまー!」
「っ?!」

ばんっと勢い良く部屋のドアを開けたのは深琴ちゃんで、驚きのあまり身体を起こした。
え、あれ、深琴ちゃん?!

「静玖、早速で悪いんだけど夕方出掛けるよ」
「は………?」
「祝勝か───ランボ君の退院祝い!」
「はぁ」

祝勝会? 退院祝い?
どっちにしろ私がそれに行っていいかどうかが謎なんだけど。
手紙を綺麗に折りたたんで封筒に入れれば、ぴょいと深琴ちゃんがベッドに乗ってきた。

「なあに」
「行くでしょ?」
「………うん、まぁ、わかったよ。付き合うよ」
「うん!」

頷けば、深琴ちゃんは嬉しそうに笑った。
久々に見る姉のそんな姿に、思わず笑みが零れる。
私も大概シスコンだな、と小さく呟いて封筒を机の上に置いた。

「なんか深琴ちゃん、楽しそうだね」
「うん、まぁね。楽しいと言うよりは、『嬉しい』なんだけど」

えへへ、と笑う深琴ちゃんに、私も静かに笑みを作った。












こんばんわ、と言いながら山本の家に入ると、パンパンっとクラッカーが鳴らされた。
え、と驚いて目を見開くと、そこにいたのはいつものメンバーと京子ちゃんにハルに………え、静玖?!
なんで静玖まで、と思いつつ、京子ちゃんからのお祝いの言葉を聞いた。
このメンバーを集めたことに凄いリボーンの陰謀を感じる………。

「綱吉」
「静玖」
「………お疲れ様でした?」
「うん」

たぶん意味がわからないままに連れて来られたんだろう静玖は、曖昧に笑いながら首を傾げた。
ビアンキからのポイズンクッキングから逃げて静玖の隣に立てば、静玖はようやくふわ、と甘い笑みを見せてくれる。
───あぁ、終わったんだなぁ。
そう思って、やっと安堵のため息が吐けた。
そう、終わったんだよな。
もうきっと、あんな危ない目には合わないはずだ。
それに、静玖も深琴も、もう巻き込まなくていいんだ。

「───静玖」
「ん? なあに、どうしたの、綱吉」
「ちょっと」

今回、深琴を本当に巻き込んでしまった。
深琴も深琴で、リング戦にまでついてきた。ヴァリアーに顔と名前も見られている。
もし今後何かあったら、深琴を巻き込むことは避けられない。
それでも、

(それでも静玖だけは、巻き込みたくない)

その細い肩に頭を預ける。
いつか、静玖が俺にそうしたみたいに。

「甘えてる?」
「………駄目?」
「んーん。目一杯甘えて」

すりすりと静玖が俺の頭に頭をすり寄せてくる。
………あーあ、本当にもう。
きゅうっと目を閉じる。

「ねぇ、綱吉」
「ん?」
「よくわかんないけどさ、終わったんでしょ?」
「うん」
「じゃあ、『お帰り』」

静玖に『行ってらっしゃい』と言われたのはつい昨日のこと。
そうだ、あれからまだ1日しか経ってないんだ。

「………『ただいま』」

ただいま、俺の日常。
心の中でそう呟いて、静玖に微笑んだ。
その刹那、

「おりゃ」
「うわっ!」
「リボ先生!!」

リボーンの鋭い蹴りが俺の頭に入り、静玖の短い声が飛ぶ。
くらくらずきずきとしだした頭をそっと抱えて、リボーンを睨むと、静玖がリボーンに対して何かを投げた。
───割り箸だ。

「リ、ボ、先生? 綱吉に何してるの?」
「いちゃついてるのがワリーんだぞ、静玖」
「いちゃついてないし。私と綱吉ならこれが普通だもん」

リボ先生に文句言われる必要ない、と言った静玖に、思わず苦笑した。
そうだ、俺達はこれが。

「っ! と、綱吉?」

思わず静玖に抱き付いた。
もう、終わったんだ。俺の非日常は。

「ただいま、俺の日常」
「ふふ、ナニソレ」

だから、お帰りって言ったじゃん。
改めて言われて、あぁ、そうだよな、と噛みしめる。
リボーンがなんか凄い顔をしていたけどこの際無視だ。
───大丈夫。もう、戻れる。

そう思ったのに、その日常がすぐに壊れることになるなんて、俺も静玖もまだ知らないことだった。



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