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「悪い悪い、つい、暖かくってな」

かかっと笑うディーノさんに、私は顔を真っ赤にしてこくりと頷いた。
今は、お互いにソファーの上に座っている。
あの後、絶叫することはなかったけれど、彼の腕の中で恥ずかしさのあまりふるふると震えていたら、ぱちっとディーノさんが目を覚ました。
少しだけ目をとろんととろけさせ、それからにこりと笑う。

「おはよう」

イタリアーノの本領発揮と言わせんばかりの美しい微笑みを至近距離で見せられ悲鳴を上げそうになったけれど、また言葉を飲んだ。
悲鳴を聞いたら誰かやってくるわけで………つまりこの体勢を見られるわけで………。
あ、絶対に無理、と思ったからこそ、言葉を飲み込んだ。

「静玖ー?」
「あ、おはよう、ござい、ます」

ゆっくりと身体を離したディーノさんにほっとしつつ、私は少し身を捩ってから半身を起こした。
身体を起こしてみて初めて気が付いたけれど、ここはティモの病室らしい。

「なんかさァ、」
「はい?」
「いいな、うん。イイ」

しみじみと言うディーノさんに首を傾げると、ディーノさんはいやいやと首を横に振る。
何なんだろう………。

「よく眠れたか?」

聞かれ、こくんと頷いた。
夢を見るぐらい、夢を見させられるぐらい、眠っていたのは事実だから。

「それは良かった」

朗らかに笑ったディーノさんが身体を起こす。
そうして、話は冒頭に戻るのだけれども。
さぁ、これ以上何を話せばいいのだろう。
ディーノさんの隣に座って、膝の上でまごまごと手を動かす。
本当に、どうしたら良いんだろう。

「………なぁ、静玖」
「はい」
「聞かない方が良いか?」
「私とティモの関係ですか?」

質問を質問で返す。
するとディーノさんは困ったように笑った。まぁ、困るよね、ディーノさんも。
靴を脱いで膝を曲げる。ソファーの上に体操座りをするようにして、脛の辺りで自身の手を握り締めた。
なんて説明しようなぁ。

「説明し難い、です」
「………そっ、か」
「あの、その、ディーノさんも『大空』になるんですか?」
「は? オレ?」

パチパチと目を瞬かせたディーノさんは、そのまま首を傾げる。
そ、そうだよね。
いきなりこんな話されても、答えようがないよね。
思わず口を閉じれば、ディーノさんの手が伸びてきた。大きな手で肩を掴まれ、ぐっと身体を引かれる。
こつ、とこめかみが当たったのはディーノさんの肩だ。

「言いにくい事を聞いたな、」
「あ、いえ」
「その、1つだけはっきりしてもらいたいんだが」
「はい?」

肩にあった手がやんわりと頭に添えられる。
撫でられることもなくただ添えられるそれに、ぬるま湯に浸るような暖かさに目を細めた。

「お前は、九代目の守護者なのか?」
「違います」
「………っ、お前、ずいぶんはっきり言うなぁ」
「でも、違うんです。私はティモの守護者じゃない」

手を解いて、足も伸ばした。
右手を首の後ろに回してチェーンを掴む。すすす…、と首とチェーンの間に人差し指を入れて、服の下からチェーンを出した。
チェーンの先に付いているのは、私が預かった雪のリング。

「私は、預かっただけなんです」
「『預かった』?」
「はい。これを持つべき人が現れたら、渡すだけ」

大きな輝きを放ったそれも、今はただ沈黙を保つだけ。
目を細めてリングを見、右手でリングを一度握り締めて、手を離す。
ちゃりん、とチェーンが重なり合って鳴り、それから胸元に落ち着いた。

「私はティモ───九代目の『雪』だから」
「『雪』………?」「はい。………まぁ、『雪』がなんなんだ、と聞かれたらこれもちょっと説明しにくいんですけど」

思わず苦笑すれば、ぽんぽんと頭を叩かれた。
ゆっくりとディーノさんを見上げて、夢の中でフィーが呟いたあの言葉を思い出してかぁっと頬に熱が溜まる。
そんな私に、ディーノさんが首を傾げた。

