03


ごきげんよう、私の可愛い雪
イタリアの空はとても澄み切っていて清々しいよ
君の事だから空を見上げて私を思い出してくれないのかもしれないけれど、私は空を見る度に君を思い出しているよ、私の雪である君を
あぁ、別に君を責めているわけではないよ
ただ、その方が君らしいと思ったら書かなければと思ったまでだからね
さて、いつも君に「中身がない」と怒られるのでそろそろ本題に入ろう
私の可愛い雪である君については私の持ちうる言葉では語り尽くせないとこの数年を費やして漸く気付いたことだし
老いぼれてしまった私を許しておくれ
あぁ、また話がそれてしまったね
今日君に手紙を書いたのは他でもない
君の大切な大切な幼なじみ、そして私の大事な後継者、沢田綱吉くんについてだ
君も彼もこの血なまぐさい世界に巻き込んでしまう私を許してくれとは言わない
恨んでも構わない
ただ、私は私の出来る限りで君達を補佐しようと思う
綱吉くんには天才アルコバレーノを
君には私の守護者の子ども達を
君を守るためのノンノからのプレゼントだと思って受け取っておくれでは、再び君と会える日を楽しみにしているよ、私の雪───私の愛しい静玖





だからなんなのこの甘ったるい文面はっ!!
相手は還暦過ぎたおじいちゃんだよ、私。落ち着け。
行き過ぎた祖父の愛。ここは丁重にスルーするのが大人だ。よし、大人になろう、私。

「雪姫」
「私はそんな名前じゃないよ、子雨」

私に手紙を渡した白金の髪の青年はティモの雨の守護者の子。
完全なる外国人モデル顔の三十路間近の青年だけれど日本贔屓の日本ラバー。普段着紋付き袴のオニイサンだ。
本名はどうにも噛みそう(カタカナ名は大概発音が難しい)なのでわかりやすく『子雨』と呼ぶようにしてみた。
特に呼び名にこだわりはないみたいだけど『little rain』と横文字にしたら物凄く首を横に振られた。うん、さすが日本ラバー。
年下の私に敬語を使わせてくれないちょっと優しくないマフィアだ。

「雪姫の家から候補殿の家は見える?」
「見えるも何もお隣さん」
「ふぅん」

今私達は私の部屋に居る。
子雨は玄関から入ったわけではなくて、そう、彼はベランダからこの部屋に入った。
家族に見つかったら説明とか面倒くさいし、普通の中学生は紋付き袴を普段着にした外国人モデル(顔だけ)とは知り合いになれないだろうから絶対何か変なことに関わってるんじゃないかと疑われそうだ。
そうなったら本当に面倒くさい。
そんなわけでひょこりとベランダから顔を出した子雨の裾を急いで引いた。

「何するの」
「何してるの」
「候補を見ようかと」
「この家からじゃなくて違う場所からこっそり見てくれる?」

君が顔を出したら目立つ、と呟けば子雨はつんと口を尖らせておずおずと部屋の中に戻ってきた。
最も気温が高くなる時間を過ぎて、後は熱が下がっていくだけ。つまり、夜を迎える。夜を迎えれば、闇夜に隠れて好き勝手出来るだろう。
だから本当、お願いだからもう少し待ってほしい。

「あぁ、雪姫。一つお願いが」
「私に?」
「えぇ。広告を作ってくれないかな」
「広告?」
「候補殿の家にアルコバレーノを住まわせるためにちょっとした細工を、ね。作ってみたはいいけれど、これじゃあちょっと」

にこにこ、子雨は人が良さそうな笑みを浮かべたままにはい、と紙を渡してきた。
確かに子雨が作った広告は宜しくない、かも。
達筆過ぎて読めないし、何より墨だしコレ、『住まわせる』にはちょっとイマイチな気がする。白黒だしね。

「どんな内容? パソコンで作るよ」
「ありがとう」

パソコンの電源を入れて、おいでと子雨を呼ぶと、子雨は椅子に座った私の後ろに立った。
立ち上がるまでがちょっと長いので、子雨に渡された紙を改めて見る。

「家庭、教師………?」
「そう。住み込み家庭教師のお知らせだよ。後継殿の家だけね」
「ふぅ、ん」

だったら尚更習字じゃあ分かり難いよね。
デスクトップアイコンの中からワードを選んで文字を打ち込む。
あー、なんかいい文句ないかな。
とんとんと打ち込まない程度にキーボードを押して、悩む。

「基本的に綱吉は色々疑うけれど、奈々ちゃんはド天然であっさり信じてくれるんだよね」
「ツナヨシ? ナナ?」
「ティモの後継とその母親の名前だよ。やっぱり綱吉は向こうでも秘密なんだね」
「うん」

とりあえず心赴くままに指を動かす。
フォント変えて色変えて背景をちゃっと弄ってぱちぱちぱち。
こういった作業、嫌いじゃないんだよねぇ。
ま、適度に遊んでおきますか。

「そういえば、子雨」
「うん?」
「『アルコバレーノ』って何?」
「虹だよ、虹。七人の呪われた人間を総称して『アルコバレーノ』って言うんだ」
「ふぅん」
「驚くなかれ。彼らは赤子の姿さ」
「それが『呪い』?」

彼と視線を合わせることはない。
私はデスクトップを見たまま、その画面にうっすらと映る子雨を見た。
子雨はにこりと笑ってさすが雪姫、と嬉しそうに言う。

「でも我々も呪いのすべてを把握しているわけではなくてね。アルコバレーノ達は何一つ教えてくれはしないから」
「ま、『呪い』についてわざわざ多くを語る人はいないでしょうよ」
「そうだね」
「はい、できたよ」

たんっとエンターを高らかに鳴り響かせ、がががと動いたプリンターを見る。
印刷された紙を子雨に見せると、わぁっと子供らしくきらきらした可愛らしい笑みを浮かべた。
あぁ、なんかもう可愛いなぁ。

「『ニューリーダー育てます』? あぁなるほど確かにマフィアのボスは『ニューリーダー』だね」
「奈々ちゃんが食らいつきそうな感じに仕立ててみたんだ。やっぱりこういうので味方に付けなきゃいけないのは母親と財布だからね」
「素晴らしい」

手放しに誉める子雨を無視してパソコンの電源を落とした。
にこにこ笑う子雨に振り向いて、座る椅子を変える。パソコン机の椅子に座ってても手紙は書けないからね。
一番上の引き出しから便箋と封筒を取り出して筆箱の蓋を開ける。
シャーペンを取り出してくるくると回し、うっすら笑みを浮かべた。

「九代目への返事?」
「そう。ついでだから書いちゃおうって」
「見てても?」
「いいよ?」

私はティモみたいな甘ったるくて無駄に長い文を書くつもりはない。
さくっと終わらせよう。

「───綱吉の身体に傷一つ残すような輩だったら指輪もアルコバレーノも送り返す」
「はい?」
「うん。そう脅し文句を散らしておこうっと」

と、本気で書き始めた私は子雨に泣きながら止められたのは言うまでもない。



- 4 -

[] |main| []
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -