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つい先日、静玖の首筋に見た絆創膏の理由が判明した。───どうやらスクアーロが付けたらしい。
あんな、そう、あんな眼で静玖を見て、あんなわかりやすいように首筋を叩くだなんて、どういうつもりだアイツ………!

「待って、止めて、ストップ、ディーノさん!!」

スクアーロの襟元をつかみかかろうとしたオレを止めようと、静玖が後ろからきゅうっと腰に抱きついてくる。
そんな静玖に焦ったのは、目の前の車椅子に座っているスクアーロだった。

「跳ね馬………!」
「姫さまを離せ、跳ね馬ー!!」

スクアーロばかりに気を取られていたオレは、真横から飛んできたもう1人の学友に気付かず、綺麗に跳び蹴りが決まった。
ディーノさん?! と言う静玖の声を聞きながら、ぐしゃっと地面に叩き付けられる。
い、いってー!

「嵐ちゃん、やり過ぎだよ! それに、私がディーノさんに引っ付いたんだから、ディーノさんに当たるのは………」
「だって、だって! 姫さまに抱きつかれるなんてズルいっ!」
「嵐ちゃん………」

ときめいている場合じゃないぞ、静玖ッ!
言ったところで倒れてるオレの言葉なんか静玖に届くはずもなく、跳び蹴りを食らわしてくれた旧友に苛立ちを隠さずに舌打ちをした。
そんなオレの顔の横を、厳ついブーツが通っていく。
え、あ? ザンザス?
身体を起こすタイミングで「ぐぇ」と、静玖の可愛らしくない叫び声が聞こえ、何事だと改めて目を向ければ、ザンザスが静玖の首を掴み首筋をじぃとあの紅い瞳で見ていた。
いけない、と思って急いで立ち上がり、彼女の傍に寄ろうとした瞬間、べりっと絆創膏が剥がされる。
てんてんとかすかに残る赤い跡。
あれはまるで───。

「噛んだのか」
「ボスには関係───ぶっ!」
「わあぁ、スペルビっ。ちょ、ザンザスさん、何して───………」

車椅子に座っているスクアーロの顔面を蹴ったザンザスはそのまま静玖の首筋に顔を埋めて、

「い゛っ、」
「姫さま!」
「………えぇ、なんでそんなとこで競うかな、ザンザス様」

ガブリと、それはもう力強く噛み付いた。
あの静玖が涙目になるほどに。
がり、と静玖の指が肩を掴むザンザスの手を引っ掻く。
手の甲に一本赤い筋が入ってから、ザンザスはようやく静玖の肩から顔を上げた。
その隙を逃さず静玖の手を引いて背に隠すと、タラップの上から間延びした声が響く。

「うっわ、ボス、楽しそうなことしてんじゃん」

………げ、『切り裂き王子』。
静玖はオレの背でごそごそとハンカチを取り出して患部に当てていた。
だからたぶん、静玖にはあの『切り裂き王子』は見えていないだろう。

「………大丈夫かい、後継者」

ぽふん、と何かが何かに乗る音がした。
くるりと振り返れば、静玖の頭にちょこんと乗る赤ん坊。

「マモ君!」
「うわぁ、ボスも思い切っていったね………」

大丈夫かい、と再び言った赤ん坊は、ぷかぷかと浮いてザンザスが噛み付いたそこをじぃと眺めていた。
ちょ、え、あれ? なんで静玖がヴァリアーと?
呆気に取られている間にタラップを降りた『切り裂き王子』が傍に寄ってきた。

「何隠してんの」
「お前には関係ない」
「そうそう。ベルには関係ないよ」

ぷわりと浮いて静玖の顔を隠す赤ん坊に、思わず顔をしかめた。
なんで静玖がヴァリアーに守られてるんだ? 彼女が『雪』だからか?
それとも、また別な何かが?

「『ベル』………?」
「一般人が王子を呼び捨てにすんなよ」
「? ベル王子………?」

ぷかぷか浮かぶ赤ん坊をきゅむと掴んだ静玖は下から伺うようにベルフェゴールを見る。
唯一外に晒している口を、にぃやと大きく歪ませたベルフェゴールに対し、静玖がじり、と一歩引いた。

「あ、あの………?」
「ボス、これ持って帰んの?」
「駄目駄目却下。無理強いするなら彼女の身柄はウチで預かるからな」

ぐっと静玖の肩を抱く。
静玖はきょと、と目を丸くして、それからぶんぶんと首を横に振った。

「私がイタリア行くならティモに同行って形ですので!」

いくらディーノさんでも却下です、と呟いた静玖はその視線をヴァリアーから外して、ザンザスやスクアーロと口論している級友へと声を飛ばした。

「嵐ちゃん、帰るよー」
「っはい、姫さま!」
「『姫』………?」

級友の言葉に反応したのはベルフェゴールで、赤ん坊を掴んだままの静玖にその視線を合わせた。
ベルフェゴールは上から下まで視線を動かして、ふぅん、と呟く。
それから首筋を抑えている静玖の手首を掴んでそこから離し、そこにそっと口付けた。
ベルフェゴール、という低いスクアーロの声が響いた後、「ぎゃあ」やら「ふわぁあ」やら「うぎゅっ」とわけのわからない悲鳴を上げた静玖はじわっと目に涙を浮かべてぶんぶんと首を横に振った。

「しし。お姫に唾付けたっと」
「帰る帰るすぐ帰る!! ザンザスさんとスペルビがそんなんだから下の子がこんなんになっちゃうんだよ馬鹿ー!!」

酷いようっ、といった感じの静玖は両腕を広げて待っていた『霧』の中に飛び込んだ。

その時の『霧』の表情が、あまりにも『役得』的でとても気に入らなかった。



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