「静玖?」
「あ、いえ、何でも」

かかっと熱い頬に手を添えれば、くすくすと笑われ、さらに頬に熱が溜まる。
うっわぁ、なんか恥ずかしい!
………う、でも、

「この際キャバッローネの倅でもいい」

フィーの言葉が頭を過ぎる。
ぶんぶんと首を振って頬の熱を冷ました頃、ディーノさんがくつくつと喉を鳴らして笑い出した。

「ディ、ディーノさん?」
「いや、うん。やっぱりお前もまだまだ子供だなぁっ、てな」
「こ、子供、ですか?」

いやまぁ、子供ですけど。
そう言おうとして、口を閉じた。
ディーノさんが言わんとしているところはそれじゃない。

「早く大人になりたいんです」
「へぇ。なんで?」
「───あの人の隣に、恥じることなく並び立ちたいから」

ピッピッと命を繋ぐ電子音がする。
それが途切れない限り、ティモは生きている。───今はもう、その真実だけで充分だ。

「ディーノさん、お願いがあるんですが」
「ん?」
「この事、綱吉には黙っていてもらえますか?」
「………やっぱり、自分の口から言いたいよな」
「いえ、そうではなくて。綱吉には、出来ればボンゴレ関係者からバラしてほしいんです」
「ははっ。オレはキャバッローネだもんな」

苦笑するディーノさんに物凄く申し訳なく思いながらも、頭を下げた。
ボンゴレのことはボンゴレから。
綱吉にボンゴレを継ぐ意志があろうともなかろうとも、それだけは。
下げた頭を再びぽんぽんと叩かれて、ゆっくりと頭を上げた。
ふいと視線を外してティモに向け、泣き言のように呟く。

「綱吉に知られる事は怖くないんです。怖いのは、その所為で綱吉がボンゴレを継ぐ決断をすること」
「どういう意味だ?」
「綱吉は優しいから、身近な人間がマフィアに関わっていると知れば、自分を責めかねない」
「あー………」
「私は綱吉の関わりないことでマフィア───九代目と関わっているのだから、気に病まないでほしいんです」

唇を噛み締める。
これはわがままに聞こえてしまうんだろう。
綱吉のためを思って言っているように聞こえてしまうんだろう。
でも違う。違う、本当は。

「静玖?」
「っ、」

ボロボロと涙が零れる。
───あぁ、ほら、想像しただけでこんなに悔しい。怖い。痛い。

「言ってごらん。大丈夫、オレしか聞いてない」
「………綱吉が、私がティモと関わっていることを知って自身を責めたら、あの時、………あの日、あの人からリングを預かった『私』を『否定』されているようで………!!」

呆れられるのも、怒鳴られるのも、耐えられる。
だけど、綱吉には、綱吉にだけは、あの日の私の判断を、思いを、決意を、否定されるのは───。

「綱吉に否定されるのはやだ……!」

そう、怖いのはそこなのだ。
誰に何を思われても構わない。だけど、綱吉は、綱吉だけは。

「本当にツナが大好きなんだな」
「っ、」
「好きなやつに嫌われたくないのは当たり前だって」

ぐっと腕を引かれて、ディーノさんの胸に額が当たる。
瞳からこぼれ落ちた雫は彼の服に染みて消えた。

「兄貴分であるオレが保証する。お前とツナなら大丈夫だ」
「ディーノさん………」
「安心するまで、いや、したって甘やかしてやるから、ちゃんと言えよ。辛いなら、『辛い』って。お前、抱え込みすぎだ」

ソファーの背もたれに掛けられていた子霧のジャケットを背に掛けられる。
前後の温もりの優しさに目を細め、それから、きゅう、と目の前の温もりにすがりついた。

いつか、この恐怖が無くなると信じて、私はゆっくりと目を閉じた。



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