02


綱吉、と俺の名を呼ぶ声で意識が浮上した。どうやら寝てたみたい。
軽く握りしめた手で目元をこすれば、その手を取られた。
ぱちっと目を瞬いて顔を上げれば、やっぱり同じクラスにはなれなかった同年の幼なじみ。
彼女の手が伸びて人差し指と中指の腹でつっ…、と頬を撫でられた。
ぎょっとして目を丸くすると、「跡、」と小さく呟きが返る。

「へ………?」
「ノートの跡が付いてるよ、綱吉」
「えぇ?!」
「待ってるからちょっと顔を洗っておいで」
「あ、うんっ」

教室には誰も居ない。
窓の外を見れば太陽は真っ赤に染まっていて、その光を浴びた校庭も真っ赤に染まっていた。
───あぁ、夕方だ。
自分がいつから寝てたのか覚えてない。
教室を出て静玖に言われた通り顔を洗って再び教室に戻れば、静玖に鞄を投げられた。
かつかつと上履きを鳴らして歩いてくる静玖に、にへらっと笑う。

「ありがとう」
「ん、」
「じゃあ、帰ろっか」

中学に入ってから静玖と帰るのは初めてだ。
そもそも小学生だった頃だってそんなに多く一緒に帰ったことはない。
静玖と一緒に帰るより、深琴と一緒に帰る方が多かったからだ。
何を思ったのか俺みたいな『ダメツナ』に抱き付いて頬ずりして笑顔を振りまく深琴に、嬉しさも困惑も抱いていた俺をあっさり助けてくれたのはいつだって静玖だった。
でもな、俺と静玖が揃ってる方が深琴のテンション上がるんだよね。
深琴は可愛いし大概何でも出来るから色んな人にモテるんだけど、いまいち俺には理解出来ない。
や、外見だけならわかるんだけど、中身がなぁ。
自他共に認めるシスコンだし、何よりそれ言っちゃうからなぁ、深琴。

「───綱吉、」
「へ、なに?」
「下。深琴ちゃんが告白されてるっぽい」
「へぇ」

廊下の窓から顔を出して下を覗く。
そこに居たのは深琴と男の学生。なるほど告白の現場みたい。
放課後で誰も居ないだめか、ほんの小さくだけれど、ここまで声が響く。
「好きです、つき合って下さい」と世に言う普通の告白だった。
にやにやとちょっと楽しそうに口端を緩めたのは静玖。

「さ、深琴ちゃんは何て断るかな」
「『興味ない』ってきっぱり断りそうだね」
「あぁ、確かに」

くすくすと声を漏らして笑う静玖に、俺もそっと笑う。
まだかまだかと深琴の台詞を待っていた。

「あたしはツンデレと小動物と妹にしか興味ないから貴方とは付き合えない。ごめんね」

響いた声に、静玖の肩が震えた。
口元を手で抑えて、窓から顔を背けて座り込む。くふくふと抑えきれない声が漏れてる。深琴の断り方がツボに入ったみたい。
俺は呆れ顔で深琴の方を見ていると、深琴の顔がこっちを見た。
───え。

「ツーちゃぁん! 一緒に帰ろう!」

ツーちゃん───深琴が、彼女だけが呼ぶあだ名で俺を呼んだ。
え、バレてた?! って言うか深琴に告白した人が俺を睨んだ!!
ちょ、頼むから巻き込むなよ、深琴っ!
しゃがみ込んでいた静玖を見れば、腰を低くしたまま俺の手を掴んで歩き出した。
ぐっと腕を引かれて慌てたように足を動かす俺をくすくす笑いながら足早に歩いていく静玖の背を見る。
あぁ、うん。昔と何一つ変わらない。
俺を追い掛けるのは深琴、俺が追い掛けるのは静玖だった。
そして静玖は常に俺の手を引いて歩く。
小さい頃から、こうだった。これは変わらない。
なんだかむず痒いなぁ。

「静玖、どう逃げる?」
「うーん、深琴ちゃんならたぶん、誰かに捕まると思うよ?」
「と、言うと?」
「人気者だからねぇ、深琴ちゃんは」

くふくふと楽しそうに笑う静玖からは全く緊張感がない。
階段を下りて靴を履き替え、静玖を待っていると、静玖が言った通り深琴はさっきの人とは違う人と話をしていた。
黒髪で並中の制服ではない学ランを肩に掛けた人だ。
えー、何あれ怖い。

「綱吉、行こう」
「静玖、あれ」
「あぁほらやっぱり誰かに捕まってる。今がチャンスだよ、綱吉」
「うん」

少し足早に校門を出る。
振り返って深琴の姿を確認しようとしたら静玖に止められた。
目を丸くして静玖を見れば、静玖は人差し指を口元に当てて笑う。

「振り返ったら捕まるよ、綱吉」
「え」
「深琴ちゃんは私と綱吉が揃ってるとハイテンションだからね」
「あ、そっか。今揃ってるもんね、俺た───」
「ツーちゃんっ」
「わぁ!!」

ぼっと顔が熱くなる。
後ろから深琴が俺に抱き付いたからだ。
わ、わ、わ、と逃げたくなる俺を深琴は羽交い締めるように抱きしめてるから結局は逃げられない。
離して、と言ったところで深琴が聞いてくれるわけもなく、ぐりぐり楽しそうに頬ずりしてくる。
や、止めて止めて止めてっ。

「深琴ちゃん、止めてあげて。綱吉が可哀想」
「静玖、嫉妬?」
「あはは。怒るよ、深琴ちゃん?」
「目が笑ってないからっ、怖いから静玖っ!!」
「もう、静玖ってば相変わらず手厳しいんだから」

手厳しいってレベルじゃねー!!
おいで、と俺を手招いたのか深琴を手招いたのかわからないけれど、ともかく静玖はちょいちょいと手を動かした。
静玖の傍に行ったのは間違いなく深琴だった。
ぽふっと静玖に抱きついたと思ったら、すぐにはがされていた。
容赦ねぇー………。

「さ、帰ろうか」
「静玖、そんな冷静なところが好きっ」
「うん、わかったから。私も深琴ちゃんが好きだよ」

その一言で大人しくなる深琴にも呆れるけど、あっさり手の内で転がしてる静玖が何より怖い。
昔の静玖はこんなんじゃなかった。

「はいっ。わたしを二人の真ん中に入れて?」
「もう手を繋ぐ年じゃないからね?」
「ただ単に『両手に花』で居たいだけよ」

わたし、自分の欲には忠実なの。
そうにっこり笑って言った深琴はもういっそ清々しい。
静の静玖と動の深琴。
どちらも俺にとって大切で大事な幼なじみ。
それは何があっても変わらない。
俺は澄みきったこの青い空にそう誓ったのだった。



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